19.コロニー壊滅 part2

 ポロージンの『工業地帯』に降り立ったメンズーア・ツヴァイは、すぐにカスタムEFMの出迎えを受けた。

 敵機のエネルギーライフルの射撃を避けつつクララは部隊に指示を出す。


「相手は所詮パーツを寄せ集めたガラクタよ。さっさと片付けなさい!」


 よく訓練された統率ある動きでアベレージ・ベフェールたちは敵機を撃破していく。左腕部に装備したリフレクターを活用して敵のプラズマ弾を無効化しつつ、的確にコックピットを撃ち抜く者。解体作業用の工業アックスを改造したとおぼしき巨大斧を振るう相手には、機動性を以て翻弄しつつ、二機が同時に切り裂いた。

 部隊が敵を駆逐していく様子を、クララとヴィリはアルベルトたちと同様空中に静止して観察していた。


「俺たちの出番は無さそうだな」

「これじゃあエリーゼとの競争にもならないし。たかがテロリスト一匹捕まえるだけで騒ぎすぎよ」

「匹って……」

「ま、ゴミ掃除になるだろうでしょうし。社会奉仕活動だと思ってやらなきゃね」


 突然、腹の底に響くような巨大な爆発音が轟いた。緑色の噴煙が工業地帯の一角から立ち上っている。


「何?」

「グリーンオイル? ……麻薬か!」


 グリーンオイルとは連邦で流通している麻薬の一種である。字のごとく緑色をしており、電子タバコのリキッドを模して密売される。二十六世紀初等に開発されて以降、その強い中毒性で数えきれないほどの人々を廃人に追いやってきた。オットーの父親も犠牲者の一人である。


「……」


 メンズーア・ツヴァイから送られてきた映像をオットーは複雑な表情で見ていた。


「先輩」

「……いや、すまん。内部の概観を記したマップでは確信できなかったが、やはり麻薬製造工場だったか。焼け石に水だろうが、やらないよりはやる方が良いんだろうな」


 オットーの意図を汲んだリズベットはクララとヴィリに指示を飛ばした。


「区画一帯をレーザーキャノン砲で?」

「麻薬製造施設の一掃ね。エリーゼに自慢できそうな手柄だわ」

「お前さぁ……」

「何でも良いでしょ。さっさと焼き払って!」

「ハイハイ、人使いが荒いな!」


 ヴィリはレーザーキャノン砲の出力を調整してから発射した。青白いプラズマの熱線が老朽化した工場を吹き飛ばしていく。大きな爆発が連鎖的に発生し、区画一帯が炎に包まれた。


「ちょっとやり過ぎたか?」

「グリーンオイルは可燃物。むしろ燃やした方が良いわ」


 僅かに緑がかった炎が蜃気楼のように揺れる。一仕事終えたという感覚と、自分たちに敵う相手などいないという驕りが重なり、クララとヴィリは炎の中にいる敵の攻撃に気づけなかった。

 炎の中から放たれたプラズマは、幸運にも左腕部のリフレクターに命中した。虚を突かれた二人は思わずレーダーで熱源探知を行ったが、そもそも熱源しかない場所を探知した所で何かが分かる訳がなかった。


「敵が残ってる! 早く排除しなさい!」


 クララの指示にコロニーの地面にいたアベレージ・ベフェールたちは炎の中に斉射した。ひとしきり射撃した後、ほんの数秒間だけ静かな間が空いた。

 その時である。

 炎の中からプラズマが飛び、一機のアベレージ・ベフェールのコックピットを撃ち抜いた。

 パイロットの生体モニターが停止した事を知らせる警告音がメンズーア・ツヴァイのコックピット内に響き渡る。


「やられた?!」


 ヴィリが驚愕の表情を浮かべた矢先、カスタムEFMがエネルギーサーベルを起動しながら飛び出した。勢いのまま近くのアベレージ・ベフェールを両断し、距離を取ろうとする部隊に襲い掛かった。


「中佐、第二中隊に損害が出ています」


 同じ頃、コルノ・グランデの艦橋でも事態の急変を察知していた。


「何? ──2ー1応答せよ。敵の攻撃か?」

「一機だけ動きの速いヤツが──」

「距離を取って! リフレクターを活用しなさい!」


 オットーの通信にヴィリが応える中、クララが部隊に指示を出していた。第二中隊は思わぬ敵に動揺し、損害を被っていた。既に四機が撃墜され、二機が中破し戦闘不能の状態に陥っていた。


「一機でかからないで! 複数で囲んで追いつめるのよ!」


 アベレージ・シビリアンをカスタムした機体はプラズマが降り注ぐ中を地面スレスレで飛行しながら避けていた。その動きは訓練されたものではなく、まるで感覚で避けているようだ。だからこそ動きが予測できず、攻撃を当てられないでいた。


