《4-6》カラー・オブ・パレット

 どういう、意味だろう。

 ルピナスさん以外のほかの三人を見回しても、みんなよくわかっていなさそうだ。

 ただ、青い顔をしたルピナスさんだけが、ディソナンスが言っていた言葉の意味がわかっているようだった。

「違う……私は、もう……」

『そう、俺は捨てられた』

 砂時計は、笑みを深め、僕らが解き明かしていない事実を唄った。


『ディソナンス(俺たち)は、人格者(お前たち)が生み、そして捨てた“人格”なんだ。選ばれなかった、不要とされた、受け入れられなかった……そんな人格に、魔力(意思)が宿った姿なんだよ』


 なんだって……? 僕は砂時計型のディソナンスとルピナスさん、そしてイヴさんを見比べた。

 ルピナスさんは、観念したように肩と、目線を下に落とした。

「……どこかで、そうなんじゃないかと思っていた。あいつの居場所が、私にはなんとなくわかったのも、そういうこと、なのだろう」

 そんなことを言われても、僕はまだ飲み込めていない。

 つまり、このディソナンス……いや、この世界に生まれ落ちた『ディソナンス』という怪物は全て。

「全部、人格者だったっていうのか……?」

『そうだ』

 砂時計はあっさりと僕の言葉を肯定した。それは、不協和音だと切り捨て、消そうとした僕ら演者(クンスター)を馬鹿にするかのような事実。

『ルピナスが捨てた人格が、俺なんだ』

「……どうして、人格なんて」

 捨ててしまったんですか、と、そう続けようとした瞬間、頭に蘇る、恐ろしく苦すぎる記憶があった。


 本棚の奥で見付けた古書。

 震える手で捲ったボロボロの紙。

 取り憑かれたかのように読んだ文字の羅列。

 油性ペンでフローリングに描いた魔法陣。


 そうだ、僕だって。

 僕も、人格を変えようと、捨てようとしたことがあった。必要とされるひとになるために。強くなるために。


――ルピナスは、ずっと苦しんどった。多分、生命の長さが、ずーっと気になっとったんが、わしは一番大きかったと思う。


 もしかして、彼も同じなのか。

 でも、そんなの、あまりにも。

「センパイ、オレ……どうしよう……」

 イヴさんがゆらり、ゆらりと砂時計のほうに歩み寄ってしまう。だが、僕らはこの事実に押しつぶされそうになり、彼を止めることが出来なかった。

「オレ……あいつ殺せねえ……」

「アルヴィエ?」

「だって、あいつは、“オレが好きだったセンパイ”なんだ……」

「おい、アルヴィエ!」

 砂時計は、鎖を開いてイヴさんを招き入れる。そして、大量の鎖を腕のように使い、優しく抱擁した。

『あぁ、イヴ、愛おしい後輩。お前と共に生きられたら、どれだけ嬉しいか』

「オレ、短い時間でも、センパイと一緒に生きたかったっすよ。でも、でも……センパイが気にするなら、オレ、なんだっていいっす……」

 ぎちゅ、ぎちゅり。鎖の抱擁が強くなればなるほど、イヴさんの身体から血が滲む。花園に血の匂いが濃くなって、まるでイヴさんのために作られた場所のようになっていった。

「! アルヴィエ‼ そっちに行くな!!」

 ルピナスさんがそう叫ぶも、イヴさんは首をふるふると振り、光のない瞳で微笑んだ。

「だって、オレを愛してくれるのは、この“ルピナスセンパイ”だから」

 あぁ。彼も傷付いていないわけはなかったんだ。あんなに冷たく、酷い扱いをされた後に、過去の、自分が慕っていた方の人格が現れたら、こうなってしまうのも、無理はないのかもしれない。

「そんな、私、だって……!」

 ぎり、とルピナスさんが小さく歯噛みする。それは酷く悔しそうで、嫌そうで、それでもどうしようもないと言わんばかりの声だった。

 そして、たっぷりと血を流したイヴさんが、その液体を、一気に弾丸に変えた。

「……ごめん」

 ずだだだだっ! と、僕らの身体を赤い弾丸がいくつも貫く。痛い。すごく痛い。それでも、きっと彼らが感じている心の痛みと比べると、なんてことないのだろう、という思いだけで足を踏ん張った。

 だが、僕はどうしても絶望してしまう。演者(クンスター)であるイヴさんが敵に回ってしまい、こちらはひとり戦力が減るのだ。五人中ふたりが攻撃しない僕達の中では、貴重なアタッカーなのに。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう!

 僕は穴の開く身体を抑えながら、汗と血を流す。


「ケイゴ……! 死んでないわよね……!」


 そんなとき、目の端に同じように苦しむ白い影が見えた。ミーシャだ。

 そうだ、あの方法なら……!

