14.高官一家救出

 習熟訓練を初めて二週間、機体操作に慣れた六人を試すため、ある任務が下された。

 ブリーフィングルームの壁に投影されているホログラムモニターに青白く照らされながらオットーとリズベットが六人に任務内容を説明していた。


「……二日前、惑星ラタリアで反乱が起きた。幸いにも騒乱はすぐに鎮圧されたが、首謀者のルバノフ大佐と彼の乗艦は自治政府軍の追っ手を振り切り逃亡してしまった」

「大佐の乗った艦は現在、ラタリアのある星系から五二〇光年離れた未開拓領域付近の暗礁宙域に潜伏している事が判明したわ。──我々の任務は、艦内に捕らわれているラタリア自治政府高官一家の救出よ」

「この作戦は公的に統合軍で承認された作戦ではない。公的には、統合軍と業務提携しているPMC部隊が救出に向かう事になっている」

「傭兵派遣会社ランツクネヒトの部隊がね」

「要するに戦場では傭兵として振る舞えって事か。……どう振る舞うんだ?」


 自信満々に訊ねてきたヴィリに、アルベルトは頭を抱えつつ言った。


「いや、いつも通りで良いよ」

「で、あなたたちには迎撃にやって来るであろう敵EFM部隊を迎撃してもらうわ」

「そしてその間隙を突いて俺たちが艦内に侵入するって訳だな」


 同席していたアリュが陽気に言った。


「高官一家の救出は陸戦部隊に任せる事になる。お前たちは大尉たちが脱出するまでEFM相手に時間を稼ぐか殲滅しろ」

「そんなの殲滅一択でしょう」


 エリーゼは同意を求めるようにアルベルトを見つめた。


「それは敵の戦力を確認してからだ」

「慎重なんだから」

「お前が好戦的過ぎるだけだ」


 パートナーを軽くあしらうアルベルトにクララとヴィリを顔を見合せ肩をすくめ、ルーファスは少し辟易とした様子で軽く溜め息をついた。


「逃亡に使用された艦は第四世代型戦艦。対艦ミサイルとプラズマ砲台、そして対空戦闘用の近接射撃火器群で覆われた手強い相手よ。近づく時は蜂の巣にされないように気をつけて」

「操縦者の腕の見せ所ね」

「上は勿論、下にも火器が……。銃撃の隙を突くのは難しそうだ」

「仮に死んでもアルベルトと一緒なら良いわ」

「お前な……。冗談でもそういう事を言うな。縁起が悪い」

と一緒に死ねるなら幸せだわ」


 唐突な激重発言でブリーフィングルーム内に気まずい空気が流れた。停滞した場の流れを動かしたのは最も階級の高いオットーだった。


「……まあ、実戦経験のあるお前たちなら難なくこなせると信じている。──解散!」


 アルベルトたちは敬礼してブリーフィングルームを辞去した。扉が閉まった後、リズベットと残ったオットーは腕を組ながら呟いた。


「王子様ってどういう事だ……?」




 その日の夜、エリーゼはクララとヒオリを誘って『女子会』を行った。アルベルトが妹のオリヴィアに付きっきりになっていたので、暇をもて余していたのである。

 自室にずかずかと入り込み、当然のように自分のベッドの上を占領して菓子を食べ始めたエリーゼに呆れながらクララは訊ねた。


「貴女ねえ……。アルベルトにちょっかいをかける以外にやる事無いの?」


 至極当然とも言えるクララの質問に就寝前にも関わらずコーラを飲んでいるエリーゼは答えた。


「う~ん。ゲームしたりシミュレータで時間を潰したりはするけど……アルベルトと一緒に居る以外の事ってなんかつまんないのよね~」

「相変わらず重い女ね貴女は」

「……」


 変わらずクマのぬいぐるみを抱き締めながら、ヒオリが何か言いたそうにエリーゼを見ていた。


「何?」

「……何で王子様なの?」

「へ?」

「貴女が午前中のブリーフィングでアルベルトを王子様って呼んだ理由が知りたいんでしょ」

「そういう事?」


 エリーゼは長い金髪をいじりながら語り始める。


「アルベルトと私は小さい頃に一度会った事があるの」


 アルベルトとエリーゼの出会いは十歳の時。エリーゼの父が祖父からギャラクシー・パシフィック・グループ(GPG)のCEOを引き継いだ事を記念するパーティーでの事だった。

 エリーゼは当初小さな妹を引き連れていた少年に関心を持っていなかった。大人ばかりで退屈なパーティーのささやかな暇潰し程度にしか考えていなかったのである。

 しかしこのパーティーの後、会社を揺るがす大事件が起きた。エリーゼが誘拐されたのである。犯人はアンチセクター……を名乗る小悪党であった。GPGの本社がある惑星は貧富の差が極端であり、エリーゼのような富裕層はアーコロジーに住み、貧困層はスモッグに覆われた巨大なスラム街に住んでいた。エリーゼがスラム街に連れていかれた事は明白だったが、住民たちは警察に協力しようとはせず、むしろ胸がすくう思いで右往左往する警官たちを眺めていた。

