結果じゃなく努力こそが美しいとか言うの、うさんくさい②

 雲一つない快晴に照りつける太陽の中、俺たちは灼熱のグラウンドで整列をしていた。



「国家 斉唱」



 教頭の号令で吹奏楽部が伴奏を始める。楽器の音が大き過ぎて歌うどころではないが、口パクでもバレないので俺には好都合だった。



「体操隊形に、開け! ラジオ体操第二、よーいはじめ!」



 炎天下の開会式、そしてラジオ体操。熱中症の危険はもちろんあり、現に近隣の学校は体育行事をもっと涼しい時期に行っている。しかし冷房の効いた広い保健室に加え、医療スタッフを配置した救護テントをも有する日ノ本学園はその限りではない。むしろその特異な安全性を知らしめるかのように7月開催を敢行しているとも思われた。



◇ ◇ ◇ ◇



 昨日の競技でバレーボール3位、ソフトボール1位と好成績を残した3Aは総合優勝争いに食らいついていた。現金なことに勝てそうになるとテンションが上がるもので3Aは全員が奮戦。リレーでレイが見事な走りを見せて1位、他にも上位入賞を果たしたチームがいくつかあった。



 残す競技は俺の出る騎馬戦のみ。じゃんけんで負けたが故に誕生したチーム、しかも大将の騎手を押し付けられた。これだけでもしんどいというのに、大本命の3Bとは二回戦でぶつかることになってしまった。



(なんとか俺に回ってくるまでに勝ってほしいが……寄せ集めの俺たちにもできる、即席の作戦を考えておく必要はあるだろうな)



 騎馬戦はクラスごと、3組の騎馬が争う勝ち抜き戦だ。『先鋒に強い奴を置いて全抜き』『重量級を集めて馬で戦うパワープレイ』など、各チーム様々な戦略を立てて挑んでいる。我がチームは『お飾りの大将が出る前に勝ちきる』だ。



「いやぁ、大将は大変ですねぇ。負ければチームが負けなんですから、責任重大だあ」


「うっさいな、お前もジャン負け組のはずなのに……上手いこと先鋒に潜り込んだな」



 変な奴、重田は先鋒の騎手だった。体力自慢の古川らが作る騎馬で走って撹乱、よろけたところを一気に倒すという作戦でいくらしい。真似したいところだが、俺たちのチームは巨漢の日比野がいる。ぶつかり稽古なら右に出るものはいないが、運動量が増えると途端に動きが鈍くなる。



(戸田はすばしっこいが小さい。陽太が高身長なのもあって高さでは敵わないだろう。かと言って日比野にスピードは期待できないし、田中はザ・普通だし……)



「続いての試合は、3A対3Bです。参加する生徒は出てきてください」



 マイクはボッボッという風の音を拾いながら開戦の合図を告げた。俺たちはグラウンド中央に描かれた、直径4mくらいの円に向かう。グラウンドには他にも2つの円があり、他の学年が熱い戦いを繰り広げていた。



「それぞれ先鋒、入場してください。笛の合図でスタートです。では……用意、ピーッ」



◇ ◇ ◇ ◇



 重田率いる先鋒は場内を駆け回り相手の消耗を図ったが上手くいかず、疲労したところに突撃を受け組み合い。騎馬の踏ん張りが効かず抑え込まれて敗北した。



「おいゴリ。約束覚えてんだろうなぁ、クラスの勝ちに貢献できなきゃ土・下・座。バレーボールで3位になったくらいじゃ、貢献したとは言えねえよなあ? ま、騎馬戦でお前に出番が来ることはないし、貢献も出来るわけねえんだから、せいぜい土に頭付ける練習でもしとけや」



 俺に近づいてきた金森は言いたいだけ言うと手下たちの組んだ騎馬にズシンと乗り込み、円の中へと入って行った。



(アイツこの期に及んでそんなことを気にしてんのか……俺としては勝ち進んでもらった方が楽でいいんだが……)



 しかし言うだけのことはあり、その後の試合は金森率いる中堅騎馬がパワーを生かして組み合いで圧勝。その勢いのまま相手中堅をも倒し、残すは大将騎馬、陽太のみとなった。



「続いて3B、大将の入場です」


「陽太いけー! 勝ってくれよー!」

「お前にかかってんぞ! 頼むぞ!」

「陽太くんファイト! 優勝はすぐそこだよ!」



 が飛び交う中で堂々入場の陽太。少し雲が出てきた空とは対照的に、陽太は輝くような笑顔で騎馬を駆る。対して金森は右肩を回して好調をアピールしている。奴の空気の読めなさは良く言えば豪胆、悪く言えばアホだが今は少し羨ましい気もする。



