38 夏焼 夏の終わりに

 冬川家で過ごした二泊三日のおかげで、俺は夏の終わりも楽しく過ごせた。笑えるだけ笑って、恥ずかしいけど泣いたりして。前にざっくり開いた胸の傷が、塞がっている気がした。


 夏休みの間に、冬川家には結局あれ以降も何回かお世話になってしまった。そして、俺が避けてきた家のゴタゴタも急速に動き出した。


 夏焼家の問題に、ついに叔父さんが介入したんだ。

 夏休み中、俺があまり自宅にいなかったこと、冬川家に世話になりっぱなしだった事を、叔父さんは悔やんだ。力になれなくてごめんね、と俺に謝った。俺はやめてよ、と言って泣いた。店に入れてくれたり電話で話し聞いてくれたり、昼夜逆転生活なのに時間割いてくれてさ、たくさん助けてくれたじゃん。


 そして叔父さんは意を決して行動に出た。このときばかりはオトコの顔になっていた。何をしたかざっくり簡単に言うとだな。


 親父とエリコ、ペタンコ靴女とその家族、ついでにエリコの方の不倫相手を闇鍋にブチ込んでかき混ぜるという荒療治をした。ペタンコ靴女の家族は不倫について寝耳に水だったみたいで、俺は初めて修羅場ってやつを見た。

 女の旦那が殴りかかってこようとしたし、女は悲劇のヒロインみたいに泣きわめく。親父とエリコは俺をどうするこうするで、責任のなすりつけ合い。信じられるか? 俺、こんな二人の子供なんだぜ? 笑えるだろ。


この世は冗談でできてるんだって。俺は知った。


 マジでさ、もし離婚するにしても、どっちの親にも付いていきたくないんだけど。あと名字変わるのもカンベンね、マジで。めんどくさいから。


 俺は相手の家族も気の毒だと思った。ペタンコ女の旦那は俺を見てとても驚いていた。「こんな大事な時期のお子さんがいるってのに、あんたら一体何やってんだ!」とかなりご立腹で、俺は「もっと言え」と言いたくなった。


 一方エリコの不倫相手の男はずっと「僕は何も知りません」って顔で縮こまっている。こっちも気の毒だと思った。それにエリコにせがまれて、しこたま金を使ったに違いない。ご愁傷様って感じだ。闇鍋のスパイスにどれくらいの¥マークが必要かって話になったところで俺はその場を離れた。


 外の空気を吸う。子供がいなくなったからかわからないけど、室内から怒声が聞こえた気がした。たぶん痺れを切らした叔父さんのドスの効いた声だ。


 なるほど、確かにあのタイプの人間と夜の街にいるとこを誰かに見られたら、「ヤバイ奴とつるんでる」って噂になるかもしれないな、と俺は妙に納得してしまった。


 そして室内が落ち着くまでコンビニで買ったアイスを囓りながら外で待っていた。夏が終わりそうな気がしたし、それと共に俺の家族もある意味終わった。

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