その公務員は犯罪者の引き取りに来たのですが、その前に個人的な文句を言わないと気が済まないようです
「なんで昨日の今日で早速問題起こすんだよ!」
「わたしのせい!?」
「ん、昨日とメニュー全然違うのね。この
総司の後に続いてのんびりと扉を潜ってきたみつは、平然と席に腰掛けてテーブルの上に乗っていた衝立のようなメニューを手に取っています。
二人して縛られて床に転がされている探賊を無視していますが、それでいいのでしょうか。
「悪い奴捕まえたんだから、むしろ表彰されていいのでは!?」
「子供が危ないことすんな! どうせ自分は手を出さないで周りが先に無力化したんだろうが!」
「見てたの!?」
「見なくても分かるわ! それ以前になんで昨日は佐賀で今日は香川なんだよ、島越えて入り口変えんな!」
「だってお店の雰囲気は大事でしょ? 中が船なんだもん、入るのも船からじゃないと。瀬戸内海なら浜に放置してても流されないかなって」
「もっと手前の話をしてんだよ、こん畜生!」
あの話が通じない小娘に対して怒鳴り付けてはいても手を上げない総司は十分に立派な大人だと思います。
「草枕は
「ほうほう。え、なにそれ、聞くからに美味しそうじゃない。それと何か適当に合うお茶を一緒にくれる?」
「はい、畏まりました」
そして横が騒がしいのを一切気にせずに
伊佐那は兎も角、みつは上司が大変そうなのに仕事を押し付けていていいのでしょうか。
「子供を叱り付けるのはあやつの仕事なのかのう?」
確かに
「いやいやいやいや。子供を叱るのもお茶飲むのも、まずはこの犯罪者達を運んだ後にするだろ、普通」
絆は生真面目ですから、人の自由にさせがちな
「そうよ! みつは兎も角、わたしに理不尽な怒りをぶつける前に仕事をするべきでしょ!」
小娘が何か言っていますが、総司の怒りはちっとも理不尽ではない正当なものです。そして職務から離れた行動の度合いで言えば、明らかにサボっておやつに手を出しているみつの方が批難されて然るべきです。
「うわ、なにこれ、柔らかっ。うまっ」
「あったり前でしょ。台所の神が作ってんのよ」
「やば、それもう伝説のお菓子じゃん」
蜜枕に目を輝かせているみつに
総司は口答えをしていきた小娘とサボってお菓子を食べているみつとに等分に舌打ちをしてから、床に転がっている探賊達の見分を始めます。
灯理が此方のエントランスに戻ってきたのは、総司が携帯端末で資料と探賊の特徴を突き合わせているところでした。
「え、もう総司達来てるのか? 早くね?」
灯理は自分よりも先に到着していたダンジョン対策管理室の二人に目を丸くしています。
そうなのですよね。昨日は九州にいた筈の人間が呼ばれてから一時間前後で四国に開いたこのダンジョンの入り口に来ているってどう考えても異常なのですよね。
この場にいる誰もそこを重要視していなくて話題にならなかったのですが、一般人としての感覚を持ち合わせている灯理は偉いです。
「灯理さん、お帰りなさい」
「ああ、ただいま」
まぁ、そんな灯理も嵐に声を掛けられたら眦を下げて返事するバカップルなのですけれども。
「うっさい! 嫁より優先するものがこの世にあるか!」
「め? はい、灯理さんのお嫁です」
わたしの声が聞こえていない嵐が天井に向かって抗議する灯理に不思議そうな顔をしながらも間のズレた返事をしています。
嵐は天然なところが割合的に大きいので、おかしな事があってもそうなんだとばかりに受け流してしまうのですよね。総司達の出現タイミングについても、そもそも疑問すら抱かなかったようですし。
総司は灯理の出現に幾分か安堵した様子で彼に近付いてきます。
昨日見なかった
征嗣はまだ一言も発していないので
「こいつらは最近瀬戸内海を荒らし回って指名手配されていた探賊でまず間違いないだろうな。ここにいる時点でダンジョン探索基本法の映像記録同時送信義務に反しているからこのまましょっ引けるし、余罪はしっかり吐かせる。少なくとも禁固十年は固いな」
「そうか。まだこっちの法律はよく分かってないけど、犯罪者逮捕の手助けになるんだったらよかった」
総司は灯理の返事に頷き返してから、今度はみつに怒鳴り付けます。
「おい、みつ! 呑気に茶しばいてんな! こいつらとっとと運び出すぞ!」
「うぇー」
もう蜜枕を食べ終えていてゆっくり神樹の葉で淹れたお茶を啜っていたみつは嫌そうな声を遠慮なく上げています。しかし軽く腰を上げて仕事に取り組む態度をきちんと見せています。
「これ、さっと食べられていいね。また食べに来るね」
一つが指で摘まむくらいの大きさである蜜枕は仕事の合間に気分転換するのにちょうど良かったらしく、みつは気に入ったようです。
やる気を入れ直したみつは、ひょいと大の大人を軽く肩に担いで土嚢のように無遠慮に入り口の扉の外へと次々放り投げていきます。
外には他にも応援が来ているようで、何人もの声が交じり合って此方まで聞こえてきます。
十一人の探賊達はみつの手によって見る見るうちに片付けられてしまいました。
「ああ、そうだ。これ、急ぎでプリペイドしか用意出来なかったが携帯だ。取りあえず俺の番号だけ入れてある。ちゃんとしたやつと、あと住むところについてもすぐに用意する」
総司はそう言って灯理にガラケーを一つ差し出しました。
灯理が公衆電話で頼んであったのでしょうが、まさかこの場で手渡されるとは思っていなかったらしく目を丸くしています。
ただ駆け付けるだけでなく携帯電話まで持って来てくれるなんて、総司が有能だと思うべきなのでしょうか国家権力を恐ろしく思うべきなのでしょうか。
「あ、ついでに神霊カフェダンジョン『
そして空気を読まずに小娘が総司に自分勝手なお願いをしています。
貴女は本当にもう、何を考えているのですか。いえ、何も考えていないのですね、知っています。
「何がついでだ、このクソガキ! お前はまずこのダンジョンの入り口の場所の一覧と解放計画を提出しろ!」
そして案の定、逆に総司から怒鳴り付けられています。
それはこんな世界のバランスを崩しかねないのような戦力を持っていて、気軽に神霊由来の物品を提供するダンジョンですから、きっちり監視体制作る為に入り口の全地点と侵入可能時間は把握しておきたいですよね。
「なにそれ!? 国民の自由は憲法で守られているんじゃないの!?」
「公共の福祉に反しない限りだ、このバカタレ!」
おお、憲法の原文がさらっと出てくるだなんて、総司は国家公務員の鑑ですね。
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