第六章 その1

第六章


 タナシ家 アキラのいつもの夕方


 リビングの照明に照らされた花を見ながら、私はゆっくりと缶詰を食べる。今日も父として夫として義務を果たせたことに満足感を覚えた。

 私のための食料もだいぶ減ってきている。以前このあたりを回っていた食料配給者も来ない。街に残っている人数も把握しているはずなので、来ないということはなにかあったのだろう。人手がなくなったか、それとも野菜や家畜を育てているシステムに不具合でも生じたのか。だが、私にはどうでもよいことだった。

 たとえ世間でどんなことがあっても、私は私の役目を果たすだけだった。

 缶詰を食べ終わり立ち上がるとテーブルに体が当たって、衝撃で花瓶が揺れる。

 花瓶に入った桔梗と可愛らしいピンク色の撫子がゆらゆらと揺れた。

 その元気な姿に、胸の奥がジンとしびれたように熱くなった。


  ❇︎ ❇︎ ❇︎ 


 ホームセンター横にある小さな公園で一晩明かすことにした。必要なものを確保するべくホームセンターに入る。

 幸いなことに、ホームセンターには毛布やタオルなどが残っていて、それも失敬してきた。日中は暖かいが夜になると冷え込んでくる季節なのでこれはありがたい。

 ホームセンターにも食料と呼ばれるものはほとんどなかったが、それ以外のものが結構残されていた。キャンプコーナーにあった着火剤、それに花や野菜の種を見つけた。俺としてはすぐにその場を離れたかったが、カヨが立ち止まってしまった。

「おばあちゃんのお花」

 カヨは百合の球根を見つけて手に取った。パッケージには白い百合の花が印刷されている。カヨはその写真をじっと見つめ、さらに近くにあった球根と種子を手に取る。覗きこむと球根はスノードロップ、種子はアネモネという花だった。カヨは眉を寄せてその写真を見つめる。

「持っていくか?」

 カヨは顔を上げてこちらを見てくる。

「俺は管理しないが、どこかでポシェットを手に入れて、持ち運べばいい」

 それで落ちついて生活できる場所でその花たちを咲かせたらいいだろう。そう思ったが、カヨは首を振って花の種と球根を元の場所に戻した。

「結局今日は収穫なしか……」

 俺は公園に戻りベンチにリュックを下ろして座りこんだ。体が重く、ぐったりとする。自分の体じゃないみたいだ。見上げると分厚い雲に覆われた空があった。俺のリュックに入っている缶詰であと何日保つだろうか。毎食の食べる量を減らしていけばいいんだろうが、一日一日と着実に成長していく子供にそれをするのは胸が痛んだ。それに健康を損なわれて困るのは自分だ。

 明日は、人様の家を物色するか。

 みんな逃げ出す時に日持ちしそうな食品は持ち出してしまっていて、俺たちが入りこむ時には大抵もぬけの殻になっているが、やらないよりはマシだ。

 くいっと袖を引っ張られて、カヨが西の空を指していた。もう日が沈もうとしている。

「わかった、わかった。じゃあ始めようか」

 カヨはこくんとうなずく。表情は変わらないが、喜んでいるのがわかる。俺は足元に転がしていた木材を、焚き火に適した形に積み上げる。それから店に残っていたチラシを丸めて適当に突っ込み、木の枝の形状をしている着火剤にライターで火をつけ、木材の隙間に突っこんだ。木材はホームセンターに残されていたものだ。火が着きやすいように大きなものはノコギリで切って持ってきた。秋が過ぎ去り冬になったらこんなことはできないだろう。

 炎が燃え上がる。

 カヨの喉の奥からほぅ、と感嘆の声が聞こえた。

 この街にはインフラが通っていないので、夜には焚き火を焚かないと真っ暗になってしまうのだ。

 そう本来、夜というものは恐ろしく暗い。焚き火を燃やさないと自分達の食事すらままならない。

 それでもこうして残った焚き火を見つけて、あの男たちは俺たちの足跡を辿っているに違いない。焚き火の跡を残さないためには空き家に侵入して火を焚いたほうがいいかもしれない。彼らだって空き家一つ一つを見て回ることはしないだろう。いままでは火事になるのが怖くてしていなかった。これからは方法を考えないといけない。

 俺はリュックからプラスチックのコップを取り出すと、粉末の青汁を入れて水で溶かした。それをカヨに渡す。炎に照らされたカヨが渋い顔になるのを、俺は見逃さなかった。

「なんだよ、美味しいだろう?」

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