そのキーワードの組み合わせは難しいですが、きちんとまとめられました

 灯理とうりが早速淹れてくれた甘さと温かさたっぷりのカフェオレを両手で包んでちびちびと飲む神御祖神かみみおやかみは見た目通りの幼さで見るものに微笑ましさを抱かせます。

 そんな創造神の座る席の横を、らんが何度も胸を揺らして過ぎ去ってエントランスのあちこちにランタンを飾っていました。

このランタン達は灯理が生前に造り出した物を再現した物で、今も人の姿でいるの神もこのくらいの権能は問題なく発揮出来るのです。

「てか、なんで嵐は俺のランタンを店に飾ってるんだ?」

「め?」

 さっきから幾つも彼女にランタンを出しては渡している灯理が今更ながらに疑問を口にすると、嵐の方はなんでそれを疑問に思うのか分からないといった様子で目を丸くします。

「だって、灯理さんのランタン、素敵だもの」

 嵐はそれだけ言って、またいそいそと内装の追加に勤しみます。

 灯理の方もその一言だけで撃沈して、赤くなった顔を腕で隠しつつカウンターに突っ伏してしまったので、追撃も必要なかったでしょう。

 それに嵐の言葉も尤もで、灯理作のランタンは幻想的な見た目でとても美しく、エントランスの落ち着いた雰囲気にとても似合っています。

「うんうん、みんなが仲良しでよきかな、よきかな」

 貴女は随分と呑気にしていますね。自分も働こうという気がないのですか。

「ざんねん。現代日本では子供の労働は禁止されているのだよ」

 ダンジョンって治外法権らしいですよね。

「ふっ、ここではわたしがルールなのさ」

 無駄にニヒルに格好付けた声を作らないでください。見た目が小娘なので背伸びにしか見えませんよ。

「なにをー!」

 簡単に煽られて頭から湯気を上げる小娘……こほん、神御祖神を灯理がカウンターの向こうからまじまじと眺めていますが、何か言いたい事があれば遠慮なく言っておしまいなさい。この神の数少ない良い所は、どんな扱いを受けても絶対に相手を呪わない事ですよ。

「え、あぁ、いや、どうでもいいっちゃどうでもいいんだが……あー、そもそもアンタ、今は人間に転生して名前あるよな? 神名で呼ぶのもなんか憚られるんだけど」

 灯理が言い難そうにしながら、まずは呼び方の伺いを立てました。

 そう言えば、貴女の名前を呼ぶなんて思い付きもしなかったので確認していませんでした。

「わたし? 玉前たまさき結女ゆめだよ」

「結女……様付けとかした方がいいか?」

「いや、別にいらないけど。好きに呼んで」

 ちんちくりんですけど、わたし達を生み出した最高神ですからね。灯理が呼び捨てを躊躇うのも良く分かります。わたしだって人の親に与えられたものであっても本名を呼ぶ気にはならないからこそ、神御祖神と尊称で呼んでいるのですもの。

 これまたどんな敬称を付けるべきかと、眉に皺を寄せて悩んでいる灯理の背後から、ランタンを飾るのに満足したらしい嵐が圧し掛かって引っ付きました。

「懐かしいね。あたしと最初にあった時もあかりさん、ちゃんとかさんとか付けた方がいいかって聞いたよね」

「ぁあ? そうだっけ?」

 神霊であっても人に転生していても、存在の本質というのはそう簡単には変わらないという良い例ですね。まぁ、灯理は今も思考は人間の頃に近いのだと思いますけれども。

「いいや、悩むのもバカらしくなった。結女、お前、このダンジョンのマスターでカフェとしてもマスターになるつもりなんだよな?」

 悩んだ挙句に主神を呼び捨てにする辺り、灯理も相当肝が据わっています。

 神御祖神も呼び方なんて些末だと思っているのか全く気にした様子を見せません。

「そうねダンジョンマスターでカフェのマスターよ」

 そこですごいでしょと言わんばかりに成長前の胸を張るのがとても子供っぽいのですよ。

 嵐に重たそうな胸を背中に乗せられたままだった灯理は後ろ手を回して軽く背負うように彼女の位置を調整してから、改めて神御祖神に白けた眼差しを向けます。

「普通、カフェってマスターが手ずから自慢の珈琲とか紅茶とか淹れるよな。結女は自分で淹れるつもりはないのか」

 貴女、固まっていないで答えて差し上げてください。なんですか。その考えた事もなかったって顔は。ダンジョンなのにカフェやるとかふざけた事を言い出したのは貴女ですからね。

