第3話

1.

 -ストラーヴァ帝国 碧巌城ヴァルヴェフィナーデ 玉座の間-

 「あ~あ~、めんどくせえなあ、何で俺がやんなきゃいけねーんだよ」

 「頼む!そなたが最も強い転生者なのだ!当然ハーレムの為、あらゆる果てという果てまで捜し集めた美女たちを用意している……どうか我が帝国専属の聖騎士として、その天賦スキルを発揮してほしい!」

 あらゆる華美を尽くすこの玉座に坐す皇帝も、この転生者神の子の前にして、何の栄誉も地位も座位すらも無価値だ。俺が後にコイツと邂逅を果たすのはそう遠くないことだった。

 「福盛ふくもりルイよ!その天賦スキルをどうか……どうか我が国の為に使って欲しい!!」


悉曇チェック

 

 ソイツは気怠そうに右手を玉座に向けて、六芒星の陣を出すと、その魔法ヴリルを発動した。突如皇帝は痙攣し、常時放電するかのようにその場で異様な行動を取った。臣下達はすぐに解った。この男は弄んでいる。

 「態々此処迄出向いてやって報酬が女ダァ?」

 癖っ毛一本だらし無く跳ね上げた転生者ソイツは、人畜郷ミョスガルド、即ち奴の住んでいたよその世界でも本性はこんなに無情な奴だったのだろうか。

 


2.

「あるじぃーやめなよぉ〜また一つ国ぶっ潰しちゃうよ〜?」

 「俺の天賦スキル嘗めてるからだよ。チッ…異世界迄来てまたコケにされんのか……」

 ソイツはパーティで来ていた。全て上級魔法を扱う連中。恢復師ヒーラーも、魔術師ヴリナーも、全ての職業の極限まで到達した精鋭といえる。遥か西方の位置する国、ソドム王国を破壊し鬼哭啾々たる惨状を齎した連中だ。主たる類が此処へ降臨したのは丁度四年前。俺がまだ大地の女神に拾われる前。

 降臨は唐突に訪れる。場所はランダム、時期も無い。必ず神の力たる天賦スキルを持ってやって来る。奴の天賦スキルは、『破壊ルイナー』。この人間界を創り出した天界に住う創造神の一柱が持つ神力を、この男は持っている。この世界へ産まれ落ちる前は、過酷な労働に従事する可哀な奴隷の如き男だったという。よく転生者が口にする"社畜"という概念だ。

 頻繁に落ちて来る人畜郷ミョスガルドの住人は、比して共通点がある。それは皆東勝洲ファーランオスタン、向かうではアジアと呼ばれる地域から来て、そして全員が社会的に弱者たる非業な生活を送らなければならない特徴があるという事だった。

 死因も共通している。向こうの世界の科学を行使した運搬手段たる内燃機関の二輪駆動運搬車による轢死か、突発的な殺人か、自殺。ごく稀に持病による死もあるが、ともあれ悲惨な末路を負ってから此処へ来るのは全ての必要十分条件として存在する。

 この国で、天界にその肉体のまま唯一往来出来るオフェーリア様が云うには、天界の神々は敢えてそれらの報われぬ霊魂を選んでこちらの世界へ転生させているという。何故そんな馬鹿げたことをするのか、俺達の世界と全く違う異世界の連中が来るということは、原住民の我々からすれば侵略そのものだ。

 彼女も何度も何度も天界に戻ってそれを訴えてきたが、全く聞き入れられ無いのは当然として、当分帰って来るなと締め出されている状態だった。元の世界で碌なチャンスを与えられていない者達が、突然神の力を与えられて異世界に来たとて、招く結果は同じだ。裸の王が突然王冠と玉座を与えられても、その重みと意味を理解しなければ、単なる紛い物。

 然し馬鹿な神々は、それを慈悲と呼ぶ。

 「俺はスローライフ送りテェだけなんだよなぁ、いっつも威力弱めてもやり過ぎちまうだけだしなぁ。マァ、俺が強すぎるから、しょーがなーんだけどな」

 「あるじ強すぎるからなぁ、だから前の国滅んじまったわけだし」

 同じパーティに組む勇者クリガーレ恢復師ヒーラー。勇者の方は類と同じく黒髪のぴんと前髪一本が跳ね上がった男、常に肩には従者のスライムが一匹のっている。相川中知あいかわなかちか。同じく社畜であったが、宴席の帰り、轢死を以てここへ転生した。

 そのわきに退屈そうに後頭部で手を廻して組んだ女。明らかにこの世界の理屈や仕来りはコイツ達には通じない。



3.

  元々は男だった。心の中で人畜郷の嗜みである、電子上の遊興ゲームに出てくる美少女になれれば、この社会に飼いならされた奴隷から解放されると願望を秘めていたのだという。俺が経験してきた塵の掃き溜めに投げ捨てられた生活と、転生者たちが嫌がる前世の記憶は、同列に比していいほど価値があるのか。俺は全くそう思わない、思いたくもない。誰もが苦痛にもがくこの帝国で、食うに困らず、屋根ある家で明日を迎える事が出来る向こうの世界で、自分の目の前にある光福を理解できない浅ましさは、そのエゴイズムの為に天賦スキルを無双させるこいつ等を視れば容易に理解できる。

 前世の名は判らないが、この美少女の姿を手に入れた今は、ジュスティーヌと名乗っている。正体を知っているからこそ気味の悪い名前だが、その美しさは、雄に生まれてしまった俺は、見た時に心を動かされてしまった程蟲惑的だった。帝国騎士団の更に上部に存在する聖騎士アポストルに最年少で将軍として就任したデボラも、その実力、容姿共に非常に帝国内でも右に出る者はないと思うが、それにも匹敵するほどの耽美だった。そしてそんな簡単に心を揺り動かされた己を呪った。

 「そもそもおめーら戦争っての解ってんのか?」

 皇帝を痙攣させておきながら、類は目を細めて、その玉座を仰ぎ見る聖騎士アポストルを眺めた。皇帝直属にして帝国最強の騎士達。初代王ギュルヴィが率いた十四の聖騎士達を受け継いで、円卓に選ばれた最強の剣士たちがここに集った。欠席者はデボラだけ。彼女だけが俺の住んでいる宮殿に警護目的で派遣されていた為にいなかった。

 其々席を振られたその甲冑に刻みながら、傲慢不遜極まるどころか、最たる守護対象である皇帝を苦悶させる魔法をかけている類には、一切手を出すことはしなかった。皇帝は常にこのようなことを会見時に起ると予期して前もって聖騎士には手出し無用と厳命を下していた。

 「こうやって甘いことやってると、死ぬぜ」

 「はい、類様」

 碧色の艶やかな下しきった長髪を靡かせて、色白の肌を晒しながら、第六席の聖騎士は云った。希望のバルフォロメイのエイル将軍は慈母たる笑みを浮かべた。

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