第二話  身代わり確定(斬首の危険性があります)

韓国源からくにのみなもと、おまえ、たしか文字、読み書きできるんだろ?」


 軍監ぐんげんに両肩を掴まれて、可愛らしい顔立ち、福耳の目立つ若者は、ぱちぱち、と、大きな目をまたたかせた。


 彼は鎮兵ちんぺい伯団はくのだんに所属する。

 真比登まひとが率いる団であり、みなもとは、真比登まひとに直接、稽古をつけてもらった事がある。

 みなもとは、


「もちろん。オレの夢は、いつか韓国からくにへ渡る事だからな。オレは、武も知も磨いてる。」


 堂々と言った。

 彼は、ほどほどの家の出身であり、教養があった。

 顎に少しの髭をたくわえた五百足いおたりが、


「そうか。それが良い。身代わりを立てよう。

 みなもと真比登まひとと名乗らせて縁談へ行かせよう。」


 と、ぱんと手を打った。源は困り顔で、


「え……、オレ、嘘つくのはな。相手のおみなが可哀想じゃね?」


 と言う。五百足いおたりみなもとをしっかと見た。


「お前は優しいな。それは美点だ。

 いいか? 騙すって言っても、ほんの一晩さ。

 おそらく、気難しい郎女いらつめ(お嬢さん)は、今回も、縁談が終わる前に、向こうから断ってくるさ。

 ところで、おまえ、真比登まひとおみなと喋ってるの、見た事ある?」

「それは、普通に………。あれ?」


 源は首をかしげる。


真比登まひとは、たまに女官が戍所じゅしょに来ると、さーっと無言で逃げるんだ。

 勝利の宴には、顔を半分隠して出て、給仕の女官に喋る言葉は、はい、ありがとう、どうも。───この三つだけだ。」

「………。」


 源はこの伯団はくのだんに入って、一月も経たない。勝利の宴の時には、末席の方にいて、知らなかったらしい。

 絶句した。


真比登まひとは、おみなが苦手なのさ。

 そんなヤツに、鬼より怖いおみなとの縁談は、が勝ちすぎる。

 縁談は、今宵だ。

 今頃、父親から真比登まひとの名前が、前采女さきのうねめに伝えられているかもしれん。

 真比登まひとは逃げられん。

 一晩だけだ。うちの軍監ぐんげん殿を助けてやってくれ。」

「で、でもよ……、豪族を騙すことになるだろ? バレたら……。」


 斬首ざんしゅ


 源がうつむいて、言葉の続きを呑み込んだ。

 真比登まひとがさっと口を挟んだ。


「源! その時はオレが謝る! そして、この疱瘡もがさを見せて、オレがお前を身代わりにしたって言う。斬首ならオレがなる。だから、助けてくれっ!

 いつバレても良いように、オレも顔半分を隠して、供として縁談についてくよ。」


 必死である。みなもとが勢いをなくした声で、


「年齢が違うだろ。オレは十八歳。真比登まひとは二十八歳じゃないか。」


 と言うが、五百足いおたりが、


「源は背丈がある。年齢は、それでなんとかなるさ。夕方で、蝋燭の明かりのもとだしな。」


 と言う。

 みなもとは背が高い。真比登まひとも、平均のおのこよりか背はあるが、源は真比登まひとより頭一つ分、背が高い。

 五百足いおたりが続ける。


「顔ではバレない。桃生柵もむのふのき領主は、もともと平時へいじにここを治める豪族だ。軍議ぐんぎには顔をださず、政司まつりごとのつかさ(事務仕事)をいつもやってる。

 オレもついてくよ。バレて斬首は、オレと真比登まひとが請け負う。だから、安心しろ。」

「……わかった。(はい)!

 建怒たけび朱雀すざく五百足いおたりに、ここまで言われちゃな。全力で助ける!」


 みなもとは、真比登まひと五百足いおたりを見て、爽やかに笑い、頷いた。

 

「うぉぉ……。ありがとう!」


 真比登まひとは、ホッ、と、がっしり筋肉のついた肩の力を抜く。


「でも、その二つ名は面と向かって言われると照れる。」


 真比登まひとは実に愛嬌のある顔で照れ笑いをする。


「なんだ今さら。それについては諦めろっていつも言ってるだろ。」


 五百足いおたりが、穏やかな眼差しで、からりと笑う。

 見守っていた兵たちも、笑う。

 二十一歳の五百足いおたりは、十八歳のみなもとをしげしげと見て、


「源、恩に着るよ。……おまえ、国に許嫁いいなずけいる? それか、いも(運命の恋人)とか、吾妹子あぎもこ(愛人)とか……?」


 と訊く。源は照れて鼻の頭をかき、


「そんなの、いねーよ!」


 と少し顔を赤くする。五百足いおたりが、


「おまえ、性格良いし、顔良いし、背高いし、教養あって……、ん? 案外、気難しい郎女いらつめの心を射止めたりしてな。」


 と言ったので、真比登まひとは、


「まったくだ。はは……。」


 と笑う。野次馬どもも、うんうん、と頷き、また、笑う。

 五百足いおたりも和やかに笑うが、その顔をふっと曇らせ、


「もしバレて仲良く真比登まひとと斬首になったら、副将軍殿と三虎んとこに化けて出てやる。」


 とつぶやいた。

 普段、人を悪く言わないおのこである。今回の難題に相当怒っているようだ。

 みなもとが、


「オレ、聞いてたけど、副将軍殿、真比登まひと疱瘡もがさは気にならない。

 お前は、面構つらがまえだって充分魅力的じゃないか、って言ってたぜ?

