新たな国 ☆9☆


「護衛から離れてはいかんぞ」

「う、それはもう……反省したよ……」


 ぽりぽりと頬を掻いてしゅんと肩を落とす少年。すると、彼の後ろから「坊ちゃーん!」とかなりの速さで走ってくる人が見えた。


 少年は驚いたように振り返り、「あ」と言葉をこぼす。


「ご、ごぶ、ご無事でしたか!?」

「う、うん」

「ああっ、こんなに汚れて! 一体なにがあったのですか!」

「ええと、とりあえず、落ち着いてくれる……?」


 少年は若干引いているように見えた。中年の男性がおいおいと鳴いている姿を見る機会は滅多にないので、シュエとリーズは思わずその場に立ち止まってしまった。


「おや、坊ちゃん、その方々は?」

「えっと、助けてもらったんだ」

「助けて……? すみません、お話を聞かせてもらえますか?」


 シュエはリーズを見上げる。リーズが「良いのではありませんか?」と答えたので、近くの喫茶店に入り現状を説明することにした。さすがに道のど真ん中で詳しく話す気にはならなかったからだ。


 シュエはなにを食べようかを悩み、塩ソフトを頼んだ。リーズはアイスコーヒー、少年はシュエと同じ塩ソフト、護衛の中年男性は紅茶を頼んでいた。


 注文したものはほぼ待たずに揃った。シュエはスプーンを手にしてソフトクリームを掬って口に運ぶ。


「なるほど、確かに塩を感じる。が、塩気のおかげでミルクの甘さが際立っているようじゃな」


 幸福そうに塩ソフトを食べるシュエに、少年も同じようにスプーンで掬って口にし、ぱぁっと表情を明るくさせた。


「美味しい……!」

「うむ。甘い物は心を和ますよな。……して、なにから話せばいいものか」

「坊ちゃんを助けた……というのは、どういうことなのでしょうか」


 護衛の問いに、シュエは少年が大人数人に追われていたこと、宝石を狙われていたこと、その大人のひとりは冒険者ギルドに預かってもらっていることを話した。


「そんなことが……。坊ちゃん、命を落とす危険性だってあるんですよっ!」

「ごめん、なさい」


 顔をうつむかせる少年に、護衛は自分の気持ちを落ち着かせようと紅茶を飲み、もう一度少年に声を掛けた。


「……本当に、無事でよかった」


 少年のことを心から心配していたのだろう。彼の言葉には安堵が滲んでいて、シュエはぱくぱくと塩ソフトを食べながら彼らを眺めた。


 リーズはアイスコーヒーになにも入れず、こくりと喉を鳴らして飲みふたりを見ているようだ。


「冒険者ギルドで、その人を預かっていると言いましたよね。少し、行ってきたいと思うのですが」

「なにをしに?」

「坊ちゃんを危険な目に遭わせたヤツに一発……」


 右手を握り込み左手で包み込む。そしてぐぐぐ、と力を入れているのを見て、少年は彼の腕に触れて首を左右に振った。


「な、なぜですか、坊ちゃん!」

「今回はおれの不注意だし、彼に対する処罰は冒険者ギルドに任せている。だから、お前はなにもしなくて良いんだ」


 少年の言葉に護衛は目を大きく見開き、「しかし……っ」と言葉を続けようとする。そこにシュエが口を挟んだ。


「のぅ、おぬしあるじは誰じゃ?」

「それは坊ちゃんと、坊ちゃんのご両親ですが……」

「その主が、そなたが制裁するのを止めておるんじゃ。臣下なら主の言葉を受け入れるものではないのか?」

「……それは、そうなのですが」


 シュエが首を傾げる。リーズは目元を細めて護衛を眺め、コーヒーを飲んでいる。コーヒーを置いて、リーズが口を開いた。


「護衛の仕事は主を守ること。あなたはそれができなかった。それも腹立たしいのでしょうが、悔いることがもっとありますよ」

「も、もっと……?」

「幼い子は無謀なことをしがちです。あなたはもっと、その子に言い聞かせないといけませんでした。もちろん、あなただけではなく、その子の周りにいる大人全員の協力が必要だったと思います」


 リーズの言葉にシュエは彼から視線を逸らす。耳に痛いことを、と窓の外を眺めて溶けないうちに、と塩ソフトを食べる。


「今回のことで教訓になったでしょう。そして、自分の胸に刻みなさい。人の子は脆いのですから、きちんと守らないといけないことを」

「……確かに、その通りだ。今回の件で、坊ちゃんの護衛を解かれる可能性もあるしな……」

「えっ!? そんなのやだよ!」

「それを決めるのはご両親でしょう?」


 こくりと護衛が首を縦に振る。少年はぶんぶんと頭を横に振って、「このまま護衛でいてよ……!」と哀願するような声を出していた。


「仲が良いんじゃな」

「……うん、だって、おれが生まれてからずっと一緒にいるから」

「なんじゃ、わらわとリーズと似たような関係じゃったのか」


 えっ? と驚いたようにシュエとリーズを見るふたりに、シュエはにんまりと口元を緩めた。


「もう家族のような関係よな」

「そうっ、そうなんだよ……!」


 少年は大きく首を縦に動かした。そんな彼に、リーズはちらりと護衛の様子を見る。護衛は彼の言葉に感動したのか瞳に涙を浮かべている。


「よく話し合ったほうが良いと思いますよ」

「あ、ああ。そうだな……うん」


 リーズの言葉に少年が護衛に顔を向けてぽんぽんと肩を叩く。一体どういう話し合いをするかはわからないが、生まれたときからずっと一緒にいる相手を失うのはつらいだろうとシュエは考えた。


 そして、隣に座っているリーズをじぃっと見つめる。シュエの視線が刺さり、「どうしました?」とリーズが顔を彼女に向けて問う。


「まぁ、わらわたちは大丈夫じゃな」

「なにがです?」


 シュエの言葉が理解できず、リーズはきょとりと首を傾げた。

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