 そんな中、真っ先にエリーゼの行方を突き止めたのは、まさかのアルベルトであった。実の所アルベルトもあまりエリーゼに興味を持っていなかったのだが、オリヴィアのエリーゼを心配するような発言を聞き、シスコン脳をフル回転させた結果、「オリヴィアの精神衛生を保つ為にエリーゼを救出」するという意味不明の結論に至って捜索を開始したのであった。

 しかしそんな事など露ほども知らないエリーゼは、薄暗く汚れた場所に閉じ込められていた自分を見つけ出したアルベルトに光を見た。亡くなった母が読み聞かせてくれていた地球時代の絵本に登場する『白馬の王子様』の姿をアルベルトに見出だしたのである。


「それ以来アルベルトの事ばっかり考えてるって訳」

「……やっぱりいつ聞いても呆れるわ。妹ちゃんの為に自分を助けたって知ってる上でコレだもの」

「もうそれは良いの。だってそれを知る頃には心だけじゃなくこの身体もアルベルトのモノになっちゃってたから……」

「?」


 首をかしげるヒオリを見てエリーゼは恥ずかしげもなく言ってのけた。


「肉体関係って事よ」

「ちょっと!」

「……?」


 ヒオリがあまり理解出来ていないのを見たエリーゼは携帯端末を操作してその画面を見せつけた。


「こういう事よ」

「…………。……!」


 無表情なヒオリの頬が僅かに染まる。クマのぬいぐるみをきつく抱き締め、目をきつく閉じて顔をそらした。


「こら。ヒオリちゃんを苛めない」

「こういうのは早めに知っておくべきよ。それに貴女だってヴィリと寝てるじゃない」

「そりゃ付き合ってるもの。信頼の上で成り立っている関係なの」

「そう? かなり淫靡な方法でヴィリを誘ってるクセに……」

「……っ。は、はあ?」

「気づいてないと思ってたの? いっつもヴィリの隣にいて、胸に目がいくようにさりげなーく身体を寄せてるの、知ってるんだから」

「な……!」


 クララの顔がその髪のように赤くなった。


「場所を選ばず身体を重ねるあなたたちに言われたくない!」

「だって~。アルベルトのがすごいんだもん──」

「おい」


 部屋の扉が開き、不機嫌な顔のアルベルトヴィリとルーファスを引き連れて現れた。


「猥談をするなら消音装置のスイッチを入れてからにしてくれ。丸聞こえだぞ」

「アルベルト! オリヴィアちゃんは寝たの?」

「ああ」

「じゃあ一緒に貴方の部屋に行きましょ!」

「今日は駄目だ。もう深夜だからな。さっさと寝ろ」

「え~?」


 不満げなエリーゼを無視してアルベルトは行ってしまった。


「もう! アルベルトのばーか!」

「わがままお嬢様が……」

「何よ、ルーファス。未経験のクセに」

「未経験でも良いだろ!」

「この機会だし、ヒオリちゃんに頼んで卒業させてもらえば?」

「貴女それは……!」


 エリーゼの言葉を聞いたヒオリは部屋の隅に退避し、ルーファスから顔を背けた。


「誰が相手の了承無しに行為に及ぶか! 犯罪者のする事だそれは!」

「ホント、ルーファスは倫理観がしっかりしてて良いわ。それに比べてこのお嬢様は……」

「はんっ。私は三大欲求の一つを純粋に求めてるだけよ」

「人に押し付けるのはどうかしらね」

「落ち着けって。何で下ネタ話で熱くなってるんだよ」

「熱くなってない!」


 エリーゼとクララが同時に言った。ヴィリは呆れ返るしかなかった。




 二日後、オットーの部隊を乗せた第38独立特務作戦群所属艦『コルノ・グランデ』は、未開拓領域に近い暗礁宙域にワープアウトした。


「ワープ成功。誤差は許容範囲」


 オペレーターアンドロイドが報告する。洋扇子を扇ぎながらリズベットがオペレーターに訊ねた。


「敵艦の位置は?」

「前方二百キロ。気づかれていません」


 モニターに逃亡艦が映し出される。周囲には壊れた艦やEFMの残骸が漂っていた。


「残骸のお陰だな。チャンスを逃すな。EFM部隊、出撃準備! 救出部隊は上陸挺にて待機せよ!」


 間髪入れずにオットーが指令を出す。EFM格納庫では整備員たちが慌ただしく動き回っていた。


「発進デッキへ上げろ!」


 整備班長の号令で三機のメンズーアがエレベーターで発進デッキへ上がっていく。

 六人はそれぞれ武装に不備やバーニアの調子を確認しながらこれから起こる戦闘の心づもりをしていた。


「自治政府の報告が正しければ、あの艦には十機のEFMが格納されてる。気をつけないと」

「どうせアベレージでしょ? 余裕余裕」

「油断してやられないようにね」

「貴女こそ!」

「ルーファス君、余計かもしれないが、この戦闘でなるべく多くのデータが取りたいからなるべく敵との距離を一定に保ちつつ戦ってもらいたいんだ」


 イザイアがスラスターの出力配分の調整をしているルーファスに言った。


「肩に付けた武装のデータですか?」

