第13話 コウヤマ

「本当ですか!?」


 柳の過去に食いつくもも。


「本当だよ」


 さらっと返す柳。


「どこに、どんな扉が出たんですか!?扉の少年にはどんな願い事を!?」

「ま、まあまあ、そんなに一気に訊かないでよ」


 ゆっくり話してあげるからさ、と柳。


「あれは僕が三年生だったから、えーっと──そうそう、五年前だ……」




 あの日の僕たちは──




「いや、やっぱり言わないことにしよう」

「えぇっ、どうしてですか柳先生!!」

「教えたら七不思議の意味が無くなっちゃうだろ?」

「それはまあ、そうですけど……」

「どうしても知りたいなら、君たちが当日に扉を探せばいい。願いも叶って一石二鳥だろう?」


 その些細な一言に優奈が食いつく。


「本当に叶ったんですか?願い事」

「──叶ったよ、本当に。」


 柳の目は、どこか遠くを眺めている。

 感傷に浸っているような、そんな目だ。


「ちょっと、そこのあんたッ!」

「ひゃいっ!?」


 突如として後ろから浴びせられた怒鳴り声に柳はビクッと震えた。


「な、何ですか?」

「何ですかじゃないわよあんたねェ!道路の真ん中に車止めていつまで立ち話してる気なのよ!車通り少ない道だけど、あんたの敷地じゃないんだからね!」


 あー……と呟きながら振り返ると、その女性のものらしき車が柳の車の後ろに並んでいるのが見える。


「本当、すみません……」




 その後間もなく発車した柳の車はすぐに例の喫茶店に着いた。


「オツカレサマデシタ」

「はいはい、お疲れ様」


 柳はナビアプリの無機質な労いの言葉にも律儀に返事をし、続けてすぐに帰るようにと四人に念を押す。


「わかってますって」


 四人の笑顔を見て、柳も安心して笑う。


「じゃあ、そういうことで」


 運転席に着いて、扉を締める。

 電気自動車というものは実に静かで、運転を始めた瞬間に柳が車内で歌いだした声まで聞こえて来た。


「歌声も素敵だわぁー……」

「恋は盲目、ってね」

「いやいや、綺麗な声だったでしょうよ!」

「歌はヘタウマだったけどね」

「何だとっ!?」


 そんな冗談もそこそこに、四人はそれぞれの自転車の前に移動して鍵を開ける。


「さて、じゃあ帰ろ──」


 言いかけた優奈は、あるものを見て動きを止めた。


「優奈、どうしたの?」

「もも、あれ」


 優奈の指差す先には一台の自転車があった。そして後ろに貼られている学校のステッカーから、その自転車の持ち主の通う学校、学年、クラス、名簿がわかった。こんな小さなステッカーからここまで暴けるというのだから、若干の怖さすら覚えるというものだ。


「うちの高校の三年生、B組で名簿十番……」

「──岳かな?」


 ももが言うと、三人も「あー」と頷く。岳はB組で、男女関係無く名字の五十音順で名簿が決まる日下部高校なら「坂口」で十番はありえる話だ。


「えーっと、一番から順に……」


 相沢あいざわくん、安倍あべさん、雨宮あまみやさん、伊藤いとうくん、香織かおり宇野うのくん、美月みづき……指を折りながら、一人一人声に出していく優奈。名字で呼ぶのと名前で呼ぶのとが入り混じっていて、少々ややこしい。


「……寧々ねね斉藤さいとうさん、岳」


 両手の指が全て折られた。やはり、岳は十番のようである。


「岳も一人で喫茶店とか行くんだね。知らなかった」


 ももの言葉に、優奈と夏南が「確かに」と頷く。


「……いや、これは」


 慶が指差した、岳のものの隣にあった自転車には「幸ノこうのさき山岡やまおか高等学校 三年一組 二十番」と書かれたステッカーが貼られている。


「幸ノ崎山岡……って、あのコウヤマ?」


 私立、幸ノ崎山岡高等学校。この高校の略称はコウヤマで、スポーツの功績と生徒の悪評が耐えないことでとても有名だ。あまり他校への興味を示さない優奈でも知っている程度には。


「えっ、確か、コウヤマって」

「土生の転校先、だったよね……」


 語尾に行くに連れて夏南の声は小さくなっていく。それは、この自転車の持ち主が土生「かもしれない」と思ったからではない。

 これは、間違いなく土生のものだ。

 何をどうやったのか、そもそも本来可能なのかなど四人は知らないが、土生は自主退学に見せかけコウヤマに転校していたのだ。


『君らが、その……土生を唆して、坂口をいじめさせてるって──』

『はぁ!?そんな訳、無いじゃないですか!!』


 つい先刻の、柳との会話が思い出される。

 一度しくじり自主退学(という名の転校)こそしたものの、彼の狡猾さは本物だ。今度は岳から慶、夏南、もも、優奈という仲間たちを奪うために、四人をいじめ側に仕立て上げたらしい。どうやって信じ込ませたのかは、わからないが。

 そうしてまた岳をターゲットにいじめを再開した土生の通うコウヤマの生徒の自転車と、岳の自転車が隣り合っている。偶然というには、少しばかりできすぎてはいないだろうか。


「これは、土生も岳も喫茶店の中にいるって考えるのが普通だよね……?」

「でも、何故わざわざ喫茶店なんだろう?」

「んなこと考える必要ねぇだろ」


 慶が学ランを脱ぎ捨てた。中にワイシャツを着て入るものの、それだけだとかなり寒いに違いない。まず間違いなく、暑いから脱いだというわけではないはずだ。


「土生、シメるぞ」

「ちょっと待った!」


 勇み足の彼をももが静止する。


「何だよ?」

「土生が一人で来ている保証は無いんだよ?相手が何人もいたら、逆にこっちがシメられちゃうかもしれないじゃん」

「……それはそうだけど」

「それに、今の岳からすれば私たちはいじめの主犯格なんだよ?土生をシメても内輪揉めとしか思われないだろうし、仲直りにはかえって逆効果になるかもしれないじゃない?」

「…………」


 返す言葉も無く、慶は歩みを止めた。


「……じゃあ」


 少しだけ震える唇を動かし、言葉を絞り出す。


「じゃあ、友達がいじめられてるかもしれないのに、目ぇ逸らして家に変えればいいのか……?」

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