《1-7》ガール・ミーツ・ドリーム

「ミーシャ‼」

 甲冑の肩、ミーシャの血が噴き出した向かいのそこから、小さな銃口が見えていた。仕込み銃があったんだ。

『ふふふ、ハハハハハ‼』

 金属質で、耳障りな声がわあんと鳴った。

『実に愚かしい‼ やわな肉体ひとつで私に逆らおうなどとするからだ‼』

 ぞわりと悪寒があわ立った。鎧だ。あの甲冑がしゃべっていたのだ。

『この少女も哀れなものだ、闘う才能がない。猫なのだから、大人しく愛でられていればいいものを、なにを勘違いしたのやら‼』

 それは、紛れもなくミーシャを馬鹿にする言葉。

「ち、ちがう‼」

 無意識のうちに、僕はミーシャの許に走り寄っていた。

「は、なれて……!」

 ミーシャがそう言ったが、僕は倒れた彼女の前に立って手を広げた。

『なんだ? お前。お前には才能があるのか? 恵まれた環境、恵まれた人脈、それに応えられる恵まれた自我‼ それが無い人間など、世界には不要‼』

「そ、そんな……」

 立ち向かっておいて、僕はその鎧の言葉に呻く。違う、と言いたかった。


――え? お前だれ?


「う、ううううう……っ」

 確かにそうだ。僕は、僕と命と引き換えにミーシャが殺されるまでの時間を稼ぐくらいしかできない。僕に出来るのは、ただ。

「さ、さむ……い……」

 後ろから、ミーシャがそう唸るのが聞こえた。血が流れ過ぎて体温が下がっているのだろうか。

「……ああああああああああ‼」

 僕は鎧から背を向け、両手を突き出すと、全身全霊を込めて、魔力をミーシャの前に集中させた。

 影が落ちる。だが構うものか。

 僕の炎が、命の灯火になるように。

 風切り音と、僕とミーシャを丸ごと包む大きな炎が出来上がるのは同時だった。


 そして、それは鎧の一撃をびぢい‼ と跳ね返し、甲冑を焼いた。


『あっづ‼』

「え、熱い⁉」

 甲冑は、さっきの僕と同じように後ろにのけ反り、尻もちをつく。自分の魔法がなにをしたのかさっぱりだった。

「……も、しかして、ケイゴ……!」

 ミーシャがふらりと立ち上がる。

「わたしに、その炎を、纏わせて!」

「ええ⁉」

 纏わせる、なんてどうしたらいいかわからない。

「大丈夫、さっきと同じようにすればいいの!」

 ミーシャは、きらりと蒼い眼を輝かせて僕を見た。


「ケイゴ、あんたの魔法は“接近攻撃へのカウンター”だったの!」


 どくん。

 どくん、どくん。心臓が脈打つのがわかる。そうか、僕の力は、僕の魔法は、誰かに攻撃されなかったらわからないもの。

 こんなすごい人たちばかり生まれた家の、神主さんが先祖の家の子に生まれた、皆がすごいことを誰よりも理解している。

 だからこそ、僕は、強い誰かを護り、更に強くする魔法を持っていたんだ。

「あんたは、戦いの場に出るべき人格よ‼」


「……“守護炎”」

 ぼう、ぼぼぼぼぼぼぼぼ。

 僕が彼女の周りに意識を集中させると、ミーシャの周囲に明るい朱色の炎が彼女を取り囲むように灯る。それは、彼女を守る炎。

「にゃあああああああああああっ‼」

 僕の目の前からミーシャの姿が消える。自然とくるっと振り返ると、僕の炎を纏わせた牙で、彼女は鎧に飛びついていた。

「これで最後よ‼ “雷鳴牙”‼」

 そう、彼女は宣言すると、鎧の喉笛に噛み付く。そして、そこからボボボボボボ‼ っと炎が敵の身体を侵食する。

『ウワアアアアアアアアアアアアア‼ なぜだ‼ なぜ私は、“また選ばれなかった”‼』

 そして、朱色の炎は甲冑を焼き焦がしていき、後に残ったものは、ミーシャの真っ赤な血と、煤けた金属の匂いだけだった。

 あの甲冑の中身は、なにも、なかった。


「……っ」

 終わったのかと思ったとき、ミーシャがふらりと膝をついた。

