その探賊達は初心者ダンジョンを奪おうとしましたが、相手が悪すぎました

 おや……そこの小娘、もしかしてダンジョンの入り口変えましたか。

「ん? だって今日のエントランスは和風喫茶『いさなふね』だからね。中身が船なんだから入り口も港に係留した船に繋いでるよ」

 昨日と入り口が違うとか、人が来る訳ないではないですか。しかも町中でなく港に放置された船になんて、元から知っていないと入って来ないに決まっています。

「えー。でも来たんでしょ。人」

 来てしまいましたね、来客。でも今回は余り歓迎出来る相手では無さそうです。本当に入れてしまうのですか。

「うちのダンジョン、入場制限かけてないからねー。扉を開けたら入って来られちゃうよー」

 何を呑気に待ち構えているのですか。今時は一般家庭でもセキュリティが入っているのでしょう。

「それ何処のお年寄りのお家よ」

 本当にああ言えばこう言う小娘ですね。素直で可愛い伊佐那いさなとは大違いです。

「二人ばかりで分かっていますが、こちらに説明してもらえる時間はあります?」

 征嗣ゆきつぐが説明を求めて来ましたが、残念ながら相手が入って来る方が早かったですね。

 ドアベル代わりの八房珠鈴やつふさのたますずが乱暴に鳴らされます。ドアの開け方一つで人間性は表れるものですね。

 うちの妹に狼藉を働くとか、この時点でもう排除していいのではないでしょうか。

『そこのお姉ちゃーん。過保護で過激なのも大概にねー。これくらいの振動、わたしには全然だからねー』

 エントランスのドアを力任せに押し開けた男を先頭に十一人が押し掛けて来ました。

 全員が武器を構えて此方を威嚇してきます。どう見ても制圧の体勢ですね。

 昨日、総司達が内閣府ダンジョン対策管理室と名乗っていましたので、国の機動隊が攻め込んで来た訳ではないでしょう。だとすれば武器の照準を此方に合わせるこの男達は不埒者に違いありません。

「いた。そこのガキがダンジョンマスターだ」

「ふん、出来たばかりで階層が別れてないんだな。いいカモだ」

 神御祖神かみみおやかみが此処のダンジョンマスターであるのはもう看破されています。そう言ったスキルをアイテムボックスから獲得した者がいるようです。

 その癖にこのダンジョンが三千階層あるだとか、その小娘が創世神で側にいる人物が全て神霊であるとかは判別出来ていないのですね。中途半端な実力が見て取れます。

「お前ら大人しく手を上げろ! 此処は俺達のねぐらにしてやる。安心しな、抵抗しなければちゃあんと飼ってやるからな」

 どうやら取り纏めらしい一人が機銃を神御祖神に向けて怒鳴り散らしてきます。

「時代遅れのテロリストみたいだのう」

 誰も動じない中ではなが白けた感想を口にします。

「まぁ、程度の低い探賊ね」

 神御祖神が端的に侵入してきた相手の正体を述べました。

 探賊というのはダンジョンが出来て以降に現れた悪党でして、ダンジョンを縄張りにして盗賊や山賊のように人を襲って金品を奪ったり殺害したりする輩です。

 ダンジョンという閉鎖空間では犯罪行為が横行しやすく、日本でも大きな社会問題となっています。

 政府はその対策としてアイテムボックスに仕込みをして、ダンジョンに入ると自動的に探索者の様子を録画するシーカーレコーダーという機能を実装して犯罪の証拠が残るようにしているのですが、この手の輩は裏ルートからシーカーレコーダーの搭載されていないアイテムボックスを入手しているのが常です。

 シーカーレコーダーは探索者本人の設定にも寄りますが、少なくとも警察等の国家機関はライブで映像を見られるようになっています。これは犯罪行為防止だけでなく、探索者に命の危険が生じた時に逸早く救助する為でもあります。

 探索者の中にはシーカーレコーダーの内容をそのまま配信して多くの人に視聴出来るようにしている者もいます。

 少し話が逸れましたが、この場にいる十一人の探索者のアイテムボックスにはシーカーレコーダーの機能はまず備わっておらず、この脅迫行為も誰にも知られていないのでしょう。

