その行動は人への施しなのですが、ただで上げるのはつまらないとか思っていやがります

 神御祖神かみみおやかみが不吉な笑い声を低く響かせながら徐に立ち上がるのを、探索者の乙女が呆然と見上げます。貴女、どうして偶に悪党みたいな言動をするのですか。

「さて……」

 立ち上がった事でちんまい背丈でも探索者を見下ろせるようになった神御祖神が言葉を溜めました。この神、思った事はそのまま口に出すのにどうしたのでしょうか。

 じっと視線を固定されたままの探索者は、何事かと身を縮こませています。

「ところで……あなたの名前、なに?」

 この小娘ときたら今更彼女の名前を聞いていないのに気付いたようです。そんな事で睨み付けるとかどうかと思います。

「睨んでない! 睨んでないよ!」

 わたしに言い訳をしたって何も意味がないのですよ。馬鹿なのですか。

「あの……え?」

 彼女から見たら突然叫び出した神御祖神に戸惑って、灯理とうりに縋るような目を向けます。

 神御祖神の残念さに灯理が頭を抱えてしまっていて、その憐れな背中をらんがぽんぽんと叩いて慰めています。

「あー……結女ゆめのことは気にするな。で、名前はなんていうんだ?」

美登みと、です」

 小娘に訊かれた時と違って、灯理に対しては素直に名乗ります。好感度って大事ですよね。

「よし、美登。イケメンは好き?」

 神御祖神はちっともめげずに明るく宣言します。全くへこまないのは長所なのかもしれません。……いえ、他者の気持ちを理解していないだけなので完全に短所ですね、反省してください。

「え、あ。好きだけど普通に……。え?」

 いきなりイケメンが好きかだなんて聞かれたらそれは当然戸惑いますよね。

 うちの小娘が説明足らずで本当に申し訳ないです。当の本神は満足気に唇を持ち上げているのが尚更に。

『みよしをは

 モンスターハニーの恋ふ声を

 糧に薬を滴りくだす』

 神御祖神は意気揚々と御歌を謳い上げます。この御声は普段よりも高く、レモンイエローの光となって神の姿に成り変わります。

 まだ追加のキーボードは寄せられてませんので、『聴覚』『レモンイエロー』『食べる』の三つで生み出された神霊です。

 捻くれた神格の神御祖神にしては『レモンイエロー』の使い方がストレートですね。不思議な事もある事です。

 兎も角、神御祖神の神威は見目美しい男性、イケメンとして生み出されました。それと、その隣には明るいハニーブラウンの髪をふわふわと巻いた美少女も寄り添っています。また神霊と同等の存在を付属だとか言い張って一緒に生みだしましたね、この小娘は。

 男神は清潔で仕立てのいい白いシャツを着こなして、尚且つ表情には少し陰が落ちていて儚く、御令息と言った言葉が似合います。

「こんにちは。私は檸黄陀輪天レイオウダリンテン。よろしくね、可愛いお嬢さん」

 物腰柔らかく礼を取る檸黄陀輪天から声を掛けられて、美登が瞬間湯沸かし器のように頬を沸騰させて細く悲鳴を上げます。

 おや。その声がすっと消えると同時に柑橘の爽やかな香りが立ちました。これは檸黄陀輪天が声を食べたようです。特定の高さの声を食べて自分の栄養にしているという訳ですね。

「ふふん、どうよ、うちのダーリンは。さいっこうにカッコいいでしょ?」

 そして檸黄陀輪天と腕を組んでぴったりと体をくっ付けた美少女が堂々と自慢してきます。何だか嵐と同類の匂いがしますね。いえ、正しく同属ではあるのですけれど。

「あれ? もしかして、モンハニ?」

 嵐の方もそれに気が付いたようで美少女に気安く手を振ってきます。

 モンハニと呼ばれた美少女は嵐の声に耳控みみひかえられて振り返りました。

「なに、シャワーズランプ……の言数ことかずか。いきなり不躾ね」

 正確にはモンスターハニーという未言みことの言霊である美少女はただでさえ鋭い目付きに更に険を乗せた眼差しを嵐に返します。

 嵐を庇うように灯理がさっと身を差し挟んで檸黄陀輪天を強めに睨みますが、檸黄陀輪天の方は気弱にも見える柔らかな微笑みを返しています。

「こらこら。みんなわたしから生まれた言わば兄弟姉妹なのだから仲良くなさいな」

 神御祖神がぱんぱんと手を打って、モンスターハニーから嵐へ、灯理から檸黄陀輪天へと一方通行な睨み合いを止めさせます。

 モンスターハニーはむすっとしてそっぽを向き、灯理は警戒心を滲ませて顔を引きます。

 それぞれの傍らで恋人の片割れ同士がほわんと微笑み合っていますが、これは自分の恋人が可愛いでしょとか以心伝心しているようですね。

「てか、うちにもちゃんと人名あるし。蜜園みおんだし。そっちで呼べし」

 蜜園は不満たっぷりに文句を言ってきました。個別名があったとは知りませんでした。失礼しました。

「わかればいいけど」

 蜜園は、つん、とお澄ましで鼻を上向けます。ツンデレってやつですね、知っています。現代日本で定番の美女要素です。

「よしよし、みんないい子ね。で、この檸黄陀輪天はね、彼に惚れた相手からの歓声を食べて、それで蘇生薬レベルの蜜を汗として出してくれるんだよ。これで回復薬の心配はなくなるね!」

