新たな国 ☆5☆


 シュエが一歩踏み込む。タンっと音を立てて床を蹴り、一気に間合いを詰める。


(素早い――!?)


 シュエは男性の後ろへ回り込み、膝裏を扇子で打った。その扇子の硬さは普通の扇子とは考えられないほど硬く、思わずバランスを崩す男性にもう一撃、同じところに扇子を打ち込む。


「うわっ!?」

「おっと」


 男性はなんとか態勢を保ち、シュエに向けて木剣を振り下ろす。シュエは扇子を広げて木剣を受け止める。ぴしり、と木剣にヒビが入るのを見て、男性が「はぁっ?」と大きな声を上げた。


「ありゃ、強度が弱いのぅ」


 肩をすくめるシュエは、扇子を閉じる。それから、軽やかに跳び上がり、男性の頭に扇子で一撃を入れる。


「ぃだっ!」

「――さて、このくらいでやめておいたほうが、そなたのためじゃぞ」

「……そのようだな……、それ、鉄扇か……」


 シュエは扇子を広げて口元を隠す。


「わらわの兄からの餞別じゃ。実戦で使ったのは今日が初めてじゃがな」

「確かにその素早さと力なら、冒険者としてもやっていけるだろう」


 でもどう見ても十五歳以下に見えるんだよなぁ、と男性の顔に書いてある。シュエは肩をすくめて男性を見上げた。


「わらわとリーズはクラーケンも退治してきたのじゃぞ? 今日ついた船の船員か船客に聞いてみよ。わらわとリーズのことを知っているはずじゃからな」


 あれだけ派手に暴れていたのだから、シュエとリーズの顔を覚えている人たちは多いだろう。


「いや、まぁ、すでに耳に届いてはいたが」

「わらわたち、実は有名人になったかのぅ?」

「あれだけ暴れていたら……」


 鉄扇を懐にしまい、リーズの元に歩くシュエ。リーズはすっと彼女から視線を外してゆっくりと息を吐く。


「そなたも暴れていたじゃろう」

「シュエほどではありませんよ」

「似たり寄ったりだったと聞いたぞ」


 そんなシュエたちのやり取りを聞いていた男性が、呆れたように首を横に振り、それから髪を掻き上げた。


「まぁ、なんだ。その強さがあれば大丈夫だとは思うが、あまり無理はするなよ?」

「それはお主たちもじゃろう」


 シュエの凛とした声に、男性は息をむ。まさか自分のことを労わられるとは、と目を丸くしている彼に、シュエとリーズは顔を見合わせてくるりと反転して階段まで歩き出す。


「冒険者カードは悪いようには使わんから、安心せぃ」

「それは、ありがたいな」


 それだけ口にするとシュエは軽やかな足取りで階段を上がった。リーズは一瞬男性に視線を向け、それから軽く頭を下げてシュエを追いかける。


「どうだったっ?」


 地下から一階に戻ると、宿屋からここまで案内をした子どもが目をきらきらと輝かせながら聞いてくる。


「ふっふっふ」


 シュエがピッと冒険者カードを差し出すと、子どもは「わぁ!」と大きな歓声を上げた。


「お客さん、こんなにちっちゃいのに、十五歳以上だったんだ!」

「人間の成長が早いだけじゃよ」


 ぼそりと呟いた声は、誰にも聞こえなかったようだ。リーズが「シュエ」と静かに言葉を落す。その声があまりにもなにも感じさせない声だったので、シュエは自分の口元を扇子で覆った。


「とりあえず、ここでの用事は済んだからの、あとは、そなたのお勧めの場所でも教えてもらおうかのぅ?」

「任せて!」


 冒険者カードをじっと見つめていた子どもに声を掛けると、ぱぁっと明るい表情を浮かべて胸元をドンっと叩く。強く叩きすぎたのかけほこほと咳き込んだのを見て、リーズは眉を下げ、シュエは子どもの背中を擦った。


「では、邪魔をしたな。わらわたちはこれで失礼する。また来るかもしれんから、そのときは同じ『冒険者同士』としてよろしく頼む」


 にっと白い歯を見せるシュエに、他の冒険者たちはぽかんと口を開けていた。


 冒険者ギルドを出て、立ち止まる。


「――えっと、わたしが好きなところを、案内していいの?」

「うむ」

「はい。お手数ですが、お願いできますか?」

「うんっ! ついて来て!」


 子どもは元気よくうなずいて、シュエの手を取って駆け出す。


「こっちだよ!」


 シュエは眉を下げて微笑む。思えば、自分よりも幼い子と接したことがない。


 ――竜人族は子どもを産む時間が長い。人間のように十月十日というわけではないので、滅多なことで子どもを見る機会がなかったのだ。


 人間の歳では大体がシュエよりも下になるが、姿が違う。


 子どもの時間はどの種族でも短いのだろう。『大人』の姿であることが長いのは同じだな、とシュエは手を引かれながら考えた。


 この子はどんな大人になるのだろうか。大人になったときに、シュエたちのことを覚えているのだろうか。


 楽しそうに街を案内する子どもを見ながら、シュエは笑顔を浮かべた。


「――ところで、どこに行くんじゃ?」

「わたしのとっておきの場所を教えてあげる!」


 くるっとシュエに振り向く子どもの瞳は、まるで宝石のように輝いていた。


 どんどんと高い場所へ足を進める。ぜぃぜぃと肩で息をし始めた子どもにリーズが「大丈夫ですか?」と声を掛ける。


「お客さんたち、なんでそんなに涼しい顔でこの坂のぼれるの!?」

「体力の違いよ」

「えええー、どんだけ体力あるのさー」


 シュエの手を引っ張っていた子どもだったが、上り坂で段々と足が遅くなり、シュエが手を引いている。


「最後まで自分で歩きますか? それとも」

「歩くもん!」


 意地になっているのか、頬を膨らませてがんばって歩く姿に、シュエとリーズは小さくうなずいた。

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