 こら、誤魔化すようにカフェオレをゆっくり飲んでるんじゃありません。

「たいむ」

 ここまで時間を置いておきながら、更に時間を要求してきますか。そういうところですよ、この小娘。

天真璽加賀美あめのましるしのかがみ、ちょっと黙ってて! 言い訳が纏まらないでしょ!」

「いや、今からの発言が言い訳だとか宣言したらダメだろ、普通に考えて」

 嵐はすっかり話題に飽きたようで、呆れ顔の灯理の背中に頬を擦りつけています。仲がいいですね、本当に。

「まぁ、お待ちなさいな。そもそもわたしの権能はなに? そう神霊を生み出す事よ」

「はぁ」

 なんとなく先が見える言い訳を始めましたね、この小娘。灯理が生返事で相槌を打つのもやむなしです。

「つまり、わたしが生み出した神霊が淹れたお茶はわたしが淹れたも同義なのでは!?」

 そこで勢い任せにしながらも疑問形になるとか、中途半端な開き直りを見せないでください。ちょっと自分でもそれは違うかもとか思っているでしょう、絶対に。

 こら、顔を背けたってわたしはダンジョンの全方位から全視点の死角なしで見えているのですからね。

「あ! コメントに新しいキーワードが来てる! よし、この三つのキーワードから神霊を生み出してわたしの真価を見せてあげようじゃない!」

 うわ、あからさまに話をぶった切りましたね。

 というか、ここにいる全員が貴女に生み出された神霊なのですから、貴女の真価とか元から分かっていますけれど。

「親を庇おうっていう優しさがないの!?」

 親として責任ある行動と態度を取ろうって気概がない神に言われたくありません。

「でも、神話の神って割と問題起こしては人間に丸投げすること多いよな」

 こら。だからこの小娘神が調子に乗りそうな事を言うなと言ってますよね。なんでそんなにいらないフォローを細かく入れるのですか、貴方は。

「灯理さんは典型的な『自分に厳しく他人に甘く』な人だからねー」

 嵐が自慢してきますが、羨ましくなんてありませんから。ただ『自分に甘くて他人にも甘い』無責任な神御祖神の態度に気疲れしてしまっているだけなのですから。

「天真璽加賀美って、ツンデレだよね」

 機能停止してやりましょうか。

「ごめん、機嫌直して。今から可愛い妹作ってあげるから」

 別に新しい家族が欲しいなんて言った覚えもないのですけれど。

「もう話が進まないから好きにやらせてやれよ」

 灯理は他人事みたいに言いますけれど、貴方もばっちりうちの家系図に入っているのですよ。

 仕方ないですから閑話休題と致しましょう。

 読者コメントで寄せられた三つのキーワードは『果実』『腕時計』『冷』ですね。三つとも同じ方がくださったキーワードですが、やはり『腕時計』が浮いてます。神霊の元とするためにキーワードを集めているのですが、『腕時計』というものを寄越すのはかなり奇抜なのではないでしょうか。

「ふふん、そんな扱いづらいキーワードでも綺麗に纏めてみせるわたしの有能さを褒めていいんだよ!」

 はいはい、仕事を仕上げてから誇ってくださいね。

「むぅ。つれない」

 不貞腐れてないで仕事をしてください。

 ここまで言わないと仕事に手を付けないのだから、困りものです。

 それでも息を深く吸い込んで神聖さを表に見せると神御祖神に相応しい威厳を垣間見せるのですけれども。

『よきをとめ

 たわわにみのる枝玉えだたま

 くたさず日々のもてなしと淹る』

 神御祖神の詠む御歌はそのまま神威と成って人形ひとがたに凝縮していきます。

 目が眩むような神威が落ち着くと、そこには清楚なメイド服を着こんだシャープな顔付きの乙女が立っていました。

「おはよう、澪穂解冷茶比女みをほどくひさひめ

 神御祖神が声を掛けても、澪穂解冷茶比女はまだぼんやりとしてぱちぱちと瞬きを繰り返しています。

「だいじょうぶ? 寝起きってぼんやりしちゃうよね?」

 ひょっこりと澪穂解冷茶比女の目の前に近付いてきた嵐が声を掛けると、冷茶比女の色素の薄く黄に近い茶色の瞳孔がきゅっと窄まりました。

「おはよう……ございます」

 冷茶比女の声は名前の通りに冷たいお茶のように透き通っていました。

「さぁ、貴女の権能を見せ付けてやって! 主に天真璽加賀美に!」

 しかし女神の声が作った淑やかな空気を小娘の雄叫びがぶち壊します。

 冷茶比女は驚きで肩と髪の毛を跳ねさせて、ぴゃっと嵐の背後に隠れてしまいました。灯理と身長がほぼお揃いの嵐ですから、白人に似た顔付きながら小柄な冷茶比女はしっかりと全身が隠れられています。

 嵐も首を巡らせて後ろの冷茶比女を見ていますが、彼女はびくびく怯えて嵐の服を握り締めています。

「結女、完全にアウトじゃん」

「なぜに!? わたしが母親よ!?」

 ちんまいのが何か両腕を広げて迎え入れる意志を表現していますが、嵐の背後で縮こまっている冷茶比女には全く見えていませんね。

 こういう時、現代では、ざまぁ、って言えばいいのですよね。知っていますよ。

「ち、ちくしょーーー!!!」

 たまにいるのですよね、大人しい性格で神御祖神のテンションが苦手で逃げちゃう神霊が。

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