*クロッケル*

KAJUN

%1%

 潜水艦の丸い窓のむこう……

 クリーム色にきらめく神秘の海……


 そのなかにただよう、ずれて重なったフィルムのように、ぼんやり濁る影……


 その影は次第にくっきりと、それから少しぼやけて……次の瞬間には、見事な姿を取り戻した。



「みて。きれいよ、とっても」


 雪の積もった公園の、ベンチ。

 十二三歳ほどの女の子と男の子が、並んで座っている。

 女の子のヒルデは、色白で、ブロンドのショートカット。

 男の子のジルは、背が低くて、やさしげな、おっとりした顔をしている。

 ふたりとも、緑のニット帽をかぶっている。


 ヒルデは膝の上でのぞいていた顕微鏡を、ジルに、そっと手渡した。

 ふたつのレンズがついた、小さいけれど、ずっしりと重い、本格的な顕微鏡だ。


 ジルがのぞきこむと、そこには氷の彫刻のような、半透明の雪の結晶体が、幾本にも枝分かれした、しなやかな花びらで咲いていた。

 ジルは心を奪われ、いつまでも目が離せなかった。


 ジルがあまりにもゆっくりと見ているものだから、ヒルデは少しイライラして、かれをせかした。


*ジルはいつものんびりしている、そんなだから、みんなにいじめられるのよ*



 ……ヒルデは、今朝のできごとを思い出した。


 ジルが緑の帽子を、クラスの少年たちにとりあげられ、からかわれていた。

 黙っていられず、ヒルデは少年たちに向かっていき、ジルの帽子を取り返した。


 ところが偶然、彼女も、同じような緑の帽子をかぶっていたから、たまらない。

 少年たちは喜び勇んで、今度はヒルデをもからかいはじめた。


 ヒルデとジルは、できてるんだぜ!


 ヒルデは怒りながら、かれらに背を向け、のろまなジルの手をグイグイと引っ張った。

 うしろのほうで、少年たちがいやらしい叫び声をあげた。


 ……そんな嫌なことが、今日、学校であったのだ。



 ヒルデは嫌なことがあると、顕微鏡をのぞく。


 ヒルデだけの、だれも知らない秘密の世界。

 顕微鏡は、ヒルデを不思議の世界に連れて行ってくれる、潜水艦だった。


 今日は大サービスで、ジルも連れてきた。

 なぜって、今日は年に一度の、降誕祭こうたんさいの日だからだ。


*こういう特別な日は、みんなしあわせに暮らさなくちゃいけないと思う。あの人たちは、そんなこともわからないのかなぁ*


 ヒルデは少年たちのことを思い出して、嫌な気分も一緒に思い出した。


「わたしも見たいから、はやく返して!」


 ヒルデのせかす声に、イライラした気持ちが伝わってしまったのか……ジルは恐れをなして、あたふたしながら、あわてて顕微鏡を返した。


 顕微鏡はヒルデの手元で滑って、ベンチの角に当たり、小さな鈍い音を立てた。

 それから、ずぼっと、足元の雪のなかに埋もれた。


 一瞬、あぜんとして、ヒルデはあわてて顕微鏡を救いあげたが、もう遅かった。

 レンズが粉々に砕けて、雪のきらめきに変わってしまった。


 怒りにわれを忘れたヒルデは、大声でさんざんにジルをののしった。


 彼女は大切な顕微鏡をベンチに置き去りにしたままで、ふり返りもせず、雪道をザクザクと派手に踏みつけながら、ひとりでどんどん歩いていった。


*ジルってば、なんてぐずなんだろう!*




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