破滅ルートの極悪貴族は勇者候補を育て始める~悪役貴族が生まれ持った時空魔術を使いこなしたら~

りょうと かえ

第1話 勇者に殺され、ループした

 燃え盛る屋敷。

 殺意を放つ勇者一行。


 そして胸に突き立てられる、勇者の剣。


 俺はヴァル・リオン。

 最強の時空魔術の才能を持って生まれた、天才中の天才だ。

 公爵家の嫡男、容姿端麗、最強の魔術――何も不自由はなかった。


 だが傲慢と慢心の末、俺は魔王と契約してしまい、人類の敵になってしまった。

 その結末がコレだ。極悪貴族として、俺は勇者に殺される。


「人類の敵め。地獄に落ちろ」


 俺に剣を突き刺した、銀髪の女勇者が吐き捨てる。みずみずしい陶器のように白い肌、殺意に満ちてはいるが輝く瞳……こんな時でさえ、鮮烈に美しい。


 身体が芯が冷たくなっていく。

 意識が遠ざかる。


 死。

 俺は死ぬ。


「――これで予言通りだ。我らナイツ・オブ・ラウンド……次は、魔王を討つ」


 予言……。

 全く信じていなかった。


 勇者が魔王とその手先を討ち滅ぼす。

 完全に予言通りの展開だな。


 ああ、こんなことなら真面目に生きておくんだった。


 もう駄目だ。

 指一本、動かせない。


 寒い。


「……死にたくない」


 後悔しても、もう手遅れだ。

 勇者たちが俺を睨みつけるだけ。


 だが来世というものがもしもあるのなら、次こそ俺は――。




 そして俺は目を覚ました。ふかふかのベッド、それにまぶしい光が目に痛いほどだ。綺麗に整頓された部屋のベッドで、俺は寝ていた。


 あれ、おかしいぞ。

 俺は燃え盛る屋敷の中で勇者に負けて、確かに殺されたはずなのに。


 これは夢か……?


「うぉぉーーん! 目を覚ましたぞー!」


「ああっ、熱が下がったのね!」


「むぐっ!」


 俺はベッドのそばにいた男と女に抱きしめられる。この暑苦しい声と、ぽよんぽよんしたふくよかな身体は……。

 嫌われ者で極悪貴族と恐れられた俺に、こんなことをするのは……。


 俺は思いつくまま、言ってみた。


「父上、母上……?」


「そうだ! お前の父だよぉー!」


「ママですよー! よしよしよし、大変だったわねぇ!」


「「うぉぉおおーーーん!!」」


 そんなに泣くな。これは間違いなく俺の両親だ。


 でもおかしい。俺の両親は、数年前――俺が14歳の時に流行り病で死んだはず。

 それなのに、なんでピンピンしてるんだ。


 だめだ。状況に頭が追いつかない。


 俺はあの銀の勇者に、剣で突き刺されて死んだはず。なのに、どうしてベッドに寝ていて、昔に死んだ両親が目の前にいるんだ?


 俺は両親に抱きしめられたまま、ベッドのそばにある窓ガラスに目を向けた。ただ暑苦しさから逃れようと、首を動かしただけなのだが。


「……嘘だろ」


 そこに映っていたのは、10歳の頃の俺だった。


 ♢


 まだ寝たいと言って両親を引き剝がし、部屋や屋敷の様子を確認して――確信した。

 どうやら俺は10歳の頃に戻ったらしい。


 屋敷も昔のままだ。使用人たちも若い。

 何もかもが記憶の頃のままだ。


「こんなことがあるのか……??」


 俺は頭の中で整理する。

 確か、元の時系列ではこうなっていたはずだ。


 ・10歳 高熱にうなされる。時空魔術に目覚める。

 ・14歳 両親や使用人の大半が流行り病で死ぬ。

 ・18歳 勇者に殺される。


 俺が魔術に目覚めたきっかけは、10歳の頃の高熱だった。あの高熱から目覚めて、俺は時空魔術を使えるようになったのだ。


 この世界では、魔術は誰でも使える。

 しかし、真に強力な魔術は才能がなければ使えない。


 時空魔術は、歴史上でもほんの数人しか使えなかった、国を揺るがせる魔術。


 そしてどうやら、18歳で死んだ瞬間にへ――時空魔術に目覚めた瞬間に巻き戻ったのだ。そう考えるしかなかった。


 自室の鏡の前でチェックしてみる。


「手も、足も……」


 何にも変わりない。子どもの頃の俺だ。

 多分、持ち越したのは記憶だけ。


 そして周囲の人間は、俺が高熱から回復したとしか思っていない。


「……で、どうする?」


 俺は部屋をうろうろしながら、自問自答した。

 わからない。わからないことが多過ぎる。


 だが、これは二度とないチャンス……!!


