第22話 ヒロシとケンタロウ &日本マイクロサニートップとの面会

第22話 ヒロシとケンタロウ &日本マイクロサニートップとの面会


 その少し後で……

 山田ヒロシは、高田ケンタロウに会う為、錦糸町公園にやって来た。

 思い詰めた表情。この公園には監視カメラや監視マイクが無い。場所は高田の指定したものだった。


 約束の時刻丁度に、噴水前に高田が現れる。

 ヒロシは緊張した面持ちで高田に近づいた。





 梨本は、昨日七月五日のマイクロサニー社訪問で得た人物情報が、事件に関係あるかどうか判断しかねていた……


 梨本は四日の会議の後、警視総監との打ち合わせを経て、マイクロサニーの開発したパーソナルトミーの安全設計に関して、先ずトップのドナルド・ゲーツ氏にメールで照会したのである。


 ゲーツ氏は日本で起きた連続突然死事件が、アメリカ本土に飛び火することを非常に恐れていたようだ。

 即刻回答メールが返信されて来て、それには、日本支社の森田支社長を訪ねてくれるようにとあった。

 日本マイクロサニービルは、八十階建ての日本一の高層ビルで、森田支社長のオフィスはその最上階にあった。


 オフィスでは森田支社長の外、パーソナルトミー開発部の幹部数名が、梨本達を待ち受けていた。

 マイクロサニーは思いの外協力的で、身構えて乗り込んだ梨本の方が、拍子抜けした位だった。


 パーソナルトミーの構造についてのレクチャーの後、梨本と坂井の質問に対し、マイクロ側の回答は至って率直だった。

 パーソナルトミーは、ユーザーフレンドリーなシステムを目指し、会話入力を行う外、高度な擬似体験機能を盛り込んだ。

 それはあらゆる業務遂行、教育、エンタテインメントを家庭に提供して行こうとするばかりでなく、新世界を家庭内に創造しようという試みでもあると言う。

 セーフティシステムには、フェールセーフの考え方を取り入れ、十分安全には配慮しているとした後で、驚いたことに、それが完全ではない事を、次のように説明して認めたのだ。


 パーソナルトミーの中枢部分は極秘だが、そのプログラム構造を知る者が社外にも数名存在すること。

 その構造を理解する者なら、フィードバックされる情報を元に、脳波刺激パルス信号をユーザーに対し増幅することは可能であるそうだ。

 それでも、最大限信号の数倍も強い信号が、ユーザーに対し送り出されたとしても、直ちにユーザーを危険に陥れることは無いと保証できると言う。

 また、ユーザーの異常を直ちにフィードバックして、信号を絶つ構造にもなっているそうだ。

 但し、それにも穴が無いとは言えない。ある特性を持った神経過敏症患者であれば、パーソナルトミーのフェールセーフシステムが直ちに働いて、刺激信号の送信を絶ったとしても、患者の脳内で、短時間の信号連鎖増幅が行われる可能性は否定できないのだそうだ。


「そうすると、今までの説明を伺った限りでは、神経過敏症患者ではないユーザーに対しては、あの突然死のようなことは起こりえないという理解でよろしいでしょうか?」


「はい、それは自信を持って言えます」

 梨本の質問に対し、学者肌の林開発部長は力強く答えた。


「現実には、パーソナルトミーの若いユーザー達が、あの日『星夜の誓』というオンラインゲームプレー中、僅か四時間の間に、連続して十人も突然死しています。しかも全員が高校生以下の子供です。これを単なる偶然だとお考えですか?」


 日頃落ち着いている坂井警部が、さらさらのロングヘアを大きく揺らして、感情的な感じで質問した。


 林の指示で、部下の一人が端末操作した。

 年齢毎の各種微弱信号と、脳波の反応などを示す資料が、いくつか画面に映し出された。それを見る限りでは、特に大人と子供の反応に際立った違いは見られないことがわかる。


「このように、年齢が八歳以上であれば、刺激信号と大脳の反応については、年齢差は全く関係が無いと断言できます」と前置いてから、林はこう答えた。

「あの事件については、当社のパーソナルトミー開発スタッフが調査を続けております。

 特定のマシーンにおいて、不良品が発生していたかどうかも調査いたしました。

 突然死した十名の使用していたマシーンは、同じロットで生産されたものは一つとして無いし、これまでに、脳内送信ユニットで不良が発生したケースも全く報告されていない。

 そこで私達は、神経過敏症患者以外で、最大信号の数倍がごく短時間送信された場合に、身体に危険が生じることが有り得るかどうかについても、本格的に調査を開始いたしました」


 梨本と坂井は一瞬目を合わせた。


 視線を林に戻して、梨本は重々しく訊ねる。

「それは有り得るのでしょうか?」


「まだ調査を開始したばかりなので、はっきりしたことは申し上げられないのですが、特殊な暗示を与えることで、健常者に対し擬似神経過敏症状を作り出すことが、可能なのではないかと示唆する事例があるようです」


 再び梨本と坂井が目を合わせ、今度は坂井が目の色を変えるようにして言った。

「その事例について、教えていただけませんでしょうか?」


「そうですね。二日ほどあれば、ある程度報告することができるかもしれません」

 林がそう言ってから部下に目を向けると、部下も同意するように頷いた。


「今わかることだけでも、今日中に資料を提出していただく訳にいきませんか?」

 坂井は食い下がった。


「それはお約束できません」

 林の部下が答える。


 尚も食い下がろうとする坂井を制し、梨本が林に頭を下げた。

「では、二日後のご報告をよろしくお願いいたします」


 再び林が部下に目をやる。

 その部下は素早く、隅の資料棚から社外秘のファイルを一つ取り出して、林開発部長に手渡した。


 林はファイルを軽く確認してから、梨本を真っ直ぐに見詰める。

「はい。まあその件は過度な期待をせずにお待ち下さい。

 これなんですが……当社からの提供資料ということは、一つ伏せていただくという条件で受け取って欲しいのですが……」


 手渡されたファイルをぱらぱらと捲ってから、端正な風貌の梨本が、鋭い視線を浴びせて林に質問した。

「このファイルの中身は何でしょう?」

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