第6話 眠る

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「本格的に旅立つ前に、寄りたい所があるんです。この近くなんですけど」

「いいんじゃないか。急ぐ旅じゃないし」

「我も異論はない」


 話し声が聞こえる。

 声の主は、一人の少女と二人の生首である。


「ありがとうございます」

 少女クレアが、二人の生首に礼を言う。

「長旅だからな。寄り道するくらいで丁度いい」

 勇者の生首アレックスは、朗らかに笑う。

「そうだな。心残りは無くしておくべきだ」

 魔王の生首ヴァールは同調する。


「心残りで思い出したんだけど、クレア、町の運営は大丈夫なのか?トップがごっそり抜けただろ」

 アレックスは心配そうに尋ねる。

「勝手に抜けようとした本人が言うとはな」

 ヴァールの正論に、アレックスは睨み返すが、特に何も言わなかった。


「それは問題ありません。いつでも旅立てるよう、後任を選出し、本人たちもそのつもりで働いていましたから」

「ふむ、この手際の良さ、娘を思い出す」

「娘なんていたのか」

「ああ、あの後どうなったのかも知りたいな。生きていると良いが」

「そうだな俺もクレアの完璧さに元カノを思い出すよ。さすがに死んでいるだろうけど」

「貴様みたいのにも恋人がいたのか…」

「どういう意味だコラ」

「さて、どういう意味だろうな」

「クレア、馬車を止めてくれ。こいつと決着をつける!クレア!…クレア?何かかあったか」

 アレックスとヴァールは心配そうにクレアを見る。

「ごめんなさい。ぼーっとしてました。アレックス様、ヴァール様、目的地が見えてきました」



           2


 目的地は、町から一番近い小高い丘の頂上であった。

 頂上には墓地があり、そこからはは町が一望できた。

「ほう。いい眺めだ」

「ありがとうございます。あの町で亡くなった方はここに埋葬されるんです。ここは町がよく見えるから」

 クレアは、二人の生首に花束を渡す。

 温室で育てた花を切ってきたものだろう。

「これを一緒に備えて頂けませんか?両親が喜びます」

 二人の生首は特に反対する理由もないため了承した。


 クレアが目的地に向かって歩き出す。

「かつて、この町では天寿を全う出来るひとは多くありませんでした。

 ご存知の通りの暴走で亡くなる人が多かったのです。

 それでも町から出ようとする人はいませんでした。

 押し付けていった魔族の嫌がらせもあるのですが、私達はこの町が好きですから…」

「嫌がらせ?何したんだ」

「あのから一定範囲の距離に、人間か魔族が規定の数いないと、意図的に暴走させる魔術を仕込んでいました」

「そこまでやるかね」

「我らと最初に会ったとき言っていたな。嫌われていると。

 おそらくだが、厄介な代物を処分できて、嫌いな奴らもまとめて処分できて一石二鳥とでも思ったのだろう」

「はい。押し付けた魔族も似たようなことを言って去っていったようです」

 そしてクレアがある墓の前に立ち止まる。

 二人の生首はそこに刻まれた名前を見て、驚きで目を見開く。

「ここが私の両親と祖母の眠る場所です」



           3


「クリスティーナ!」「ビビスル!」

 二人の生首は思わず叫び、お互いの目線を交差させる。

「クリスティーナは、俺が助けてやった貴族のとこの令嬢だな。助けた恩でいろいろ援助をしてもらったんだ。そのうちクリスと仲良くなって、婚約までいったんだよ」

「ビビスルは我が娘にして、我の腹心の名だ。優秀でな。あいつがいなければ、国の運営など、とっくの昔に放り出してた」

「二人の名前がここにあるってことは、クレアは二人の子孫か?」

「はい。正確にはクリスティーナはお婆様で、ビビスルはお母様です。クリスお婆様は生まれたばかりのお父様を連れてここに来たと聞いています。アレックス様との子だと周りには言っていたそうです

 ですが、何度もあったの暴走を止める際に、許容量を超える魔力を身に浴びて、みんな亡くなりました」

「そうか」

 アレックスとヴァ―ルは考え込む。

「つまり―クレアは俺たちの孫って事か」

「はい。言うタイミングが無くて、申し訳ありません」

「まあ我らはいつも忙しくしていたからな。しかし、いつぞや我らを本物だと信じると言っていたが、よく我らと分かったな」

「はい。お顔は肖像画でよく見ていましたから、間違えようがありません。警備兵から聞いた時はもしやとは思いましたが、まさか当時と同じ顔で、しかも生首になって来るとは思いませんでした」



           4


 クレアは手を組み、長い間墓の前で祈っていた。

 当分墓参りができないので、積もる話があるのだろう。

 その後ろでは生首たちが所在なさげに鎮座していた。

 首だけなので、手を組むことができないのだ。


 アレックスが、クレアに聞こえないようヴァ―ルに小声で話しかける。

「しかし、危なかったな」

「何がだ?」

「俺たち、危うく孫が住む街を壊そうとしてたんだぞ」

「むう、確かに。魔族でも孫に迷惑をかけるのは悪徳だ」

「なかなか悪いことできんなあ」

「まったくだ」

「あの―」

 内緒話をしていた生首たちは、驚いて振り向く。


「私は終わりましたが、アレックス様とヴァール様はよろしいのですか」

「ああ、クリスとは魔族の国に入るときに、別れを済ましている」

「我もだ。勇者が城まで来たときに、娘に話すことはすべて話した」

「分かりました。では出発しましょう」

「あ、クレアちょっと待ってくれ」

 アレックスは墓から離れようとしたクレアを引き留める。

「俺の事、ずっと様付けで呼んでるだろ。思い切っておじいちゃんと呼んでくれ」

「アレックス、抜け駆けするな!クレア、我のこともおじいちゃんと呼ぶがいい」

「えっと、あの」

 クレアは珍しく動揺していた。

「は、恥ずかしいので、また今度に」

「いいぞ、旅は長いからな。気楽に待とうじゃないか」

「ククク。ならば勝負だな。どちらが先におじいちゃんと呼んでもらえるか」

「望むところだ」

「ええー、喧嘩するなら呼びませんよ」

 三人は思わず吹き出し、大声で笑い始めた。


 そして孫と祖父の生首二人の奇妙な旅が始まるのだった

 

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