その女神は恋愛を求めて止まないのですが、どうにも実現の芽はなさそうです

 恋人が出来ないと嘆く竈の女神の生まれ変わりであるひめを眺めていた神御祖神かみみおやかみが不意にぴんと人差し指を伸ばしました。何処かの探偵がやりそうな仕草ですが、この小娘が言い出す事ですのでどうせ碌なものではありませんね。

「そんなに恋人が欲しいなら、きずなしめすはどうなの。フリーよ、この二人」

 縄で腕まくりした大男と針のように細い長身の男、話題を振られたこの二人は大いに戸惑います。いえ、戸惑うなんて感情を見せるのは絆の方だけで、人間らしい感情なんて持ち合わせていない羅針球の生まれ変わりの示はぼんやりと北天を見上げるばかりなのですけれども。

「いや、今更そんな事を言われても、なぁ?」

 絆は困り顔で隣にいる示に同意を求めます。

「……どうでもいい」

 示の返事は本当にどうでも良さそうです。付き合えと言えば、好きにしろ、とか言いそうなくらいで、結果の是非に全く頓着していません。

 そんな取り付く島もない示に、絆は頭が痛そうに首を振っています。

「え、てかこっちが嫌なんだけど。なんで今更そいつらと付き合わないといけないのよ、冗談じゃないわ」

 そして媛は媛で行き遅れの癖に願い下げだと付き返します。

「行き遅れ言うな! いい! 絆はいい奴だけど女心ってもんが全く分かってない唐変木で、良く言えば純朴だけどはっきり言って優しいって言葉に甘えただけのデリカシーもロマンスもない面白味のない奴なのよ! そいつにデート連れて行けって言って御覧なさい? 何処に行けばいいって女にしつこく聞いて来て自分で行き先の一つも決めないんだから!」

 なんだか実感が籠ってますけど、一回試してませんか。

「仕方ないでしょ、相手がそいつくらいしかいなかったんですもの! いくら船の上だからって神霊が七柱しか乗せられてないのよ、しかも過半数が出来てるとか!」

 人間が神霊と結ばれるというのはハードルが高いですからね。まぁ、それを実現させたのが目の前にいる花と征嗣なのですが、征嗣は前世でも天皇の血統ですから当時からして天上人として扱われていた例外です。

「ちなみに示は?」

 神御祖神、そこで態々確認取るとかどんだけ肝が据わっているのですか。そんなところで位の高さから来る無頓着さを発揮しなくていいのです。

 良くもまぁ、あんな剣幕でいる女性にそんな命知らずな話題の振り方出来るものですね。

「それは神とか人とか以前に生物として問題しかないでしょ。言葉重ねる価値もないわ」

 北極点を向く事だけに全機能を集中させていますからね、このジャイロコンパスは。その他の事に全く価値を見出していないのだから、正直良く生物として存在出来たものだと感心してしまいます。普通の家庭に生まれていたら瞬時に障害児として病院に駆け込まれるでしょう。

「でもあたしは諦めていないわ」

 此処まで人の縁に恵まれていないのに、媛は諦めていないそうです。意固地なのか鋼の精神力なのか、そのメンタルの強さには感服します。

その分、情緒が不安定で心配になりますけれども。お眼鏡に適った恋人が出来れば彼女の精神も安定するのでしょうか。

「現代は人の性格も多様性に溢れていると聞くわ! しかもダンジョンという神秘が実現しているから神霊に逢った事はなくても存在の格が上昇している男もいる! これから来る客の中でいい男を見つけて玉の輿を狙うのよ!」

 この神、自分が神霊だっていう自覚あるのですかね。玉の輿狙いって、貴女以上に満たされた環境にいる人間が何処にいると考えているのでしょう。

「それな」

「高望みし過ぎるから婚期を逃しておるのだと本人の自覚がないのが問題よな」

「……ノーコメントで」

「困りました。私の知っている最高の男性は我が夫なのでお渡し出来ません」

「伊佐那は話に乗らなくていい……」

「なんでもいいからもうこっちを巻き込まないでくれ」

「待つよりは仕立て上げた方が早そうではある」

「ちょっと待ちなさい、示がちょっとまともな事言い出すくらい見込みがないの!?」

 みんな口々に媛の妄想に駄目出しを入れる中でまさか示までもが乗って来ました。しかも言っている内容が割と的を射ているので、北天を見上げたままの彼に誰もが驚きの眼差しを向けます。

 ちょっとした天変地異と同レベルで恋愛運がないとか、神霊としてどうなのでしょう。縁切りの利益有りで参拝されそうですね。

「ちがう! あたしは逆恋愛の神じゃない! 竈〆、五穀豊穣、美味満足、家内安全の神なんだからー!」

 ええ、此窯土盛媛このかまどもりひめは生きる事の根本である食事を常に豊かに保ち、一家の食卓を栄え守ると同時に竈の火を鎮めて火災や刃傷、その他台所での怪我を防ぐ有り難い神霊です。

 地味と見做されるかもしれませんが、生活に良く根付いた重要な役割を果たす神霊なのです。

「権能からして恋人っていうか母親通り越して煮炊き婆なのよねー」

 神御祖神の指摘に同意せざるを得ません。神格としての立場が既に家の奥で竈番している女長老なのですよね。それは色恋話が出て来ない訳です。

「調理って体力勝負なのよ! 若さがいるのよ! 見なさい、あたし、若いでしょう!」

 ええ、ええ、媛は若い、若い……三十路前後って若いのですけど、手放しで若いですねとは言い難いですね。この場には小学生の小娘とか中学生の伊佐那とか二十歳過ぎの花とかいる分、余計に。どうしても並んでいる比較対象の平均年齢が低いので。

「なによ、現代じゃ四十過ぎてから結婚するのだって普通なんでしょー! どうしてあたしばっかりー!」

 ご愁傷様です。何と言いましょうか、多分発言内容も相俟ってより若さが実感出来ないのではないでしょうか。

「まぁ、……出会いはゼロじゃないよ。がんばろ?」

 貴女、そんな当たり障りのない話の落し所でいいのですか。

「いやでも、仮にも女神が婚活アプリとかで相手探されてもなんか嫌じゃん」

 それはそうですけど、逆にそれくらいしか媛の恋縁を作る方法がないのですか。

「むしろ出会い系以外に道があるんだったら聞きたいわ。野に放っても友達はわんさか出来るだろうけど男は出来ないよ。断言出来る」

 それは確かに仰る通りでしょうが。どう見ても気のいいお姉さんとして友好は広くなる代わりに女扱いは絶対にされないタイプですよね。

「あんたら、言いたい放題してるけど、ちゃんと聞こえてるんだかね」

 いえ、だからその般若みたいな恐ろしい目付をしてくるところがですね、男が寄り付かないのですって。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る