「……! ミーシャ! “あれ”でいこう!」

「……にゃあ⁉ わたしあの戦法嫌い!」

 ミーシャが悲鳴を上げるが、あの二人の弾幕に耐えるにはこうするしかない。

 僕はパン、と手を合わせ、自分の魔力の大半を込め、その手の中で濃く練り上げて、手のひらをミーシャに向ける。

 そして、ぼう、と魔力を放ち、彼女の心臓に、小さく強い炎を仕込んだ。

「頼んだよ、メインアタッカー!」

「……っ、これだからケイゴは〜! いいわよ、やってやるわよ!」

 彼女がばちばちばち! と火花と雷光を散らし、4本足で弾丸の中を駆けていく。静電気を纏ったその身体は、光が弾ける度に速度がどんどんと速くなっていった。

「わたしを、誰だと! 思っているの!」

 それでもイヴさんの攻撃が身体を掠めると、白い毛皮が朱に染まり、時折痛そうに顔をしかめる。

『なんだ? 死ぬのが、怖くないのか……?』

 イヴさんを抱きしめていた鎖をひとつ解いて、ぶん、とミーシャを薙ごうとする。だが、彼女はぴょんと高く跳び、それを軽々と避けた。

 それが、イヴさんの狙いだった。

「"紅刃”……!」

 ぐさり。ミーシャの心臓に、細く赤い刃が突き刺さった。

「リリーホワイトー‼」

 ミーシャがばたりと倒れる。ルピナスさんが叫んでくれるのが聞こえた。 

「なんで……なんでそんなふうな……やけっぱちみてぇな戦い方するんだよ!」

 イヴさんが理解できない、といったふうにぼろりと涙を流した。自分が攻撃したにもかかわらず、だ。

「お前たち、なんでミーシャちゃんを行かせたんだ⁉ それに、なんでそんな普通の顔してんだよ! こうなるって、わかってただろ⁉」


「わかってたから、よ」


 ずっしゃあああ‼

 鎖がばらりと切り裂かれ、イヴさんが解放される。それは、真っ赤に染まったミーシャの爪だった。

「ミーシャ、ちゃん?」

「ケイゴの術ですわ。さあ、離れますよ!」

 ミーシャがそう言って、呆気にとられているイヴさんの首元を、子猫を運ぶように咥えてこちらに持ってきた。

 そう、あの魔法は、僕の回復魔法の一番強いもの。致命傷を負った瞬間に傷が塞がり、体力がかなり回復する魔法だった。一度戦闘不能になったと見せかけて奇襲するという、僕とミーシャが編み出した、僕達だけが使える必殺技だ。だが、変身していないと、これだけで魔力がカツカツになるものでもあった。要精進である。


――お前らのような若いエネルギーは、ときに頑なな中年の心を動かすんじゃ。ま、体当たりしてみることじゃな。


 アビゲイルさんの言葉が蘇る。今なら、届くかもしれない。むしろ、今しかないかもしれない。

 僕は、隣で青白い顔をしているルピナスさんに話しかけた。

「ルピナスさん、僕思うんです。人格を変えようとするのなんて、普通のことだって」

 だって、僕も三年前に、"悪魔召喚”なんてしようとしたんだし。

「だけど、あの頃を好きでいてくれる人がいるなら、戻っても良いんですよ、いつだって。それで、未来は変わるんです」

 僕は、ルピナスさんの背中を、そっと押した。


「だって、“今”なら、いつだって変えられる。今を重ねた先に、未来があるんですから」


「……今川、継護」

 少し、ほんの少しだけ、僕の言葉を聞いたルピナスさんは、泣いているように見えた。

 暫くして、僕の手をルピナスさんは振り払う。だが、その手つきは、少し優しいものだった。

「昔の自分も正しかったと認めるのは、切り捨てるより辛いな」

 紫色の瞳が揺れ、鎖を生やそうと藻掻く砂時計に視線が注がれる。よく見たら、あのディソナンスとルピナスさんは、とても似た顔をしていた。

 ルピナスさんが、漸く顔を上げる。その表情はどこかすっきりとしていて、まるで雪解け水のように柔らかいものだった。

「だから、決めた。私は、我楽多のような弱い自分をもう一度“抱え直す”。そして更に強くなり、もう一度イヴの隣に行く!」

 彼の手に、魔力が集中されていき、ぶわんと小さな空間が出現する。そして、そこから出たのは、

「リュート……」

 ミーシャが、ぼそりと呟いた。


「そのために、私は、俺は……『自分』を殺そう!」


 ルピナスさんが、リュートを構え、掻き鳴らす。


「鏡写しの音撃……“鏡振撃”‼」

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