 10歳の頃ならまだ全てをやり直せる。

 まだこの頃は、悪いことを全然していないからな。


 メイドに手を付けたりもしてないし、公爵家の金でぱーっと遊んだりもしてないし、魔王と手を組んだりとかも……。


 おいおい、改めて考えるとひどい貴族だな。

 自分でドン引きしちゃうぜ。


「はー、もう一回人生をエンジョイしてもいいけど、また殺されたくはないからなぁ……」


 まぁ、これが本音だった。魔王と契約したのは大失敗。

 いくら何でも調子に乗り過ぎてしまった。


『人間を超越した存在にしてやろう』


『お、楽しそうだな』


 これぐらいのノリで、魔王なんかと組むんじゃなかった。

 本当はもう少しやり取りがあったのだが、大した理由じゃなかったし。


 悪の貴族として、人生をそこそこ楽しんだのはあるが……。

 18歳で殺されるんじゃ、割に合わない。


 しかしこれから、どうするべきか。

 答えはひとつだ。


 この生まれ持った公爵家の嫡男というポジション、それに時空魔術や色々な才能を活用して、破滅的な運命を克服するしかない。


 二度と死なないようにな。

 幸い、両親も生きている……生きているんだ。


 今回こそ失敗しない。

 楽な方向に流されたりはしない――極悪貴族もやめようと思う。


「税金を納められない? じゃあ、死ねば?」


 俺はそんなことを、ナチュラルに言ってしまうタイプの貴族だった。だから勇者一行に殺されたのだろうが……。


「……とりあえず、自分を鍛えていくか」


 何をするにしても、今の俺は情報も力も足りない。

 いずれは勇者の動向も、チェックしていく必要があるだろう。


 べ、べべべつに勇者なんて怖くないし。


 努力、勉強、実践。

 それが今の俺に課せられた仕事だ。


「じゃあ、魔術からやっていくか。剣は……うっ、なんだか気分が悪くなりそうだ」


 自分の胸に剣が刺さった、あのリアルな感覚。

 少なくとも、自分で剣を振り回したくはない。


 時空魔術は強力無比と言っても、鍛えなければ使い物にはならない。

 今の俺は、基本の時空魔術しか使えないはず。


『世界よ、断ち切れ』


 手に持ったハンカチが、綺麗に切れる。


「これならハサミでいいよな、うん」


 こんな魔術で勇者に対抗するのは、絶対無理だ。

 魔術をちゃんと身に付けたほうがいい。


 俺は部屋の外にいたメイドに、とある人物を呼びにいかせた。

 少しすると、呼んだ人物が部屋へと入ってくる。


「フィリア、参上いたしました。……どのようなご用件でしょうか?」


 現れたのは、美しいエルフの魔術師だった。

 琥珀色にきらめく金髪、天使のように可愛らしい顔立ち。年齢は知らないが、人間としては15歳くらいだろうか。


 胸はやや小さいが、すらっとした身体と顔は実に魅力的だ。

 手に持っている、ごつごつした杖もセンスある。


 夜の授業とかも、お願いできたりするかなぁ……?

 おっと、そういう考えはやめよう。


 今の俺はもう更生しているっ。

 女性をそういう目で見るのは、失礼だ。


「こほんっ、フィリアに来てもらったのは他でもありません……」


 フィリアは父上が1年前に雇った魔術師だ。


 昔は相当凄い魔術師だったらしいが……色々あって、ウチの領地に流れ着いたらしい。今ではウチの魔術指南役、だったはずだ。


 なので、魔術を習うなら彼女からだ。

 正直、魔術のためなら土下座でもなんでもする。

 平身低頭、教えを乞おうと思って……フィリアが俺を怪訝そうな目で見ている。


「えーと、ヴァル様が私に敬語を……?」


 しまったぁぁぁ!

 丁寧に話しかけては駄目だ!


 この頃の俺は、調子に乗りまくっているクソガキ。

 そのノリでやらないと怪しまれる!


「えーと……お前を呼んだのは他でもない。フィリアの知識を、俺は学ぼうと思う」


「それは、夜伽をしろということですか?」


「……はぁ?」


「最近、ヴァル様はずっと言っておられました。俺に女を教えろとか、女体について講義しろとか――」


 うわー、俺って最低だな……。思った以上にクソガキだ。

 でも10歳の俺だったら、言っていたかもしれない。


 ごめん! そんなつもりはあったけれど、もう今はないから!

 純粋に魔術を学びたいだけだから……!


「勘違いするな。俺は魔術について、学びたいだけだ」


「あの勉強嫌いのヴァル様が……」


 フィリアは俺を疑っている。

 どうやら色んな意味で、俺は信用されていないな。


「疑うなら、中庭でもいい。あそこなら人の目がある。妙なことはできない」


「承知いたしました。ヴァル様が望まれるのであれば、魔術の講義をいたします。でも嬉しいです。魔術を学ぶ気になってくださるなんて……うるうる」


 おい、これだけのやり取りでフィリアが感動してるぞ。

 どれだけ努力嫌いだったんだか……。


 でも良かった。

 まだ俺の命令を聞いてくれるほどには、忠実だ。


 本当の未来では、フィリアから魔術を学ぼうとはしなかったからな。

 まずは大きな一歩だ!



 その時の俺は能天気だった。

 まさか、俺の努力によって世界があそこまで変わってしまうとは……。

 全然、思っていなかった。


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