第11話 " 兵の家 " の家族になること

 満仲様の娘となってからは、小萩の人生は激しく動き始めた。

 そして、貴族の家の娘ならではの"生きにくさ"を感じることになったのである。

 例えば、見えないところで、運命が決められていくような不安や、それに簡単に抗えない閉塞感を感じた。

 まさに重々しい運命が、いきなり小萩の上にような気がしたのである。

 また実際、小萩は満仲様の娘として、政争の駒として使われることになった。

 つまり、花山天皇の腹心の臣下である藤原惟成の妻になったからである。


 それでも、小萩の嫁ぐ話が決まりかけた時には、兄である頼光は、それなりに心配してくれた。

 おそらく、というには年が離れ過ぎているので、小萩のことをで見ていたからかもしれない。


「小萩よ! そなた、真に父上の勝手に付き合わされてもかまわんのか? 」


 ある日のことだ。満仲邸を訪れていた頼光に、小萩は問いただされた。

 もちろん、その時、満仲様は不在だったのだが、


「そなたも、薄々、察しているだろうが、父上は万事、自由に、己の思った策は押し通してしまわれる方じゃ、……しておると、飲み込まれるぞ!

 それに、こんなことは言いとうないが、そなたは、元は養女やしないごじゃ、……それも、我らの不始末に巻き込まれ親を失った子じゃ。

 よって、これ以上、そなたに無理は望まん。断りたければ、我から父上へ申す故、好きにするが良い! 」


 頼光は、こんな話しにくいことを、わざわざ言いに来てくれたのである。


 花山天皇の時代は、帝の治世を長く支えられるような主だった貴族がいなかった為、初めから誰もが長く続かないと踏んでいようだ。

 そのせいで、頼光はこんなことを言ったのだろう。


『……これではまるで、船に乗せるようなものだ! 』


 そんな思いから、頼光は小萩を心配してくれたのである。


 なんと言っても、頼光は満仲ファミリーの長兄である。

 だから、小萩のことも見過ごせないのだ。

 それに実を言うと、必ずしも正義でなくとも、ここぞという局面タイミングで己の遣り方を押し通す満仲様に対して、頼光も以前から物思うところがあったからである。

 年を経て、父に代わって世事に係わるようになってから、頼光の考え方は、満仲様のそれとは乖離かいりが激しくなっていた。


『源氏姓を頂いても、六番目の皇子の子で、大した官職に就けなかった祖父おじい様の時代とは違うのだ。

 今の我らは " 兵の家" といえども、それなりの地位がある。

 当然、それ相応のであるべきだ! 』


 そう思っているからである。


 因みに、頼光の祖父とは"源経基つねもと"という人で、清和天皇の六番目の皇子の子なのだが、どうやら最初の頃は良い仕事には恵まれなかったようだ。

 この人は、赴任先の武蔵国で地元の有力者らといさかいを起こし、その仲裁に出てきた平将門たいらのまさかどと揉めた為に、


『平将門が謀反を企てている! 』

 と、奏上してしまった。


 但し、これは最初の頃は讒言ざんげんでしかなかったのだが、後から真実になって、本当に平将門は朝廷に弓引くことになる。

 そうなると不思議なもので、源経基の運命は逆に開けることとなったのだ。

 経基の一派は、兵として戦に参加することになり、それを機に、中級貴族らしい職に就けるようになった。

 そして、その次代である満仲様も、のきっかけとなったで、一族の立場を有利なものにしたのである。

 確かに、先々代、先代が遮二無二しゃにむに頑張ってくれたおかげで、都での地位が上がったのかもしれないが、如何せん、ダークなイメージがついてまわることにもなった。

 そのせいで、自分はどのように立ち振る舞えば良いのか?

 ……と、頼光はすごく悩んだ時期もある。

 それでも、頼光はから都の由緒あるであり、満仲様達が築き上げた"兵の家"の嫡男なのだ。

 たとえ苦労して盛り上げられてきた家ではあっても、これからは、頼光なりの今風スマートな遣り方で、さらに盛り立てるべきなのだと思っている。

 確かに満仲様の家は、他の源氏姓の者らに比べてにおいては優れているかもしれない。

 だが、国司になった父と共に地方に行くと、領民の生活を通して世の中を知ることになり、また、若い武人達の面倒を見る立場になると、公正さに欠けた対応は絶対にしてはならない、ということが身に染みて判った。

 つまり、己の利害だけ動くべきではない。……そういうことを、しつかりと実感したのである。

 それに、もし都の雅な貴族らとを結ぼうとするなら、満仲様のような"手段を選ばない遣り方"は、むしろ払拭ふっしょくするべきだと思ったからだ。



 そして、……そんなふうに、生真面目な考え方をする、頼光のことを、小萩は心から敬愛しているのだった。




「いいえ、構いませんぞ! 兄上様 」


 頼光の問いに対して、小萩は、ほんの少しの間、考えているように見えたが、やがて穏やかに話し始めたのである。


「その、……私のことを真にと思って頂けるのでしたら、私もむすめとして、喜んで嫁ぎまする! 」


 そう、小萩は笑いながら答えたのだった。




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