第17話 白猫令嬢は一歩を踏み出す

 こうしてミリエルの初めての視察は終わった。視察というよりは任務をこなしたような雰囲気だったが、何事もなく外出を終わらせられたので、彼女は安心し自信を身に着けている。


 また結界を作り直した報酬として、本来買う予定だった分とは別に、牛乳とバターを10箱分貰った。当初の目的も達成し、ほくほく気分で帰宅する。




「えへへ、早くキャラメル作りたいなあ……」

「牛乳の保存技術は発達していますが、それでも早いうちに加工するのが一番です。でも今日はもうお部屋で休みましょうね?」

「そうですね、流石にもう疲れちゃいました。ふー……」



 コートを脱ぎ動きやすいドレスに着替えたミリエルは、ソファーに座り身体の力を抜く。そこにまーちゃんが乗ってきた。



「にゃ~!」

「まーちゃんただいま。あのね、わたし魔法が上手に使えたんだよ。まーちゃんにも今度見せてあげるね」

「にゃん!」


「ミリエル様に合わせて、まーちゃん様も嬉しそうですね。まあ実質妹弟子みたいなものでしたし」

「にゃー……」


「と思ったら眠りこけている。ミリエル様の膝に乗って、安心したんでしょうか」

「まーちゃん……寂しかったのかな。明日は一日いるから、大丈夫だよ」





 そして翌日。ミリエルは普段より遅めの時間に起きたが、キャラメル作りは変わらず行う。



「最後におまじないを……とうっ!」

「わっ、すごい輝き! それに普段より増してキャラメルがつやつや……!」

「とっておきの材料に加え、光魔法も増量していますからねっ」



 厨房で作業をしていたメイド達は、揃ってミリエルのキャラメル作りに釘付けになる。完成したキャラメルは、雪のような煌めきを帯びていた。



「ひ、一つだけいただいてしまいたい……! でも我慢しないといけませんね」

「そうですね……これはアルフレッド様に食べてもらいたくて作っているので。でも皆様の作ってくれたキャラメルに、光魔法をかけることはできます」


「ありがたい申し出感謝いたします。それにしても、毎日こんなにも美味しいキャラメルを作ってもらって、アルフレッド様もようやくなあ……」

「え……?」




 報われるという言葉の意味を聞く前に、厨房の扉が開け放たれる。




「ミリエル嬢、今俺の話をしていたのか」

「きゃあっ!?」



 まさかの本人登場に、驚いて尻尾を膨らませるミリエル。



「む、すまないな……まさか扉の近くにいるとは思わなかった。尻尾を挟んでいないか?」

「だ、大丈夫です……こちらこそ、アルフレッド様がいらしてくださるなんて、思ってもいませんでした」



「アルフレッド様、珍しいですね。厨房に何のご用事ですか?」

「厨房というより、ミリエル嬢に用事があって来たんだ。朝食後にアメリと話があるから、そのつもりでいてくれ」

「アメリさんもですか?」



 魔術師の彼女が話をするということは、魔法に関する話だと言っているようなもの。そしてあらかじめ予告をするということは、それだけ重大であるということだ。



「確認しておきますけど、悪いことではありませんよね?」

「勿論だ。だが、大変なことではある。ミリエル嬢に寄り添って話をしていくから、そのつもりでいてくれ」

「わかりました……」





 朝食後、ミリエルはアルフレッドの部屋を訪れていた。アルフレッドには優しく声をかけられたが、それはそれとして緊張している。


 遅れてアメリもやってきて、早速二人から話を持ちかけられた。




「結界魔法をシュターデン領に……」

「そういうことだ。先に言っておくが、君はこの仕事を断る権利がある。内容を伝えた後に拒否されたとしても、咎めはしない」



 アルフレッドが持ち出したのはシュターデン領の地図。視察の前に見せてもらったものとは違い、集落のある場所に赤い線が引かれていた。



「この赤い線に沿って、ミリエル嬢の光魔法結界を張ってほしいんだ」

「数がいっぱいありますね……」

