第12話 緊急臨時捜査会議

第12話 緊急臨時捜査会議


 七月四日夕方。

 東京警視庁、刑事部捜査一課の大会議室に、捜査一課の捜査官九名を集めて、緊急臨時会議が始まろうとしている。


 梨本なしもと捜査一課長および課長付き坂井警部が、正面の大机の後ろに立った。

 また警視総監けいしそうかん(役職、階級とも同じ名称)および副総監(階級は警視監けいしかん)が、正面向かって左サイドに置かれた大机の席に着いている。

 総監及び副総監には、それぞれ秘書官が付いているので、総勢十五名である。


 正面の二百インチELディスプレーが点灯し『星夜の誓連続殺人事件』の文字が映し出された。


「捜査一課長の梨本です。七月四日午後四時、『星夜の誓連続殺人事件(仮称)特別捜査本部』第一回会議として緊急臨時捜査会議を始めます。」


 梨本はやや高い声で挨拶したが、そこで間を取ると、二名の警部補けいぶほと、七名のデカ長と呼ばれる巡査部長、合計九名の刑事達に向かって軽く一礼した。


(注: 刑事捜査をする巡査部長は、デカ長と呼ばれたり、巡査部長の刑事だから部長刑事と呼ばれることもあるが、階級としては下から二番目だ。

 県警や警視庁の刑事部長は階級がずっと上だ。両者には階級に雲泥の差があるので混同しないように注意を要する。)


 次に、右斜め先のお偉方えらがたに向かって深々と礼をする。

 それに対して、小柄で精悍せいかんな佐藤警視総監と、でっぷりとして眉の太い田中副総監は、共に重々しく頷いて見せた。


 梨本は正面に顔を戻す。その身体は細長いが、自信たっぷりなせいか、堂々として大きく見えた。

「この戒名かいみょうはまだ仮称です。

 くれぐれも対外的には、『星夜の誓事件』と呼称し、連続殺人の部分はカットして下さるようお願いする。

 また本日は、佐藤警視総監と田中副総監に、臨時会議にも関わらず会議冒頭からご列席いただいております。

 その理由は、本事件について、参議院選挙間近ということもあって、大泉総理大臣が大変憂慮ゆうりょされており、本事件を『緊急事態』と捉え、布告ふこくを発し、自ら警察を統制し、警察庁長官と共に指揮する考えをにじませた発言を、閣議で行ったからであります」


 ここで話を切ると、集まった面々は一様に驚いた様子を見せ、ざわつき始めた。


「従って、本事件については、百%の確信がある訳ではありませんが、連続殺人事件と見て、特別捜査本部を本日付で設置いたします。いわば先手を取る形です。ここまではよろしいでしょうか?」


 梨本は佐藤警視総監を見る。佐藤は眉間にタテジワを刻み、こほんと咳払いして頷いた。

 ここで右後ろに陣取った刑事が手を上げる。「キミ」と指差し、梨本はその男の発言を許した。


「山岡警部補です。梨本課長、この時点で本件を連続殺人事件とする見込み捜査を行って、もしも違っていた場合にはどうなさるおつもりですか?」

 小柄ながら筋骨隆々、えらの張ったあご、大きく分厚い唇を持つこの壮年の男は、梨本に食いつかんばかりの勢いでそう発言した。


「そのご意見はごもっともだが、この会議が終わる頃にまだそう思うならば、もう一度意見してくれたまえ」


「何かつかんでるようですね」

 梨本の答えに対し、ふん おもしろいじゃないかと言わんばかりの様子で、山岡は椅子に腰を降ろした。


ほかに無ければ、捜査会議の中身に入りたい。坂井君頼む」

 うるさ型のベテラン刑事をいなした後、梨本は坂井に進行役を振った。


「先ずオンラインゲーム『星夜の誓』は……」

 長身でがっしりした坂井は、簡単に自己紹介してから、主に佐藤警視総監と田中副総監向けに、ディスプレーを操作しながらゲームの説明を五分ほどかけて行った。その声は低音で良く通る。


 参加者の各テーブルにもディスプレーが付いており、正面の大画面を見ても、各自の小画面を見ても今の所同じことである。

 坂井の丁寧な説明の間、それぞれの秘書官が、上司に補足説明していたが、やがて秘書官二人が目で合図を送って来た。

 坂井は事件の概要を次の五分間で説明した。


「……さて、ここまではTVのニュースなどで、誰もが知り得る事です。

 次に事件の当日は、子供の突然死ということで、各家庭においては病院への連絡搬送、不在家族の召集連絡などがあわただしく行われたようです。

 また患者が搬送された各病院では、死因究明のため司法解剖が必要だとして、家族に対し説明を行ったが、被害者が子供なのでどこも説得には大分苦労したようです。

 そして各病院の担当医師達は、中央病理センターへ患者の突然死についてメール報告した。

 報告内容からは、病院に搬送されて来た時点で、いずれの被害者も完全に死亡していた為、治療行為は殆ど行われなかったようです。

 突然死の報告が集まって来た中央病理センターでは、いずれもオンラインゲームプレー中という共通項目があり、事の異常性に注目して、警察と厚生省当局に対し、即刻通知したと主張しております。

 また連絡を受けた警視庁のコールセンターは、速やかに捜査一課に通知内容を回付かいふした。これが七月三日午前五時過ぎです。

 当課は早朝に課員を緊急招集し、速やかに捜査に当たらせました。

 現在もゲームソフトメーカー『ケンタウルス』社には、課員十名を配置して捜査続行中です」


 ここで佐藤警視総監が質問した。相変わらず、眉間にはタテジワが刻まれている。その声は野太い。

「ケンタウルス担当の者は一人もこの会議に出てないようだが、大丈夫なのかね?」


 梨本警視正がその質問に答えた。

「ケンタウルス担当班からは、一時間前に最も新しい報告が来ておりますが、今の所事件の核心に迫る情報は一切ありません」


 ありのままに梨本が答えると、佐藤は不満を隠さずに詰問した。

「とすると、連続殺人の線で行くには少し無理が無いかね?」


 実はこう質問した佐藤自身が梨本を追い込んで、殺人事件の線で捜査を進めろと指示していたのであるが…… 梨本自身も、今は連続殺人説に大きく傾いていたので、長官の責任転嫁せきにんてんかの姿勢をやや余裕を持って受け止めて見せた。


「確かに、オンラインサーバーの情報を見ても、ゲームソフトの仕組みを見ても、ケンタウルスがこの事件に関与している可能性は今の所皆無ですが」


「それで大丈夫かね? 梨本君」

 そう訊いたものの、その物腰から梨本の大きな自信をぎ取って、佐藤はやや安心したようだ。

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