 副将軍も、いい人だと思うよ?」


 としれっと言うので、五百足いおたりはガクッ、と下を向いた。

 美貌の副将軍の、瑠璃るりのように澄んだ目の色を思い出す。


(悪気はねぇんだな。きっと、疱瘡もがさが気にならない、稀有な、心の澄んだお方なんだろう。

 ……誰でも、真比登まひとをそういう目で見てくれるわけじゃねぇよ。

 とくに、不細工は嫌、なんて不躾ぶしつけな要求をしゃあしゃあと自分の父親に言える郎女いらつめからしたらな……。)


「……わかった。じゃあ、優しく化けて出てやるさ。」

「なるべく、そうならねぇと良いなぁ。」


 真比登まひとがトホホ、という顔で、自分の首元を押さえて言う。


 いついかなる時も勇猛果敢な、建怒たけび朱雀すざくが、豪族の娘との縁談を逃げ出したので斬首。


 そのような死に様は、なるべくさらしたくない、と五百足いおたりも心から思うのであった。


「上手く行くさ。今夜一晩、しのげば良いだけなんだから。」

「オレは、真比登まひと、んっん〜、まー、ひー、とー。」


 井戸へ歩きだしたみなもとが、明るい声で何かの練習をしている。




   *   *   *




 さる二つの刻(夕方4時)。


 桃生柵もむのふのき領主の豪族、長尾連ながおのむらじが住まう館は、桃生柵もむのふのき内にある。

 その一室。

 長女の佐久良売さくらめが、ばたばたと部屋のあちこちを探す一人の女官を、眉根を寄せたけわしい表情で見ていた。


「……どうやっても、見つからないようね。」


 四つん這いになって、床を探していた、年若い、十七歳の女官が、はっ、と顔をあげた。

 すこしソバカスがある。くりん、と縦方向に大きな瞳が愛らしいおみなであった。

 二十三歳の、この部屋の主が、美しい切れ長の目に憂いをのせて、桜色の唇から、ふっ、と息を吐いた。


「もう良いわ。今は戦時。他の女官は、医務室で手伝いを命じています。

 この部屋の管理は、あなた一人にまかせているわ。

 若大根売わかおおねめ

 だから、失くしたのは、あなたの責任よ。他の者は、いじらないのだから。」

「……申し訳ありません、佐久良売さくらめさま。」

「あの緑瑠璃みどりるり(色ガラス)の首飾りが、どんなに高価か、わかっているわね? 失くすなど、許されない事よ。」

「……はい。」

「お出し。」

「はい。」


 主と、女官。これだけで、通じる。

 女官、若大根売わかおおねめは、立ち、あるじ───佐久良売さくらめに背をむけ、薄浅葱うすあさぎ色の裳裾もすそ(スカート)をまくり、ふくらはぎを出した。

 無言でうつむく。

 佐久良売さくらめの手には、すでに木の枝が握られている。


「十。」


 佐久良売さくらめは宣言し、


「一。」


 と数をかぞえ、ふくらはぎを木の枝で打った。


「……うっ。」


 女官は歯を噛み締め、耐える。

 佐久良売さくらめは、顔色一つ変えない。

 冷酷な顔で、


「二。」


 数え続ける。木の枝がしなる音が続いた。佐久良売さくらめは数え終わり、顔の表情を変えず、


「これで許します。」


 と告げた。あまりに高価な首飾り。若大根売わかおおねめは、それに変わる財産など、当然持っていないのである。

 女官は、折檻せっかんが終わり、その場に崩れ落ちた。


「あ、ありがとうございます。罰に感謝します。」


 息も絶え絶えに、床に向かって、やっと言葉を落とす。


「よろしい。」


 そう佐久良売さくらめが告げた時、妻戸つまと(出入り口)の外から、


「入ります。」


 と別の女官の声がした。


「お入り。」


 佐久良売さくらめが返事をする。

 入室した女官は、父である佐土麻呂さとまろ付きの女官だ。

 女官は、礼の姿勢をとるが、床に座りこんだ若大根売わかおおねめを見て、ビク! と身体を一瞬、震わせた。


佐土麻呂さとまろさまより、今宵、とりはじめの刻、宴を開くので、佐久良売さくらめさまには、着飾っていらっしゃいますように、と、仰せつかって参りました。」


 佐久良売さくらめ柳眉りゅうびをひそめた。


(わざわざ、着飾って来い、と言うとは。

 まさか、か。)


 父上が、婚姻しろ、縁談だ、と頻繁に言ってくるのだ。

 父上のことは、大好きだが。


(───わずらわしい。)


「はあ……。」


 佐久良売さくらめはわざとらしくため息をつき、こめかみを揉んだ。









↓挿絵です。

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330667871916532


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