学生の服なんてファッションセンターで十分

「次はBBQ、というのをやってみたいですわ! ユウ、早速準備しましょう!」



 トーストにバターを塗っているとドタバタと足音が聞こえ、既に制服を着込んだレイが現れ、青い瞳をきらきらさせてこう言った。ぼんやりした頭で「青と金の組み合わせって、本当にキレーだよな」などと思いつつ、



「あのな、バーベキューは学校帰りにふらっと行くようなもんじゃないぞ。行くなら週末に向けて予定を立てて、荷物もしっかり準備して行くんだ」



 レイはブロンドの眉を寄せて、分かったような顔で頷いた。彼女がキッチンに消えて数分後、目が覚めるようなコーヒーの香りが漂ってきて、俺もおこぼれにあずかろうと席を立った。



◇ ◇ ◇ ◇



「ミタ マリアさんですわよね? わたくし、下村レイですわ。 今、お時間よろしくて?」



(おいおい、廊下で呼び止めてその言い方、まるで職質じゃねえか……ほらやっぱり三田さんも戸惑ってるよ)



 行きの電車でバーベキューについて説明していると、レイが



「これは……お友達づくりのための遊びですわね!? ユウ、私が皆さんを誘いますわ!」



 ……というわけで、こんなことになっているのだ。なぜ三田さんから攻めたのかは、このお嬢刑事デカにしか分からない。



(っていうか、三田さんと俺は『友達』なのか? それが分からないとどうしようもないんだが……)



 と考えた瞬間あの時と同じように、頭の中に文字列が浮かんできた。



『三田 真里愛 ステータス:友人』



 なるほど。この『試練』、そこまで不親切設計というわけでもないらしい。『三田さんは友人である』という保証を受けた俺は、伏し目がちに助けを求めてくる三田さんに胸を張って近づく。



「レイ、そんな風に言ったら三田さん困っちゃうだろ。実は俺たち、4月の終わりにバーベキューでもやろうかって思っててさ。良かったら三田さんも来ないかなーって」



 自分でも驚くほどスラスラと言葉が出てくる。友達だ、という自信がどれほどコミュニケーションを円滑にするのかを思い知る。そしてそれは三田さんも同様らしかった。



「ああ、和倉くんおはよう。そうだったんだね! バーベキューかあ、とっても楽しそう、ぜひ行きたいな!」



 友達である俺が登場した安心感からか、三田さんはふっくらした頬をにこりと持ち上げた。笑うとなくなる優しい目は俺を一層安心させてくれた。



「あら、なんだかと〜っても楽しそうなお話じゃない? お姉さんも混ぜてほしいな、なんて〜」



 そう言って俺と三田さんの間からぬぅっと首を出したのは、菊田きくた 美希みきだった。彼女が起こした風はまるで何かの花のようで、俺は思わず深呼吸してしまった。



 右目を隠すような前髪はふわりとしたウェーブを描いている。うっすらと笑みを浮かべた表情は三田さんとは違ってどこかセクシーさを感じさせた。左の耳には小さいながらも存在感のあるピアスがピンク色に輝いている。



「ユウくんてば、人のこと見過ぎじゃない? それとも……お姉さんのこと好きになっちゃった? ふふ、それじゃ私、玉の輿だね」



(な、なんだコイツ! いい匂いするしなんかエロいし、初対面なのにもうユウくんとか呼んでくるし、あといい匂いだし……)



