第6話 船を運ぶ②


 私、いや余がベリアルデ王国の女王になったのは、三年ほど前の十二歳の時だ。


 父上が黒獄虫との戦いとの決戦で死んでしまい、血族が私しかいなかったので継ぐしかなかった。


 それからは地獄だった。軍は決戦で壊滅したことで崩壊し、街は次々と落とされていく。


 気丈にふるまわなければならず、余なんて言葉遣いを始めた。似合わないのに。


 毎日やってくる報告もまた希望などなかった。村が滅ぼされた、避難民が王都に来た、食料不足などの悪いことばかり。


 投げ出したいけど逃げ場がなかったのだ。


 ある日に避難民が王都に逃げる前に全滅した報告を聞き、私は彼らがここにたどり着かなかったことに安堵した。


 食料がなかったからだ。これ以上の人が増えたらどうにもならないと思っていた。


 私は大勢の人間の死を、心のどこかで祈っていたのだ。その思いに気づいてすぐに戻してしまい、それからは食べ物がまともに喉を通らなくなった。


 この世界に希望などない。生きていても仕方がない。いっそ死ねれば楽になれるのにそこまでの度胸はなかった。


 誰か革命でも起こして、私を殺してくれないかと思ったこともある。だがそんなものは起きなかった。


 だから私は巨人が街の近くに出てきた時は喜んだ。


 黒獄虫に連れ帰られて、身体を貪り食われるより遥かに楽に死ねる。あんな巨体ならば私たちを一瞬で殺してくれるから、苦しまないですむ。


 なのに巨人は私たちを踏みつぶしてくれなかった。


 なので腕輪を渡して潰してくれるようにお願いすることにした。


 彼にとってはただ歩くだけで済む作業なので、聞き届けてくれるだろう。


 私たちに安らかな死をもたらしてくれると、思っていたのに。


「女王陛下。この街を捨てて港街に移住しましょう。あの黒虫たちは陸の生き物です。海ならば漁などで魚が取れるのではないですか? かつて滅んだと聞きましたが、俺の力ならば奪還も可能でしょう」


 巨人が私にもたらしたのは死ではなく……忘れていた希望だった。


「漁がうまくいくかはわかりません。ですがここで俺に踏みつぶされるよりも、はるかに有意義だと思います」


 体が震えた。


 今まで忘れていた喜びを噛みしめるように。


 ――希望とは望んでもいいものだったのだと。


 私たちはさっそく城門前の船へと乗り込んだ。陸地の船に乗るなんてありえざる光景が、よりいっそう夢心地にさせてくれる。


「よし。なるべく安全運転で行くけど、ちゃんと掴まっていてくれ! 落ちないようにな!」


 巨人がそう告げた瞬間、船が空高く浮き上がった。彼が私たちごと船を持ち上げたのだ。


 今まで住んでいた街が見下ろせる。あんなに大きく見えた王城が、ちっぽけなものに見えてしまう。


 街だけではない。外に広がる景色が遠くまで見える。


 草原、森、山、そして遠くには輝いた海……海なんて話でしか聞いたことのないものだった。


「そうか……外には世界があったんだ……」


 私は生まれてから街から出たことがなかった。物心ついたころには、外には黒虫が徘徊していて危険だったから。


 せいぜい城壁の上に登って、近くの森や山を眺めるくらいだった。


 もしあの時、巨人が私のお願いを聞いていたら……踏みつぶされていたら、私はこの街だけで生涯を終えていたんだ。


 船は信じられない速度で進んでいく。街がどんどん遠ざかっていく。


 嫌いな街だった。嫌な思いでしかなくて、でも名残惜しさはある。


 ――いつか戻ってきたい。何故だかわからないがそう感じていた。


 だが今見るべき場所ではない。自分よりもさらに上にある巨人の顔を見た後、船の進行方向へと視線を向ける。


 地上ではたまに黒虫が徘徊しているのが見えるが、巨人は意にも介さない。なんなら気づかずに踏みつぶしていた。


 私たちをあれだけ苦しめている黒虫が潰されるのは、正直言って爽快だ。


 そう思ったのは私だけではないようで、船に乗っている他の者たちも歓喜の声をあげはじめた。


「す、すげぇ……! 黒虫が小虫みたいだぜ!」

「ざまぁみやがれ! 畜生! ざまぁみやがれ!」


 私は思わず両手を組んで祈りをささげていた。


「巨人様……ありがとうございます」


 感謝は筆舌に尽くしがたい。


 この地獄みたいな世界に、こんな綺麗なものがあるとは思わなかった。


 死にたかった、だけど生きたくなった。


 この船が進んでいく先は光だ、きっとそうに違いない。この船は希望の船だ。





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 俺は何度か港町と王都を往復して、小人全員を港町に運ぶことを終えた。


 特に何事もなく全員無事に運びきれてなによりだ。小人たちはすでに港町の中にいて、


 港町は城門こそ壊されていたが、特に建物に被害はないしアリも中にはいない。アリたちがいないのは、獲物がいないからだろうな。


 俺はさっそく近くの地面から土を掘って、城門箇所をふさぐように山を作った。


 これでひとまずは外からの侵入を防げる。中からも出られなくなるが、当分は問題ないだろう。


 それに俺ならば土山をすぐに取り除けるからな。そして手を伸ばして城壁の上に置くと、自分の身体を小さくする。


 どうやら身体を小さくした後の俺の立ち位置は、大きい時の自分の身体の場所ならどこでもいけるようだ。覚えておこう。


「我が民たちよ! すぐに建物を確認し、また出航の準備をしなさい!」


 女王様は港にいて、力強く叫んで民たちに命令する。


 先ほどまでの消沈しきった姿とは別人のようだ。この港町に来たことで吹っ切れたとかだろうか?


 だがなんにしてもいいことだと思う。トップが暗いままでは周囲にも悪影響があるし。


 そういえばこの港町はメーユと言うらしい。


 さてと、俺はこの後はどうしようかな……そう考えた瞬間だった。


 兵士のひとりが女王に駆け寄っていく。妙に慌てているが何かあったのか?


「た、大変です! 港の船の大半が浸水しています! このままでは漁に出ても沈没します!」


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