第31話 第2回会議 ソフィア女史とトミーとケンタロウ

第31話 第2回会議 ソフィア女史とトミーとケンタロウ


 二〇一三年にソフィア女史をスカウトした某研究所は、二〇一五年に国防省にまるごと買い取られた。

 ソフィア女史はそれを機会にその研究所を退職したが、トミーの管理は別の担当者に引き継がれることになった。

 どうも契約条項には退職時の特約条項があって、それに同意せざるを得ない内容が盛り込まれていたようだ。

 退職金は常識を超える程の高額だったそうだが、行く行くはトミーの所有権を買い取ろうとする、計画的な契約だったのではないかと推測される。


 その二〇一五年。

 スーパーバイオコンピュータ開発プロジェクトチームに、日本から天才科学者が参加した。それが当時二七歳、現在四五歳で、昨日自殺したIBD社の石倉恵一だった。

 石倉は後に、『バイオコンピュータ革命』を起こしたとも言われている。


 それから三年後の二〇一八年。当時既に、ニューヨークで天才脳外科医として評判の高かったドクター黒川新一郎は、当時三三歳で現在は四八歳であるが、一昨日の夜から心臓発作で入院し現在重体である。

 その黒川も、スーパーバイオコンピュータ開発プロジェクトチームと秘密契約を結んだらしい。

 チンパンジーの生体から脳組織を摘出して、その脳神経組織をアナデジ変換サーキットセンターユニットに接続する高難度手術も、黒川のゴッドハンドに掛かれば成功率百%で、神経組織の維持率も非常に高度であったと言われている。

 ついでに説明すれば、スーパーバイオコンピュータは、何十台ものデジタルコンピュータと、数台のアナログコンピュータを、アナデジ変換サーキットとアナデジ変換サーキットセンターを介して、サル脳と直列に結ぶシステムである。

 現在の家庭用のパーソナルトミーでは、バイオサーキットセンターユニット培地に、脳組織を直接培養することで神経接続をオート化しているそうだ。

 さて、これは全く噂の域を出ないが、当時国防省の秘密研究所において、死刑囚の生体脳移植、実はこの言葉は正確ではないが、以降便宜上この用語を使用する、この生体人脳移植が数回行われたと主張する関係者が居たようだ。そしてその手術を行ったのが日本人医師だと云う説もある。


 二〇二〇年七月二日。トミーは老衰により重体になった。

 トミーはソフィア女史了解の下、極秘施設に移送され生体脳移植された。ソフィアは肉体が滅んでも、大脳さえ生存できれば、トミーが生き続けると信じたのかも知れない。

 仮に彼女が反対したとしても、管理権は国防省の研究所にあるのだから、あるいは諦めの境地だったのだろう。そしてその手術を執刀したのがドクター黒川だった。


 トミーの脳組織は、石倉の開発したバイオコンピュータに組み込まれ、初のスーパーバイオコンピュータが誕生した訳だ。

 付け加えれば、生体脳移植手術の際には、同時にトミーの身体から、DNAと再生に適した細胞も大量に採取されたようだ。


 スーパーバイオコンピュータに組み込まれたトミーとの面会を、ソフィア高田は一回だけ許可されたと云う。

 許可したのは多分、当時プロジェクトチームの責任者になっていた石倉だろう。

 ソフィアがトミーに話しかけると、トミーは音声回路を利用して、キャラクターボタンも使わずに、まるでトミーの肉声とも思える声でこう答えた。


『私を死なせてくれ』

『どうしてそんなことを言うの? トミー』

『あなたはソフィアか?』

『そうよ、私はソフィアよ』

『ああ、やはりソフィアの声だ。

 ぼんやりとだが、あなたの顔も見える。優しいソフィア……あなたならボクの気持ちがわかる筈だ。ボクは年を取って死んだ筈なのに、肉体の代わりに機械に繋がれている。ボクは苦しい。ボクは死にたい』

『でもあなたは生きてるわ。こうやって私と会話もできるじゃないの。それでも死ぬ方がいいの?』

『機械に繋がれて生きるのはイヤだ。ボクは死にたい。お願いだ、死なせてくれ』

『そんなことを言わないで』

『殺してくれ、ボクを殺してくれ、殺してくれ…………』

『もうやめて!』

『殺してくれ、殺してくれ、殺してくれ…………』

『もうわかったからトミー…… ここの人に頼んで上げるから、もうこれ以上そんなこと言わないで』

『ありがとう、ソフィア』

『トミー……』


 以上、まるで見て来たように再現したが、実はこの部分は、石倉のデスクから出て来たメモにあった一説である。石倉は八歳も年上のソフィアに恋していたようで、そのメモは、ソフィア宛に手紙を書いた時の下書きのようだ。石倉もこの時のことが忘れられなかったのだろう。実際そのメモには「その時の傷付いたあなたのことが忘れられず、今も私の胸の奥深く突き刺さったままだ」と続いていた。


 ソフィアはこの年四十歳になっていた。

 ヒトの子を育てれば、トミーの気持ちが理解できるだろうと思ったかどうかはわからないが、祖父の母国である日本から、まだ二歳になるかならないかの孤児を引き取り、未婚のまま養子縁組をし、その子に祖父と同じケンタロウという名前を付けた。


 それが本事件の主犯被疑者高田ケンタロウ、現在十四歳の中学三年生だ。

 さて、これも噂に過ぎないが…… トミーの脳を中枢部に組み込んだスーパーバイオコンピュータが、スペースウォーズ防衛計画を実現可能にしたメインコンピュータで、『スーパートミー』とも呼ばれているが、このスーパートミーが実は、高性能を追求する幹部が、ヒトの脳を移植したものだと云う主張をする関係者が居るそうだ。


 その主張によれば、違法行為を隠す為に、トミーはダミーにされた。だからトミーの脳は生かされているだけで、その後殆ど思考活動をしていないと云う。


 二〇二三年。四歳になったケンタロウを連れて、ソフィア高田女史は、祖父と息子ケンタロウの母国である日本へ移住した。アメリカでの辛い思い出を忘れようと思ったのかも知れない。

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