「シュターデン領における人間の生活圏全てになる。流石に国境線ほどではないが、面積は膨大だ」


「そ、そんな風に言われると、目がくらくらしちゃいます……」

「……すまない。俺はどうしてもこんな言い方しかできないものでな……アメリ、ここから先は任せてもいいか」

「ええ、承知しました」



 アルフレッドの代わりにアメリが地図を手に取りながら、ミリエルに説明する。



「視察の件をアルフレッド様からお伺いしまして。結界魔法の回数を重ねていけば、ミリエル様の魔法もかなり上達するのではないかと考えたのです。光魔法が含まれていれば、簡単な作りでも効力は絶大ですので、練習には向いているかと」

「加えて、そこに住んでいる人も保護できるということですね。えっと……こういうのは、一石二鳥って言うんでしたっけ」


「その通りです。私達もその結論に至って、ミリエル様にご提案させていただいております。魔法を使う方も使われる方も得をするのですから」

「はあ……」



 訓練の一部だと割り切れたとしても、責任は重大。確かにアルフレッドに言われた通り、大変なことである。



「日程については、ミリエル様の無理のない範囲で調整させていただきます。それから人目を避けるように最大限配慮いたしますが……どうしても会ってしまう可能性はあります」

「……」



 人目に触れるのが怖いという気持ちを汲んでくれている。ミリエルはそれをありがたく思った。



 だが一方で 、今のミリエルには、もっとたくさんの人に会ってみたいという感情が生まれてきている。



「……アメリさん。視察に行った牧場の人達、わたしのことを可愛らしいって言ってくれたんです」

「そうだったのですね」


「あと牧場主さんは、普段から動物のお世話をしているから、獣人は気にならないってお話されていました」

「そのようなことが……確かに納得できます」



「だからもしかすると……獣人のわたしを認めてくれる人、シュターデン領には案外いるんじゃないかって。そんな人に会ってみたいなって……」



 以降は言葉に詰まってしまい、俯いてしまうミリエル。


 そんな彼女にアルフレッドが優しく声をかける。



「ミリエル嬢。気持ちを話してくれて感謝する。誰かに会ってみたいという気持ちがあるなら、それを無下にするわけにはいかないな」

「アルフレッド様……でも……」


「認めてくれる人には会ってみたいが、差別する人に会ってしまうのが怖いのだろう? もしそのようなことになったら、俺の所に来ればいい。獣人差別をしない者は、少なくともここに一人いる」

「……ううっ。ぐすん……」



 アルフレッドの優しさが嬉しくなり、ミリエルは思わず泣いてしまう。横で話を聞いていたアメリが、それを拭いてくれた。




「あ、ありがとうございます……」

「気持ちは落ち着きましたか?」

「……はい。大丈夫です。わたし、このお仕事やってみたいです」



 改めて地図に目を落とし、決意を新たにするミリエル。



「魔法を使うこと自体に抵抗はありません。でも人に会うのが怖くって……」

「そうだな。体力は日を重ねればどうとでもなるが、気持ちはそうともいかない。その点も鑑みて、期間は長めに取るようにしよう」

「よろしくお願いします、アルフレッド様」



「……頼んでいるのはこちらの方だ。俺は最初、内容の重さで断られるものだと思っていたからな。本当に有難いよ」

「そんなことはありません……! 逆にお仕事を任せてもらえる方が、わたしでも生きていていいんだって言われてる気がして、落ち着きます……」

「……そうか。君のこれまでの経験を踏まえれば、そうなるか」



 アルフレッドは噛みしめるように言いながら地図を畳んでいく。



「では、話はこれで以上だ。今後も何か思うことがあったら、俺に話してほしい。悲しいことは勿論、嬉しいこともな」

「ありがとうございます……わたし、ご期待に添えられるように頑張ります!」

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