 この小娘、また頭の可笑しい権能で神霊を生み出したものですね。人からの供養を現物の利益として返すというのは分かりやすくもありますが、それを体液で出させる意味がありますか。檸黄陀輪天は樹木ですか。いえ、確かに彼の神体は檸檬の木であるようですけれども。

「え……汗を舐めるの?」

「いくらダーリンのファンだからってさせねーよ?」

「ひっ!?」

 蜜園が地の底から響かせたような声で美登を脅しています。止めなさい、彼女、失禁し掛けていますよ。

「ったく、だいたいダーリンの出すエッセンス、蘇生薬にもなるだけあって劇薬だからそのまま人間が口にしたらよゆーで死ぬし」

 それは単に毒と言いませんか。しかも即死ですよね。

「だから最高神はうちをセットで呼んだってワケ。ま、そうじゃなくてもダーリンを一人にはさせんけど。ほれ」

 蜜園が掌を返して皆に見えやすいように掲げると、つるんとしたレモンイエローの蜂蜜が球体になって湧き出しました。

 モンスターハニー、和訳すれば『怪物の蜂蜜』という言葉通り、蜜園の正体は意思を持って自在に姿を変化させる蜂蜜であり、檸黄陀輪天の分泌する蜜を取り込んで人にもちょうどよく希釈して分け与える役目を担っているのですね。

 成程、神御祖神にしては珍しく、楽しいからというだけでなく意味があって恋人揃って生み出したようです。

「なんか回りくどいな」

 ぽつりと灯理が率直な感想を口にしました。

 しかし願えば叶えてしまうような神霊を人間に触れさせると、漏れなく堕落しますからこれくらいがいいのですよ。檸黄陀輪天に惚れて歓声を上げるというのも、好意と奉仕に繋がります。

「まぁ、別になんでもいいんだが。それにしても結女にしては珍しく、純粋な大和神じゃなくてインドから伝来した神みたいな名前だな。輪陀王みたいだし」

「ぶっちゃけ、元ネタにはしたよ、輪陀王」

 別に神御祖神は大和言葉でないと神霊の名前を付けられない訳ではないですからね。単純に好みの問題です。日本以外の神霊は、一つか二つくらいの言葉だけで名前が構成させれているからそれだけはどの程度の神格でどんな権能を持つか分からないのに対して、日本の神は名前を見ただけでどんな神霊かある程度分かるのが、名前を付けるのに楽しいと前々から言っていました。

「あかりさん、リンダ王ってだれ?」

 嵐が灯理の服の袖をくいくいっと引っ張りました。美登と並んで神霊としての知識が乏しい嵐ですので、説明を省いて話を進めていく周りに付いて行けない時があるのですよね。

「ああ。仏教で出て来る徳の高い王様。馬の鳴き声を聞くと元気になって国を豊かにするんだよ」

「なるほど。それで彼はお馬さんじゃなくて女の子の黄色い声で元気になってみんなを元気する蜜を出すんだ」

 嵐はぽけぽけした見た目の割に勉強の出来る子ですから、灯理の簡単な解説だけで檸黄陀輪天との繋がりを把握しました。

 お零れで一緒にその解説を聞いていた美登の肩を、神御祖神がぽんと叩きます。

「さて。それじゃ今から檸黄陀輪天にはちょっとダンジョンの奥を神域にしたからそこに移動させるね」

「え、あの、あれ? わたしまだアイテム貰ってないけど」

 美登は神御祖神の顔と蜜園の掌に乗って揺れるゼリー状の蜂蜜とを交互に見て焦り出しますが、蜜園はにっこりと笑ってその蜂蜜を仕舞ってしまいました。

「ほら、ダンジョン探索、お仕事でしょ? ちゃんと冒険しなきゃ。だいじょうぶ、通るとこは普通に大自然な森なだけだからそんなに危なくないよ」

 分かってて言っているのでしょうけど、普通に大自然な森は一般にとってはそこそこ危険地帯です。貴女、にやにや笑いが隠せていませんよ。

 そんな神御祖神の絶望の宣告に気を取られて美登が顔を青くしている間に、檸黄陀輪天と蜜園は瞬きのようにエントランスから消えてしまいました。

 一瞬前まで二柱がいて、今はぽっかりと抜けた空間を見て、美登の喉が細く引き絞られました。

「ええええええええ!」

 美登が絶叫するのも致し方ありません。神の余興に付き合わされて可哀想に。

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