凧の糸

西野ゆう

助走

1

 病院というのは名ばかりであったその場所の、衛生状態は最悪だった。電気の供給が断たれた部屋のシーリングファンは、照明フードとしても役立たずで、菌が可視化できるのではないかと思うほどに空気は淀んでいた。

 血と膿が混ざった匂いが充満している。湿気を多く含んだ熱い空気が汗の蒸発を防いでいて、熱気が身体に纏わり付いて離れない。

 そこへ更なる熱気を伴いながら、右足大腿部から下を失った少年が自動小銃を杖代わりに、より幼い少年の肩を借りつつ入って来た。だが、治療すべき医師はどこにもいない。死が隣にある部屋の中で、唯一自分の意志通りに四肢を動かすことができる男は、薄く開けた目で少年たちをひと目見て、ゆっくりと首を横に振っていた。

 足を失った少年が言葉を幾つか叫ぶと、杖にしていた銃を構えた。

 男は、自動小銃の照準越しに自分を睨めつける少年の眉間に銃口を向け、引き金を引く。コンクリートに囲まれた部屋に銃声が反響し、男はしばらく続いた耳鳴りに奥歯を噛みしめて天井を見上げていた。

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