 ピストルが鳴って両雄、激突。陽太は組み合う瞬間に立ち上がり、身長差で勝負に出る。奇襲を受けた形の金森は抑え込まれ、得意のパワーが活かせない。



 騎馬の方は体勢を立て直そうと、相手の騎馬を押そうとするが上手くいかない。パワーがあるのは上にいる金森だけで、手下たちは線が細い奴が多いからだ。



 次第に消耗してきた騎馬が、陽太に抑え込まれる金森の重さを支えきれなくなり自壊、勝敗は決した。



 俺は今の試合展開を見ながらあることを思いついた。



「おい、お前ら作戦だ。まず初めは今みたいに組み合うだろ、そんで……」



「陽太最強ー! やってくれるぜ!」

「かっこいい! 勝ってくれてありがと!」



 大きな声援が邪魔だと思ったが、意外と寄せ集めチームの連中は真剣な眼差しで頷いている。どうやらそれぞれの役割が分かったらしい。



「はぁーあ! 残ったのはゴリだけかよ! これじゃ俺たちの負けは決まったみてえなもんだな!」



 金森は戻りながら大声で罵声を上げて、俺の方を見ていた、ような気がする。というのも俺は作戦成功のイメージを固めるのに必死で、奴のことなどこれっぽっちも気にしていなかったからだ。



「続いて3A、大将の入場です」



「陽太負けんなー! 勝ちきれよ!」

「いけるよ陽太くんー! ファイト!」


「和倉ー! お前に任せたぞー!」

「学年一位の力、見せてくれー!」



 思ってもみないことが起こり、思わず振り返った。3Aの奴らが座席を立って声を上げてくれている。俺のために。



 拳を握ると力が入った。それと同時に心臓は鼓動を速め、足は緊張で震え出した。



「作戦通りぶつかるぞ、気合い入れろよ!」



 日比野の声で我に帰る。そうだ、マトモに戦っても勝ち目は薄い。期待に応えるためには作戦を綺麗に決めるしかない。



 前衛、巨体の持ち主日比野。左翼、素早い戸田。右翼、普通の田中。俺たちは、運命共同体だ!



 ピストルの合図で俺たちの騎馬は猛進。様子を窺おうとしていた陽太たちは反応が遅れる。まずは有利な形での組み合いとなった。



「遊くん、だったよね。バレーボールではキツい一撃もらったけど、今回は勝たせてもらうよ!」


「何言ってんだ、勝ったのはお前だろ! 結構ネチネチしてんだなお前!」



 組み合いながらも立ち上がって優位を取ろうとする陽太だが、日比野が相手の騎馬を力強く押し続けているのでバランスが取れず攻めあぐねている。



「よし、次だ!」



 俺は組み合っていた手を乱暴に払い次の指示を出す。戸田の機動力を生かして後退、敵の騎馬を中心に左に旋回する。



(これで近距離の掴み合いを牽制できた。左旋回なら日比野の移動距離は小さいし、戸田の機動力も生かせる上、陽太の利き手からは遠ざかれる。後はチャンスを待つしかない……)



 旋回すること2、3分。俺たちの騎馬も消耗しているが、いつ攻めてくるかと身構え続けている相手側も疲労の色が見えてきた。空を覆っていた雲は流れ、光が差し込んできた。



(条件が完璧に揃うかは分からないが、やるしかない!)



「今だ、一気に行く!」



 俺の合図で再度奮起した日比野を先頭に、最後の力で突撃。再度組み合う……と思わせた瞬間、体力を温存していた田中が俺の右半身を大きく持ち上げた。



 しかし陽太も上空から襲い掛かる俺の右手に対抗しようと身構えた。



「食らえーっ!」



 太陽を背にした俺は、田中の爆発力で一瞬陽太の上を取る。反応しようと俺を見上げた陽太は太陽を直視し、ほんのわずかに隙を見せた。振り下ろした俺の右手は、奴の鉢巻きを握り締めていた。



「勝負あり!」



「うおおおおお! やってくれたなオイ!」

「すごい! 和倉くんが勝った!」



 寄せ集めの俺たちは総力を結集して、最強の敵を討ち取ったのだった。




⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎



 なんとか作戦が成功し、強敵を倒した俺たち。結局、体育祭はどうなったかと言うと……。そして、金森との約束は……?


 次回!『結果じゃなく努力こそが美しいとか言うの、うさんくさい③』

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