 突然の美人乱入で俺の頭は大パニックを起こしていたが、『菊田 美希 ステータス:他人』という情報を受け取り何とか話せるよう程度には落ち着いた。



「い、いや、そんなつもりはないというか、顔を見ちゃったのは突然だったからで……ああ! バーベキューね! 来てくれるの? う、嬉しいです!」



「ふふ、ユウくんてかわいいんだね。知らなかったなぁ……じゃあこれ、私の連絡先登録しておいたから。楽しみにしてるね〜」



 菊田さんは俺のスマホをひょいと取り上げると淀みない手つきで連絡先を登録し、俺の手に戻した。ぎゅっ、という握手付きだった。そして去り際、耳元で




「美希って呼んでよ、ユウくん」



 と囁き、3Aへと入って行った。俺たち3人は嵐のように現れ去っていった菊田さん、いや、美希の背中を目で追っていた。一呼吸おいて三田さんが



「私、菊田さんってちょっと……あ、いや、何でもないよ! それより私、バーベキューに行くようなお洋服持ってないから、買いに行かないとなあ」



 と呟いた。そうか、盲点だった。レイは今、制服と学校指定のジャージしか服がない。バーベキュー以前にコイツの服を何とかしないといけなかった。



「おお、そうだそうだ。俺も服屋には用事があるんだった。明日から通常授業が始まるし、よかったら今日の放課後みんなで服でも見に行かないか?」



「えっ!? いいの? 嬉しいけど……ちょっと緊張するかも……」



「いやいや、むしろレイに色々教えてやって欲しいんだよ。コイツまともな服なんてほとんど持ってないし、かと言って男の俺じゃ力になれそうにないからさ」



 レイはふむふむと頷きながら俺と三田さんの顔を交互に眺めている。三田さんはというと……眉間にシワを寄せて俺を見つめている!? 俺、なんか変なこと言ったか……?



「マリアさん、私この世界のお洋服のこと、まるで分かりませんの。すみませんけれど、教えてくださる?」



 レイは小さな身振りを交えて三田さんにお願いする。白くて細い手足が上品に動く様はお芝居に出てくるお姫様を思わせた。三田さんもどこか現実離れした彼女の美しさに言葉を失っているらしく、小刻みにコクコク頷いたところで始業のチャイムが鳴った。



◇ ◇ ◇ ◇



「どうかしら、似合いますかしら?」



「かっっわいいよ! レイちゃん何着せても似合う! こんなに楽しいお洋服選び、初めてだよ!」



 放課後、俺たちは学生でも手が出しやすい価格帯のアパレルショップに来ていた。朝はどこかぎこちなかった2人が服屋に来るとキャッキャウフフなのだから女子とかいう生き物は分からない。



 試着室から出るたびレイはそれっぽいポーズを決め、三田さんは誉めそやしながら次の服を持ってくる。俺はといえばそんな2人を眺めて立ち、たまに三田さんのお眼鏡に適った服を畳んでカゴに入れるという仕事に就いてかれこれ30分強という状況だった。



 ただその時間は苦痛だったかというとそうでもなく、ポーズはテキトーでもそのスタイルはモデル顔負けのレイを見ているだけで眼福だったし、三田さんが豊かなアレを揺らすのも気にせず、頬を上気させながら忙しなく服を運んでいるのも目の保養になったのだった。



 結局、三田さんはほとんどずっとレイの服を選んでいて、買い物カゴはそこそこいっぱいになった。渡しておいたクレジットカードをレイが使いこなせず、会計で不正利用騒ぎになりかけたこと以外は平和に進んでいった。



「むぅ……マリアさんのお洋服選びは出来ませんでしたわ。また明日、リベンジいたしましょう!」



「いやいや、明日から授業だって言ってんだろ。放課後は部活やなんかも始まるから、今日みたいにふらっと行くのは難しいんだよ」



「レイちゃん、私とっても楽しかったから大丈夫! 自分の分のお買い物はそのうちするし、今日は2人の仲良くなれたことがとっても嬉しいの! それじゃ、また明日!」



 そう言って歩き出した三田さんは改札口の向こうで振り返って、春の日差しにも負けない眩しい笑顔で大きく手を振った。



(友達、か。長いこと忘れてたけど悪くないかもな。これならクラス全員と友達になるっていうのも不可能じゃない気がしてきたぞ)



 ……そう。この時の俺はまだ気づいていなかったんだ。『全員』と友達になるために越えなきゃいけない壁がどれだけ高いかってことに。


 




⬜︎ ⬛︎ ⬜︎ ⬛︎


4月12日 火曜日


 今日はマリアさんをバーベキューに誘ったら、ミキさんという方も参加することになった。誘わずとも来てくれるなら、こんなにありがたいことはない。今はユウと私を入れて4人、あと2人くらい呼べたら楽しそうだな。


 そして学校帰りにマリアさんとお洋服選び! 普段はドレスばかりだったからとても新鮮だったし、何よりお友達と服を選ぶなんて初めてでとても楽しかった。マリアさんの服を選ぶ時間がなくなってしまって申し訳ない。


 明日からは授業、というものが始まるらしい。ちょっと緊張するけど、楽しみだ。




⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎



 

 ついに始まってしまった授業。レイは不思議とついていけるようだが、俺はトラブルに……。さらにレイともちょっとケンカっぽくなる始末。一体どうすりゃいいんだよ……。



 次回!『学生の本分は勉強である←その通り』

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