「そうそう。あれは私が唯一形に出来た先生のアイデアなんだ。実用に堪えうるのか、ぜひ確かめたいのだ」

「それなら実際に運用するヒオリに言ったらどうですか?」


 胸に湧き上がる苛立ちを抑えつつルーファスが言うと、ヒオリが短く呟いた。


「大丈夫。やってみせる」

「そうか。なら良かった」


 イザイアがモニターから消えると、ルーファスは不愉快そうに顔を歪めた。


「実験体扱いか……」

「……どうしたの?」

「何でもない」


 ヒオリの問いかけにルーファスは落ち着いた声音で誤魔化した。


「対艦ミサイルの発射準備が完了しました」


 オペレーターの報告にオットーは襟を正す。


「さて、上流階級の皆様をお迎えに上がるぞ」


 そしてオットーは一際大きな声で指令を出した。


「これより作戦を開始する! 対艦ミサイル、撃て!」


 コルノ・グランデから次々とミサイルが発射され、反逆者たちの乗る艦へ飛んでいく。


「ミサイル接近! 迎撃間に合いません!」

「見つかったか?!」


 反乱の指導者であるルバノフ大佐はすぐに艦長席に座り、乗組員たちに指示を出した。


「急いで何かに掴まれ!」


 くぐもった爆音とともにブリッジの照明が点滅する。振動を耐えしのいだルバノフはダメージコントロール班に通信を繋いだ。


「被害は?!」

「外壁に損傷多数。対空火器六門が使用不能。A16ブロックで空気漏れが発生しています!」

「火災は発生していないのだな。よし、A16ブロックは封鎖しろ。EFM部隊! すぐに発進せよ!」

「敵艦発見!」


 モニターに表示されたコルノ・グランデを見てブリッジにいた一同は息を飲んだ。


「灰色……!」

「公安局の艦だ!」

「おのれ自治政府め……!」


 ルバノフは拳を握り締め、次の指示を出した。


「敵艦を撃破しこの宙域を離脱する! 対艦ミサイル用意! EFMは準備が出来次第、随時発進せよ!」


 艦内にアラームが鳴り響く。乗組員たちは必死の形相で各自の持ち場についていく。公安局の恐ろしさは様々な場所で聞いているからだ。


「敵艦からレーザー照準を受けています」


 コルノ・グランデのオペレーターが極力感情を削ぎ落とされたアンドロイドらしく平坦な口調で報告した。


「このデブリだらけの宙域でレーザー照準?」

「迎撃用意!」


 リズベットの指示から数秒と経たずにミサイルが飛んできた。コルノ・グランデの上部にある対空火器群が艦を守ろうと絶え間無く弾を発射させる。


「どこかに中継器があるはずだ。でなければ第四世代型がこんな宙域でレーザー照準を使える訳が無い」


 オットーの言葉に反応してオペレーターがキーボードを操作する。


「──スペースデブリを隠れ蓑にした複数の中継器を発見しました」

「EFM部隊に情報を送れ。お前たち聞いたな? 敵機迎撃のついでに中継器を破壊してくれ。そうすれば救出部隊を送るのがぐんと楽になる」

「了解!」


 発進デッキに到着していた六人はオットーに敬礼する。


「EFMーT18R(E)メンズーア・アイン、全システム正常動作を確認。出撃してください」

「了解」

「りょーかい!」


 エリーゼがペダルを踏み込み、メンズーア・アインは猛スピードで発進デッキを飛び出した。大小様々なデブリを易々と進み、途中で真っ二つに割れた輸送艦の間を通過し、アルベルトとエリーゼはそのスピード感を一身に感じた。


「たーのしー!」

「EFMーT18R(Z)メンズーア・ツヴァイ、全システム正常動作を確認。出撃してください」

「出撃します!」


 翼のようなスラスターを勢いよく噴かし、ヴィリとクララの乗るメンズーアも発進した。連続でバレルロールを行いながらメンズーア・アインの後を追う。


「うおおお……! クララ、もうちょっと慎重な操縦を……」

「あの金髪お嬢様に負けるもんですか!」

「へへーんだ! ついてきてみなさーい!」

「……何やってるんだか」


 エリーゼとクララの意地の張り合いを見てルーファスは呆れ返った。


「僕はあんな滅茶苦茶な操縦は絶対にやらないぞ」

「EFMーT18R(D)メンズーア・ドライ、全システム正常動作を確認。──脳波コントロール式小型端子型自由移動砲塔『ドラウプニル』との接続状況良好。出撃してください」


 オペレーターが喋った兵器の名称を聞き、ルーファスは思わずヒオリの方を向いた。ヒオリはヘルメットを着けておらず、代わりにあるデバイスをカチューシャのように装着していた。


「……私は大丈夫だから」

「そうか。……メンズーア・ドライ、発進する!」


 メンズーア・ドライも先に出た二機の後を追う。打ち捨てられた宙域で、誰も知ることは無い戦いが始まろうとしていた。



 


 

 


 





 

 



 

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