闇姫の自宅にお邪魔しました


 鴉庭さんの提案をより詳らかにすると、要はお姉さんに車に一緒に乗って夕食を過ごしてから家まで送るというモノだった。

 まさに天運とも呼べるありがたい提案に承諾した結果、迎えに来たお姉さんの運転する車に同席させて貰ったワケだ。

 後部座席で鴉庭さんと並んでいる俺を、お姉さんはバックミラーで見やりながら口を開く。


「こんな形でななちゃんを助けてくれたヒーロー君に会えるとは思わなかったよ~。ウチ、鴉庭くろっていうんだ~。よろしくねぃ」

「巽翔真です。えと、よろしくお願いします……お姉さん」

「あっはは。そんな畏まらなくたっていいよ! ウチのことは気軽に黒さんって呼んでくれて良いから!」

「じ、じゃあお言葉に甘えて黒さんで」


 妹と違いやけにフレンドリーな言動に戸惑いながらも愛想笑いを浮かべる。

 

 話に聞いていた鴉庭さんのお姉さん──黒さんは失礼ながら一目見てかなりビックリしてしまった。


 まず驚いたのは姉という続柄に見合わない小柄な背丈だ。

 鴉庭さんと比較すると頭一つ分くらい小さく、事前に関係を聞かされてなければむしろ妹だと誤解しそうだった。


 次に服装。

 漠然と地雷系かもしれないと思っていたが、その装いはかなり個性的だった。


 髪は後頭部に二つの団子結びをした黒と赤のツートンカラーで、首には真っ赤なチョーカーが巻かれていた。

 黒地のロングTシャツに深紅の引っ掻き傷のような刺繍がされており、大胆にも露出した左肩からは赤色のキャミソールの肩紐が見える。

 左腕を覆う黒のアームウォーマー、黒と白のボーダー柄ニーソックス、厚底の黒ブーツといった小物も非常に際立つ。


 小柄ながらか弱さを感じさせないパンクファッションに身を包む成人女性……それが鴉庭黒さんだ。

 なんで俺をヒーロー君と呼ぶのかというと、どうやら妹を痴漢から助けた件でそう認識しているらしい。

 身に余る光栄だと恐縮する他なく、俺は頭を掻きながら苦笑する。


「なんというか畏れ多いですね。俺、ヒーローなんて柄じゃないですし……」

「あら謙虚~。でもキミはななちゃんのヒーローに違いないんだから、あまり卑下しちゃダメだよ~?」

「えと、肝に銘じておきます」


 そうは言ったものの、本当にヒーローなら体育倉庫に閉じ込められることなんてなかったはず。

 励まして貰えたのはありがたいけど、やっぱりヒーローなんて似合わない。 


 内心でそう自嘲した。


 実を言うと黒さんと呼んだ時、隣から刺す勢いでプレッシャーが放たれていたりする。

 チラリと横目で見ると、ハイライトが消えた紫の瞳はこれでもかと瞳孔が開かれていた。

 人ってそんな目が出来るんだってくらい怖いです。


 俺、何かしましたっけ?


「か、鴉庭さん? その……怒ってる?」

「……別に」


 怯えながら問い掛けるが、鴉庭さんはプイッと不機嫌そうに顔を逸らす。

 絶対に何か思うところがあるヤツじゃんそれぇ……。

 明らかに不満があるのは分かるのに原因が何も分からない。


 ワケが分からず困り果てていると、黒さんが苦笑しながら口を開いた。


ななちゃ~ん? 拗ねるのも分かるけど、あんまりイジワルしてたらヒーロー君が泣いちゃうよ~?」

「……拗ねてない」

「も~意地っ張りなんだから~。ゴメンね~ヒーロー君。漆ちゃん、見た目通り気難しかったりマイペースだったりするから大変でしょ?」

「い、いえ。俺が尻込みする質なんで、引っ張ってくれるくらいが丁度良い感じはしてます」

「翔真……!」

「あらあら惚気ちゃって。若さが羨ましいね~」


 俺の言葉を受けてマスク越しでも表情を明るくする鴉庭さんに、黒さんはニマニマと楽しそうに微笑む。

 何やら母さんと似たオーラを感じたけど、黒さんって一体何歳くらい──。


「こぉらヒーロー君? レディの年齢を詮索するのはマナー違反だぞ?」

「っ!? す、すみません……?」


 今まさに考えていたことを言い当てられ、困惑しながらも謝罪する。

 あぁこれは間違いなく鴉庭さんのお姉さんだわ。


 ファッションを除けば似てないように見えて、やはり姉妹なのだと強く実感させられた。


 そんなやり取りの横で、鴉庭さんはどこか羨むような眼差しを俺に向け続ける。

 ……何を考えているのかは、やっぱり分からない。

 

 ======


 雑談を交えながらも数十分程で鴉庭さんの自宅に着いた。

 外観は普通の一軒家にしては少し大きいくらいだが、それ以上に俺としては鴉庭さんの家とあって緊張を抑えられない。


 下手をすれば彼女が家に来た時よりも身体中がカチコチな気がする。

 挙動不審にならないように細心の注意を払っていると、鴉庭さんから呼び掛けられた。 


「翔真。晩ご飯作るからお姉ちゃんと待ってて」

「う、うん。分かったよ」


 言うや否や、そそくさと鴉庭さんはリビングへと行ってしまう。


「漆ちゃんのご飯、とっても美味しいんだよ~。あ、そういえばヒーロー君は何度か食べたことあったから知ってるか!」

「は、はい。お弁当を作って貰ってます。……妹さんから聞いたんですか?」


 さも当然のように料理の味を知ってる前提で進められたので、鴉庭さんに聞いたのか聞き返す。

 問いに対して黒さんは首を横に振った。


「んや。作るお弁当箱がいつもより増えたからなんとなくね」

「なるほど……」


 そりゃ身内ならある程度は察せられるか。 

 納得していると、黒さんがポンッと手を叩く 


「そうだ。せっかく来たんだし、ちょっと面白いモノを見てみない?」

「面白いモノ?」

「ご飯が出来るまでの暇潰しになると思うし、ね?」

「まぁ、そういうことなら」

「よっし。それじゃ付いて来てねぇん」


 るんるんと機嫌良く先導する黒さんに付いていく。

 ある部屋の前に着き、その中に入ってくと……。


「おぉ……」


 視界に広がった光景に思わず感歎の声が漏れる。


 奥の真っ白な壁に向かって大小様々な形のライトが立てられており、周囲には椅子やテーブルといった小物が並べられていた。

 これはあれだ、テレビとかで見たことある撮影スタジオそのものだ。

 どうして一般家庭にこんな設備があるのだろうか?


 その疑問はお見通しだったのか、黒さんは小さな胸を張って誇らしげな面持ちを浮かべる。


「どう凄いでしょ? これね、ウチが一から用意したんだよ」

「一から? まさか自腹で!?」

「イエッス! こう見えてウチは、ネット専売アパレル会社の社長なのだよん♪」

「社長!?」


 軽やかな調子で告げられた自己紹介に驚愕する他ない。

 忙しい人だとは聞いていたけど、まさかの社長だったなんて誰が予測出来ただろうか。


 もしかしなくとも、鴉庭さんの家ってとんでもないところなのでは?

 今さらながらそんな感想を脳裏に浮かべるのだった。

 

 

 ========


 次回は今日の18時に更新。

 ""今日の""18時に更新ですよ。


 でも締め切りに間に合う気しない(´・ω・`)


 

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