「素人みたいな動きのくせに! ヴィリ!」

「良いのか?」

「どうせこのコロニーは壊滅するのよ!」

「しゃあねえな」


 ヴィリはカスタムされたアベレージ・シビリアンに向かってプラズマビームを放った。人工の地面を縫うようにビームが白地に赤いラインが特徴的なアベレージ・シビリアンを追いかける。が、それすらもアベレージ・シビリアンは野性的な俊敏さで回避した。


「速ぇ! 追いつかねえよ!」


 アベレージ・シビリアンはスラスターを噴かして飛び上がった。サーベルを起動してメンズーア・ツヴァイに切りかかった。

 対してメンズーア・ツヴァイもサーベルで迎撃した。プラズマ粒子がツヴァイの群青色の塗装を剥がす。


「なんなのコイツ!」


 クララはスラスターを噴射させて相手を押した。怯んだ隙にクララが機体を後退させ、ヴィリが腕部バルカンで牽制射撃を行う。


「ちょっとコイツヤバくねえか?」

「だからこそここで仕留める!」


 クララはレーザーキャノン砲を背中にマウントさせると、両手のエネルギーサーベルを起動して突撃した。


「おいおい!」

「さっさと終わらせるわよ!」


 メンズーア・ツヴァイは煙の中に入った敵を切り捨てるべく地面に降り立った。


「敵は?」


 しかしアベレージ・シビリアンは忽然と姿を消していた。各種探知機で探そうとするも、煙に含まれる有害物質が機器に不調を与えていた。


「勘弁してよ。まだ任務は終わって──」


 クララとヴィリの視界の端で大きな影が動いた。反応するより先に青白いプラズマが煙を切り裂き飛んできた。


「しまっ──」




 部隊の戦闘状況を観察しながら暇していたアルベルトとエリーゼは、メンズーア・ツヴァイが戦闘不能になった事を示す通知を見て目をみひらいた。


「はっ?!」

「クララは?!」


 エリーゼはすぐに第二中隊へ回線を繋いだ。


「どうしたの?! メンズーア・ツヴァイが戦闘不能って! クララは?!」

「たった一機のアベレージ・シビリアンに……。両少尉は意識を失っていますが、無事です!」


 第二中隊のパイロットがアルベルトとエリーゼに報告する。映し出された映像からは、メンズーア・ツヴァイのコックピットハッチがひしゃげ、中のヴィリとクララが気を失っている様子が確認できた。


