その高校生達の10分間

ダキラキラ

第1話 綺麗なままで

 あの夏の熱さを、私は生涯忘れないだろう。


5分後にはあそこの舞台上か。

舞台上手に立って、光希は瞼を閉じて思い出す。


2年半、この10分間に賭けてきた。


♦︎♦︎♦︎


___高校生になってから1週間が経った。

県立北八高等学校。県トップの学力を誇るこの学校に、死ぬ気で勉強してまで入りたかった理由は、やはり夢を捨てきれないからなのだろうか。


 中学生の頃、私は弱小合唱部に所属していた。県予選ですらまともな賞を取れなかった弱小中学校だった。私は部長になった。皆と工夫しながら、しんどい練習も難しい曲も何度も何度も繰り返した。たくさん喧嘩もした。考え方も皆違ってた。だけど、向いていた方向は同じだった。


全国大会、絶対行こうね___


かけがえのない仲間だった。大好きだった。馬鹿にして来た奴らも沢山いた。絶対に全国へ行って、見返してやるって皆と誓った。


そしてその中学校は、15年ぶりに、愛媛県予選を抜けて四国予選へと出場した。


そして束の間、コロナ禍の煽りを受けて大会は中止。録音審査となった。

結果は銅賞。県一位で愛媛県大会を抜けたはずなのに、同じ音源だったのに、負けた。

悔しかった。


どうして。なんで私達だけ。

編みかけのまま長いこと放置されたマフラーのように、紡いだ仲間との絆と築き上げた歌声の技術だけが取り残されて、目標は夢のままにおわってしまった。

努力しても報われないことがあるのだと、初めて知った。


幸か不幸か、あの頃の仲間はほとんど同じ高校に進学した。


♦︎♦︎♦︎


 入学して程なく、部活動見学週間が始まった。

今日のHRの係決めでなりたくもない係にさせられたので少々機嫌が悪い。簡単にいうと、委員会争奪戦に負けたのである。

そして同じく争奪戦に敗北を喫した男子生徒と同じ数学係にさせられた。


真部三樹


マナベミツル。黒板を見ると私の名前の隣にいつのまにか書かれていた。

周りに目を移すと、「真部」と書かれた名札をつけている奴がいた。

そういえばこの人自己紹介でめちゃくちゃウケてた人だ。確か、人と話すのが好きですって言ってた。

たかが数学係に2人もいらないでしょ。

初対面と話すのすごい苦手だし。あぁ最悪だ。



 「光希ー。部活の見学、合唱部見にいくの?」

放課後、中学時代の親友である和葉が尋ねてきた。彼女もまた、全国大会を一緒に夢見た仲間だった。

「うん。元々は、そのためにこの学校選んでたようなもんだしね。」

「たしかに。」

あははっと和葉は笑った。

県立北八高等学校の合唱部は、一応四国大会の常連校だ。まぁ、高校の部の県予選の出場校が少ないからってだけだけど。

「梓と栄子は、合唱部に入るつもりで入学したけど、昨日サッカー部のイケメンに誘われたらしくて、一度マネージャー体験回ってみるんだってさ」

そっか。ほんの少し寂しい。

「あいつらほんとそういうとこあるよねぇ。」

和葉の口から笑みが溢れる。

そうして後から、でもね、と付け加えた。

「この半年で、私も自分のやりたいことが変わったような気がするの。他の部活も、もっと見てくるよ。」

一緒に帰りたいから門で待っててー。と和葉は軽やかな足取りで部活動見学へと向かっていった。


たった半年。されど半年。

やっぱりみんな、やりたいことくらいすぐ変わっちゃうよなぁ。

重たい足取りで、部活動見学会用に作られた生徒会御用達の手作り地図を見ながら、合唱部のある音楽室をとりあえず探してみる。

どうせ、合唱部なんて吹奏楽部やオケ部よりは地位が低い。少なくとも私のいる地域の中学・高校は大体そうだった。1日練習はさせてもらえない、人手不足で顧問もつきっきりになれない、おまけにコロナのせいで全国的に見ても部員数はどんどん少なくなっているときている。

かくいう私も、もうあの夢は諦めた方がいいんじゃないかと思っている。


私の青春のピークは、中学3年生のみんなと過ごした"あの夏"だったんだ。

もう決して戻ることのできない、あの夏だったんだよ。


だからもう、高い目標なんて目指さなくてもいいじゃないか。

緩く、穏やかに部活しよう。

どれだけ頑張ったって、どうしようもないことがあるんだから。



ゴトゴトと重たい音のする音楽室の扉を恐る恐る開けた。

「あ!新入生2人目!」

先輩であろう人の大きな声と共に部員からの柔らかい歓声が起こった。

見るからに緩そうな部活だ。荷物の置き場所すら定まっていない。散らかったリュックサック、置いてあるお菓子の袋をみて私は思った。きっと厳しくないんだろうな。奥の方の人は楽譜すら開かずに本を読んでるじゃないか。

四国大会常連校とはいえ、それは愛媛県予選の高校の部の出場校が少ないからに過ぎない。全国大会に出場している高校とは雲泥の差だ。中学の時からの経験者と、音楽的知識が豊富な生徒がいるからこそ、四国大会への枠をかろうじて掴み取っている。

一応自己紹介をする。

「初めまして、合唱部に入りたくて来ました。1年B組の後藤光希です。よろしくお願いします。」

「わ!もう決めてくれてるの!うれしいなぁ!ささっどうぞどうぞお座りください!」

人一倍元気な先輩が私を誘導する。

うん。粗相のない挨拶。決まったぁ。


これでいいんだ。今日からこの先輩達に囲まれて穏やかに緩やかに。高校生活を楽しもう。大会なんて二の次でいい。


もう夢は手放そう。あの青春は、あのままでいい。全国なんか行けなくたって、あれはあれで綺麗な思い出だもの。


あれ?ちょっとまって。

2人目?

新入生用に用意された椅子に招かれながら、ふと横を見る。


そこにいたのは真部三樹だった。

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