「ミーシャ‼」

 駆け寄り、助け起こそうとするが、ミーシャは痛々しげに薄い息を吸って吐くだけだ。

「どうしよう、ねえ、ミーシャ……!」

「彼女に触れて」

 後ろから声がかかる。振り返ると、緑色の軍服のような制服を着た男性が立っていた。

「……蜜利義兄さん」

 薄い青の髪は、間違いなく義兄さんだった。我楽団員として、通報に駆けつけてくれたのだろう。

 だが、もうすべてが終わった後だった。

「義兄さん、にいさん‼ ミーシャが‼」

 僕は、さっきまで、死ぬと思った時にも全然出なかった涙が流れ落ちるのを感じた。

「どうしよう、僕、僕守れなかった、あぁああああ‼」

「落ち着いて、血液と、魔力切れを起こしているだけだよ」

 義兄さんは、僕の背をとんとんと叩き、しゃがむと、僕の手を取った。

「君の魔法は、さっき我楽団の防犯カメラで見て、亜音さんが解析してくれた。君の魔法は、攻撃へのカウンター。そして、すこしずつ傷を癒す効果もあるはずだよ」

「い、いやす」

 そういわれて、銃で撃たれていたというのに、さっきのミーシャがおもったよりも動けていたことを思い出した。

「落ち着いて、炎を彼女に宿すんだ」

 ぐずぐずと洟を鳴らしながら、小さな炎を生み出す。そして、ミーシャの胸に沈めると、顔色が一気によくなり、少しずつだが、傷がふさがっていくのが見えた。だが、目を開けない。

「……そっか、変身したら、魔力って……」

「そう。君のをわけてあげるといいよ」

「どう、やって……?」

「触れるんだ」

 義兄さんは、ぎゅっと自分の胸に手を当てた。

「相手の肌に触れ、魔法を使うように注ぎ込む。それは、相手に好意を持っている人格じゃないとうまく馴染まないんだ。だから、君がやるといいよ」

 義兄さんの言葉に、こくりと頷き、ミーシャのもふもふの腹に触れる。

「元気に、なあれっ……」

 そう念じ、僕は、ゆっくりとミーシャに魔力を注ぎ込む。丁寧に、優しく。びっくりしないように。

 そして、傷が完全にふさがったときに、ミーシャはぱちりと目を開けた。

「あ‼ ミーシャ‼ 起きたんだね‼」

 だが、みるみるうちに目を吊り上げたかと思うと、大声で叫んだ。

「ギニャーッ‼」

 ばしゅっ‼

「いったあ‼」

 僕が悲鳴を上げたあとに、頬に熱い痛みを感じる。じくじく血も流れている感覚がした。触れてみると、三本の深い傷跡がそこにあるのがわかる。

「……そ、そっか、猫だから、そりゃお腹は怖いよね……」

 蜜利義兄さんの言葉に、そんなことあるか? と感じつつも、涙目で僕をにらむミーシャが回復したことを、僕は心の底から嬉しいと思うのだった。


 * 


 ここは私設青葉我楽団。蜜利義兄さんと亜音姉ちゃんが働いている場所だ。

「ほんっとうに、ごめんなさい、ケイゴ……」

 少女の姿に戻ったミーシャが、何回目かの謝罪をしてきた。

「でも、良かったよ、生きててさ……」

 リノリウムの床と、金属質の壁は、どこかSF映画や、宇宙船のような雰囲気を感じさせた。

 僕らがいるのは、その施設の一室。転送装置がある部屋だ。我楽団の人たちはここからディソナンスがいる場所に向かい、任務を行うらしい。勿論隣世界にも飛べる。

 金属のマカロンを上下に割って、その間をシャボン玉で閉じたような機械が目の前に鎮座している。これの中に入ると、クラスィッシェの同じ場所に転送されるらしい。

「はい、ミーシャちゃん、服」

 義兄さんとお揃いの隊服を着た姉ちゃんが、ミーシャに紙袋を渡す。

「ありがとう、アノン」

 あっという間の二日間だった、なんて感慨まで生まれてきそうだ。彼女と別れた後、僕はきっと何の変哲もない日常を、この三本の傷と一緒にちょっと誇らしげに生きられるようになるのかな、なんておもったりして。