「良かった……」


 エリーゼは心底安心したような溜め息をついた。それを見てアルベルトはフッと笑った。


「何だかんだ言って、いざとなると心配になるのか」

「なに? 私がクララを心配してるとでも?」

「まだクララともヴィリとも名前を言ってないが?」

「なっ?! 意地悪よ!」

「お前が早とちりしただけだ。──で、どうする? 聞く限りじゃクララとヴィリをしたのは一機だって言うじゃないか」


 アルベルトは第二中隊が捉えた敵機の画像を見た。白地に赤いライン。アルベルトはヒロイックな印象を受けた。


「反重力ユニットは旧式だが、背中のスラスターが改造されているな。これで空高く飛んだ訳だな」

「それ以外は特にこれといった改造も改良もされてないけど……。何これ、クララとヴィリはこんな奴にやられたの?」


 二人が無事だと分かってから、エリーゼはいつもの調子に戻っていた。


「暇だったし、コイツを倒して二人の敵討ちしない?」

「大丈夫か? コイツはスペックを圧倒的に上回るメンズーアに勝ってるんだぞ」

「ビギナーズラックみたいなものでしょ」

「微妙に言葉の使い方が間違ってる気がするが、コイツのパイロットが初心者だとは限らないだろ」

「この機動は明らかに初心者でしょ」


 第二中隊の銃撃を避けている様子をCGモデル化し、挙動のパターンを分析した結果を見ながらエリーゼは言った。


「だがコイツは地面スレスレを飛びながら動いている。案外、馬鹿にできないかもな」

「私たちにはクララとヴィリには無かったデータがあるんだから、少しは有利でしょ? それに、コイツが別の場所で暴れたらそれはそれでこっちに良い迷惑よ」

「遅かれ早かれ対応しなければならない、か。理屈は通っているが二人が取り逃した獲物を横取りしたいなんて考えてないよな?」

「何言ってるの、それが一番の理由に決まってるじゃない!」


 エリーゼはペダルを思い切り踏んで前進した。最終確認地点までひとっ飛びする。第二中隊の残存EFMが固まってメンズーア・アインの到着を待っていた。


「敵は?」

「宇宙港の方に。第三中隊には既に報告済みです」

「よし、部隊を再編するぞ。第二中隊の残存EFMは第五、第六小隊として第一中隊に編入。第三中隊の援護に向かう。フォーメーションBだ!」


 第二中隊を編入した第一中隊は、アローヘッド状に編隊を組んで宇宙港に向かった。

 およそ五分後、気象コントロール装置の不具合が原因で生成された厚い雲を抜けた中隊は、激しい戦闘が行われている宇宙港に到達した。


「第三中隊を援護しろ! 各小隊、突撃!」


 第二から第六小隊が小さなアローヘッドを形成して宇宙港入り口に突入する。そこではメンズーア・ドライ率いる第三中隊がコロニー側のEFMや戦車などと戦っていた。


「ルーファス、ヒオリ!」


 深緑のメンズーアを視認するなりアルベルトは通信回線を開いた。


「アルベルト。ツヴァイが墜ちたのは本当か?!」

「二人は無事だ。けど機体の方はダメだ。今頃救護部隊と回収部隊が向かっているはずだ」

「良かった。それでツヴァイを撃墜した奴は?」

「コイツだ」


 アルベルトはメンズーア・ドライにカスタムされたアベレージ・シビリアンの画像を送った。


「コイツがここに来てないか?」

「いや、こんな奴は──」

「……ねえ」


 ヒオリが突然モニターのある一点を指差した。


「ん?」

「あれ」


 ルーファスがヒオリの指差す場所をズームすると、画像のアベレージ・シビリアンがミサイルポッドとバズーカを装備して向かってきているのが確認できた。


「あれだ!」


 メンズーア・アインが振り返ると、無数のミサイルが飛来してくる所だった。


「まずい!」


 アルベルトは腕部バルカン砲と胸部キャノン砲、そしてエネルギーライフルを連射してミサイルを迎撃した。宇宙港にいた他のアベレージ・ベフェールも目の前の敵より降り注ぐミサイルを注視して迎撃を始めた。

 その隙を見てコロニー側が攻撃しようとするが、そのことごとくがヒオリの操る浮遊型自由移動砲塔のドラウプニルによって撃破されていく。


「邪魔はさせない」

「良いぞヒオリ。次はあのバズーカを無力化するんだ」

「分かった」


 ルーファスの指示にヒオリは黙々と従う。ドラウプニルのビームで宇宙港に寄り付く敵を焼き尽くした後、メンズーア・ドライは上昇してアベレージ・シビリアンと相対した。


「ちょっと! それは私たちの獲物よ!」

「気をつけろ! そいつはクララとヴィリを倒した相手だ!」

「解っているさ!」


 ルーファスは可変速ライフルの安全装置を解除し、バズーカから放たれたミサイルを避けつつ狙いを定めた。


「可変速ライフルの使い方を見ていろ!」


 一、二射目を低速、三、四射目を高速に設定したルーファスはレバーの引き金を引いた。一、二射目を連続で撃ち、回避させてから三、四射目を放った。

 一、二射目と同じ機動で回避しようとしたアベレージ・シビリアンは三射目で右肩のミサイルポッドを失い、間髪入れずに飛んできた四射目でバズーカも失った。


「クセの強い使い方をするわよね」

「でも強いからな」


 ルーファスのテクニシャンな戦い方にアルベルトとエリーゼは舌を巻く。


「鈍重な装備が仇になったな! ヒオリ!」

「……これで終わり」


 ヒオリはドラウプニルでアベレージ・シビリアンを囲んだ。四方八方からビームで撃ち抜いてしまおうという魂胆である。これにはアルベルトとエリーゼも勝利を確信して笑みをほころばせた。

 だが。

 突如としてアベレージ・シビリアンがメンズーア・ドライのいる方向に突進した。まさかの行動にヒオリは一瞬動揺し、ドラウプニルの照準を狂わせてしまった。砲塔はメンズーアを含む味方機を認識すると自動でロックをかけるため、アベレージ・シビリアンを背中から撃つことはしなかった。


「なっ──!」


 ルーファスはエネルギーサーベルを起動して縦に切り裂こうとしたが、そのために大きく振りかぶってしまったのがあだとなった。

 アベレージ・シビリアンはショルダータックルでメンズーア・ドライのコックピットに大きな振動を与えた。身体改造を受けているヒオリはなんとか耐えきったが、ルーファスは脳震盪を起こし、嘔吐して気絶した。


「……! ルーファス!」


 ヒオリの声が普段よりも少し高いように聞こえたアルベルトはすぐに事態を察した。


「このっ!」


 エネルギーライフルを撃ち墜落するメンズーア・ドライに近づけないよう牽制する。ドライは地上三十メートルほどの高さからコロニーの地面に叩きつけられた。


「ヒオリちゃん?! ルーファス?!」

「う……」


 かすかなうめき声以外に、ドライの応答は無かった。仲間を一挙に倒されたアルベルトとエリーゼの心中に、一種の復讐心が浮かんで点火した。


「エリーゼ!」


 呼びかけに応えるようにエリーゼは機体を上昇させた。

 エネルギーサーベルを振り下ろし、つばぜり合いながらアルベルトは叫んだ。


「よくもやってくれたな!」



 


 


 

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