第33話 凶器

第33話 凶器


 石倉はメモ魔で、何か思いつくと読み難い文字でメモする。その何十枚かが、石倉の部屋から見つかっている。

 ゲームで使用できる必殺のアイテム『光線剣』というものを、石倉が考案したこともそのメモで判明した。但し、この光線剣をどのように使用して、相手に死に至る深手を与えたかは、実際にゲームでこれを使用したものの供述が無いので詳細は不明だ。


 また、石倉はパーソナルトミーの、脳内送信ユニットに干渉して、機能を制御する超小型装置『デス』という物を開発した。

 パーソナルトミーを改造したり、外部に装着するものではない為、初期捜査では見つけることができなかったようだが、十名の被害者宅と、それ以外のD512グループの家庭からも、ケンタウルスで販売していない筈の星夜グッズが見つかっており、その中に『デス』が埋め込まれていた。


 精査した結果、『デス』は数M以内であれば、一定条件下で、パーソナルトミーの脳内送信信号を最大限に増幅することがわかった。

 但し、マイクロサニー社パーソナルトミー開発部の説明によると、パーソナルトミーは、ユーザーの身体情報と脳波情報を常にフィードバックしており、異常値が続きユーザーの危険を予測すると、脳内送信信号ユニットのリミッターが最優先順位で作動して、緊急停止する安全構造を持っている。

 これは、石倉の秘密兵器とも云える『デス』によっても、構造的に打ち破れない仕組みだ。


 ではどうやってユーザーを死に至らしめたのか?

 その答えは、健常者に対しては、この方法によって致命的な傷害を与えることは不可能であるとしか言えない。

 残念ながら、ここでも「但し書き」があるのだ。但し、ある特性を持った神経過敏症患者であれば、パーソナルトミーのこのフェールセーフシステムが直ちに働いて、刺激信号の送信を絶ったとしても、患者の脳内で短時間の信号連鎖増幅が行われる可能性は否定できないのだそうだ。


 つまり、ソフトプログラム側の必殺アイテム『光線剣』で、まともに攻撃を受ければ、ダメージ刺激を要求する数値は、ゲームメーカー協会で自主規制する最大数値の数十倍になる。

 ここで無限大の数値を要求したとしても、異常値として弾かれる事になるので無意味なのだ。要求された数値に従って、ハードとしてのパーソナルトミーが、ユーザーに発進する刺激信号もリミット一杯になる。

 このリミット一杯の信号は、ユーザーに非常に苦しいイメージを与えるが、これが数十秒続いたとしても、ユーザーが致命的な状態に陥ることは無い。

 ここで『デス』が動作干渉して、信号を最大限に増幅する。この増幅信号が十秒も続けば、ユーザーが死に至る可能性は大きいが、パーソナルトミーのリミッターが直ちに作動して、全ての刺激信号は停止する。

 ここでユーザーの安全は保たれる筈だが、ある特性を持った神経過敏症患者の場合、送信信号が停止した後も、その脳内で信号の連鎖増幅が短時間続き、心臓発作のような症状で心不全に陥る。

 このようなタイプの患者が、国内に何名いるかは確認されていないが、極めて稀であるとは言える。

 よって、あの十人の突然死被害者の中の複数が、そのタイプの患者である可能性は限りなく0に近いのだ。

 従って犯人が、そのような頼りない偶然の可能性に賭けたのではないことは明白だ。ではどうしたか?


 マイクロサニーから本日提供された資料によると、強い暗示を与えることによって、健常者に擬似神経過敏症状を作り出すことが、可能であることを示唆する、研究結果があることがわかった。

 その研究機関は、某国の諜報機関で、残念ながら出所は明かせないそうだ。

 つまりそれは洗脳と呼ばれる、大半の国家では違法な取調べ方法の一種だからである。


 昨日、福岡から、この問題に密接な関係を持つと思われる重要情報がもたらされた。

 そして、本日午前中に、この参考人から『サブリミナル効果』に関する研究資料を提供されたのである。

 百聞は一見に如かずということで、既に本会議のディスプレー中に使用してみた。皆さんには、希望のドリンクを先ほどオンライン集計して配布したが、殆どの者がコカエイドを希望したことで、その効果は立証されたと言って良いだろう」


 会議のメンバーは改めて、周囲と自分の飲み物を見比べた。見渡す限りコカエイドだらけ。刑事達は一様に驚いた。


「ご納得いただけたようだ。実は、コカエイドが飲みたくなる映像などを少しばかり挿入させてもらった。

 勿論見た目に気が付かない程度の、超短時間映像だったが、それは意識下に強く働き掛け、見た者は自分の意思でコカエイドを選択したと考えるようだ。

 こうした手法は、消費者の心を操る行為だとして禁止されているが、その研究自体は続いていた。現在の高度な研究結果を応用すれば、健常者に対し、擬似神経過敏症状を作り出す強い暗示を、この『サブリミナル効果』によって与えることが可能だと考えられる。


 実際、その研究資料を提供してくれた、福岡の泉谷コージ君は、『サブリミナル効果』を利用した『星夜の誓』ムーヴィを見たと証言している。

 しかもそのムーヴィの提供者が、他ならぬ高田ケンタロウなのだ。


 その製作には、恐らく石倉が噛んでいるだろう。そのムーヴィを見た者達は、短期的に擬似神経過敏症になったと見ていい。高田ケンタロウの家を捜索すれば、その現物を見つけ出すことが期待できる。


 これまで説明して来たように、本事件の『凶器』に該当するものは、『光線剣』、『デス』および『星夜の誓ムーヴィ』の三つである。この内『デス』については押さえたが、残りの二つはまだ見つかっていない。※

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る