ラングレイ

文月 想(ふみづき そう)

プロローグ




 こぽり、こぽりとそれは声にならぬ叫びを音にした。


「お前はまだ、探すつもりか」

 深く、くらい紫紺に染まる狭間で、青年は囁くように呟く。誰もいないように見えた空間だったが、まるで青年の声に答えるように、こぽりと遠くから水の音が聞こえた。

「そうか、どうしてもそこへ探しに行くか」


 こぽり。


 再び、とおくの遠くの方から音を立てた声ならぬ返事に、青年は小さく口元に笑みを浮かべる。まるでその返事がわかっていたような、困ったような笑みにも見える。

「いかが致します、狭間の奥へと逃げられては我々でも追うことは困難になりますが」

 一つ、青年の背後で空間が揺れる小柄な人影が現れる。青年は振り返ることなく、深緑の瞳を細め、足元を見つめると口を開いた。

「心配するな、アーウィン。アレが向かった場所はわかっている」

「左様で」

「あぁ、もう一つの片割れの元へ、蒼き海に沈む声の元へ向かったのだろう」

 こぽりこぽり、小さく遠くから微かな音、それは青年の言葉に「そうだ」と言っているようだ。ゆっくりと青年は瞼を閉じる。

「今のお前に見つけられるか、見ていてやろう」

 白灯(ハクヒ)よ、と音の名を呼ぶ。すると、青年の耳に音ではない、声が確かに届いた。


(きっと見つかる、きっと届くと、信じているから)


 ――こぽり。

 

 遠くとおくにいる、それから届いた声に青年は瞼を開く。


(深き蒼の海に眠る片割れよ、どうかどうか応えておくれ)


 「あぁ、その声が届くかどうか、楽しみだ」


 そう答えた青年は小さく笑んだ。


※近況ノートに表紙有(11月18日)


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