 このまま目撃者をダンジョンに監禁するか、いっそ殺してしまえば、この者達の犯罪は決して明るみにならないという算段なのです。

「つまり、この者達は悪者なのですね」

 相手が害意を持っていると知って伊佐那が足を踏み出そうとしますが、清淡きよあわがすっと手を出してその腕を縫い留めます。

 動きを制された伊佐那は不満そうに清淡を上目遣いに見ますが、年の功のある壮年は二十以上年の離れた子供の睨みに動じたりはしません。

「お前ら、大人しくしろって言ってるだろ! さっさと手ぇ上げろ! ダンジョンマスター殺してドロップ回収するだけでもいいんだぞ!」

 ダンジョンマスターを殺害すると、そのダンジョンの全てはその時点でダンジョン内にいた探索者達のアイテムボックスに振り分けられるようになっています。

 例え数日しかダンジョンを運営していなくても、手に入る利益は計り知れません。この者達はそうやって力を蓄える前のダンジョンマスターを何人も殺して笑って生きて来たのだろうと容易に想像が付きます。

 まぁ、これまでの実績がこの探賊達の実力に直結するかと言えばそんな事はありません。はっきり言って、ここにいる十一人全員よりも総司かみつのどちらか一人の方が圧倒的に強いのですし、実は灯理とうりだってその二人纏めて相手にするのは厳しくても一人ずつとは対等に戦えるのです。

 そしてこの場にいる七つ神は人の身に縮小されていてもその三人に遅れを取るような実力ではありません。

 その事実は、探賊の頭らしき男の後ろでバタバタとお腹が倒れていった事で簡単に証明されました。

「な、なんだ、お前ら?! なにをしやがった! どいつだ! 撃つぞ!」

 さっきから喚き散らしている唯一立っている探賊が機銃の引き金に掛けた指に力を籠めようとしていますが、それは叶いません。

 清淡が伊佐那の体を後ろ手に押さえて面倒そうに前に出てきます。

「言っておくが、体の七割以上も水分を使っている生き物が俺に歯向かって無事で済むとか思うなよ」

 清淡はその正体である大蛇が地を這うかのような低い声でおどろおどろしく事実を告げます。

 淡水を司る神霊である彼にとって、視界に入る程に近距離にいるのなら、生物の体内にある水分を少し偏らせるなんて動作もないのです。

 脳から少しばかり水分を減らされた探賊達は意識がブラックアウトしているのでしょう。

 同じように指先から水分を退けられて神経の電位変動が損なわれた最後の一人も、体の末端から力を奪われて無様に床に崩れ落ちます。

「清淡おじちゃん、殺したら外に死に戻って生き返るから、殺さないでよー?」

 神御祖神が無邪気な顔をして中々に恐ろしい発言をしてきます。見た目が小娘でも中身は人とは視点が全く違う神霊なのだと良く分かります。

「そんなヘマをするか。きずな、やれ」

 清淡に顎をしゃくられて指示を受けた絆が大きな体を重たそうに動かしてのそのそと探賊達に近付いてきます。

「よっこいせっと」

 絆は腕捲りを止めていた綱を両手でぶちりと千切りました。その綱は岩のように盛り上がった絆の腕の半分程も直径がありますのに、いとも簡単に次々と千切って数を増やしていきます。

 そして千切った綱を絆が雑に放り投げると、それは命があるかのように勝手に動いて探賊の体をぐるりと巻いて縛り上げます。

 そうしている間に絆が身に付けている綱も元の長さに戻って腕捲りをまた留めます。

「よし、確保完了っと。あとは総司とみつに連絡して連れて行ってもらえばいいね」

 自分では何一つしていない小娘が一仕事終えたような清々しい顔をして勝利宣言します。

「じゃ、天真璽加賀美あめのましるしのかがみ、灯理に伝えて総司達呼んで貰ってくれる?」

 貴女、そのくらいは自分でやったらどうなのですか。

「え、わたし、あの二人の連絡先知らないけど」

 小娘が真顔でそんな事を宣って来ました。

 ええ、そうですね、あの時名刺受け取ったのは確かに灯理でしたね、貴女が保護観察されている本人で唯一のこの世界生まれの癖に連絡先の一つも持って置かないとか、責任感ってものを何処に置いて来たのですか、このおバカ。

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