「ねえ、ケイゴ」

 ミーシャが、なにやら、もじもじと脚をすり合わせる。

「ん? どうしたの?」

 そして、まるで告白するかのように、頬を染めて言った。


「貴方、三年後にノイエ公認我楽団に入りなさい」


「……は?」

 ノイエ公認我楽団……⁉ 僕はぽかんと口を開けてしまった。

 公認我楽団とは、政府が管理する我楽団だ。自警団のような私設我楽団と違い、強力なディソナンスと戦うために日夜訓練している。

「貴方の力は、他の人に軽々しく扱われるものじゃないわ。そして、私設我楽団なんかで戦う器でもない」

「おっと、言うねえ……」

 ミーシャがふん! と鼻を鳴らし、義兄さんが苦笑するが、僕は信じられるわけなかった。

「ちょ、ちょっとまってよ! ぼ、お、僕、ディソナンスとなんて戦えないよ!」

 だが、ミーシャはにっこりと微笑み、僕の胸にこつんと拳を当てた。

「戦ったでしょ。貴方がいなかったら、わたしはきっと死んでたわ」

 その刹那、あの炎を纏い、ぎらぎらとした目のミーシャの姿がフラッシュバックする。

「だから、貴方とわたしは、バディになるのよ」

 それは、もう決定している事柄のような口振りで。

「あの、公認我楽団の特殊部隊、MELAのような」

 僕は、ただただ、圧倒されるしかなかった。

 でも、

「……そう、だね。君とそうなれたら、いいかも、ね……」

 僕は、なんだか落ち着いた気持ちで、いつの間にかそう口にしていた。

「いいの? 公認我楽団に入るってことは、めっちゃ厳しい訓練もしなきゃいけないのよ?」

 姉ちゃんの言葉にしり込みしそうになるが、「あら」とミーシャが自信満々に応えた。

「大丈夫よ。だって、ケイゴはわたしを召喚した人格者なんだもの」

 僕らは、目をぱちくりとさせて、くすくすと笑う彼女を見る。

「あんたは、あんたを誰だと思ってるの?」

 言葉の意図を探る僕らを置いて、ミーシャは一方的にそう言い放ち、装置に乗り込んだ。

「もう良くってよ!」

 ミーシャがそう言うと、義兄さんが離れていく。すぐにウウウウウンと、機械音が鳴り、僕らの声を聞こえなくする。

 だが、彼女の最後の言葉ははっきりと聞こえた。

「三回目の春に会いましょう!」

 それに、僕は急いで返した。

「うん、またね‼」

 僕が叫んだひと瞬きの間に、彼女は消えていた。帰ってしまったのだ、そう確信した。



 帰り道、姉ちゃんと駐車場まで向かっていると、臨海公園に人が集まっているのが見えた。そうか、ひとり死んでるのだ。僕らがもう少しはやくついていれば、間に合っていたかもしれない人が。そしてその奥に見える広告塔には『MELA』のふたりが我楽団の演者(クンスター)を募集しているCMがあった。

「……がんばるぞー」

 潮風が傷付いた僕の頬を撫でていく。なんの特別感もない気合を入れる台詞で、僕は彼女との約束を実現するべく、春の海を見るのだった。



 これが、最年少特別功労賞受賞バディであり、伝説の特殊部隊『PALLET-K』のメインアタッカー、ミーシャ・リリーホワイトと、バッファーの隊長、今川継護の出会い。

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