困っている人を見かけたら? ☆13☆


「ねえ、シュエ。あとはなにをすればいいかしら?」

「そうじゃのぅ。とりあえず、ルーランのその美貌で、村人たちを骨抜きにしてくれんかのぅ?」


 ニヤリ、と口角を上げるシュエ。ルーランは扇子を取り出してパッと広げ、目を細める。

「お任せくださいな。このルーラン、百にも満たない若人わこうどを虜にするのなんて、造作でもありませんわ」


 妖艶に微笑むルーランに、リーズは「ほどほどに、くれぐれもほどほどに」と注意をルビす。


 ルーランはそんなリーズに近付いて「わかっていますわよ」と耳元で囁いてからこちらに視線をちらちらと向けていた村人たちに向かい、ひらひらと手を振ってから優雅に歩いていく。


「さて、わらわたちはちぃと別のことをしようか」

「別のこと、ですか?」

「あまりに鬼火が多いのでな。このままじゃ魂が休めなくて可哀想じゃろう」


 辺りを見渡して肩をすくめるシュエ。リーズはなにも答えなかった。沈黙は肯定と取り、シュエはびしっと村長の家を指さしてリーズを振り返る。


「とりあえず、村長の家の家に向かうぞ!」

「……はい」


 シュエは早足で村長の家に向かう。ちょうど村長と若い女性が興味津々に鍵をいじっていたところだった。


「あ、見てください! 鍵が掛かるようになりましたよ!」

「うむ、ルーランがあっという間に取り付けてくれたみたいじゃの」

「ええ、あっという間でした。人間業とは思えないくらいに!」


 よほどルーランの取り付けが素早かったのか、ふたりは夢でも見ているかのように恍惚とした表情をしていた。


「鍵ももらえたかの?」

「はい、しっかりと!」


 ルーランから預かった鍵を見せてくれた。持ち手は丸くて、先がギザギザとしている普通の鍵だ。


「大切に使うんじゃぞ」

「もちろんです。でも、わざわざ鍵をつけてくれるなんて、お嬢さんは都会で育ったの?」


 若い女性にそう問われ、シュエは曖昧に視線を泳がせながら、「まぁ、そうとも言うかのぅ……?」とこれまた曖昧に答える。


 結論から言うと、王宮で暮らしていたシュエはこの旅に出るまで一度も王宮の外に出たことがない。そのため、都会かどうかの判断ができなかったのだ。


「一応、都会でしたよ。こういう田舎に来てみたかったんですものね、シュエ?」

「そ、そうなのじゃ! 村でどんな風に作物が育てられているのか、見て見たくての!」


 リーズが助け舟を出すようにシュエに声を掛けると、彼女は慌てたようにうなずいて、両腕を広げて上下にぱたぱたと振った。


「わざわざこんな田舎まで来るなんて、作物に興味があったの?」

「わらわは料理が趣味なんじゃ!」

「なるほど、それで作物に感心が」


 若い女性と村長が納得したように首を縦に振る。


 リーズはその様子を眺めながら、ぽんとシュエの肩に手を置いた。


「あ、そうじゃ。ちと聞きたいのじゃが、この村の中で少しばかり平らで広い場所はあるか?」

「平らで広い場所? それなら、あるにはあるけれど、なにかしたいの?」


 若い女性が首を傾げる。シュエはにんまりと口角を上げて「ちとな」と片目を閉じた。シュエの様子に村長と若い女性は顔を見合わせたが、「まぁ、いいか」と案内してくれることになった。


「祭りの場所なので、そこそこ広いが……」


 そう言って案内してくれたのは、村長家の裏だった。どうやらいつもここで祭りをしているらしい。確かに村人を全員集めても大丈夫なくらい広い。


「――見ていても良いが、驚くかもしれんぞ」

「一体なにをするつもりですか?」


 わくわくとした表情を隠さず、若い女性が尋ねる。シュエはリーズに視線を送ると、彼は横笛を取り出した。


「横笛?」

「今からわらわの国の伝統の踊りを披露しよう。見るも見ないもお主(ぬし)らに任せる」


 シュエはそう言うと、リーズから扇子を受け取り、少し考え込む。


「リーズ。良いか?」

「私はいつでも大丈夫ですよ、シュエ」


 リーズの言葉に小さくうなずき、シュエは辰砂のブレスレットを左手首に付け、右手に扇子を持ち村長たちに背を向けて歩き出す。


 数歩歩いたところで動きを止め、ゆっくりとひざまずいた。


 村長と若い女性が、なにが始まるのだろうと固唾を飲んでシュエの後ろ姿を見つめる。


 リーズが横笛を吹き始める。数秒後、シュエがすくっと立ち、両腕を広げ、右手の扇子をパン、と広げた。一歩、二歩と前へ進み、横笛の音に合わせて腕を動かす。


「――彷徨える魂たちよ」


 シュエの澄んだ声が村長たちの耳に届く。シュエが扇子を持っている右手を上げていくと同時に、辺りにぽわぽわと青白い光が現れた。


 村長たちは思わず息をむ。一体自分たちはなにを見ているのだろうか、と。


 横笛の音にハッとし、シュエが踊っている姿をぼうっと見ていた。青白い光はシュエに近付いて行く。なぜか、『憎い、憎い』、『苦しい、苦しい』、『助けて、助けて』と声が聞こえて来た。しかし、村長たちの傍らには互いしか居ない。


「――命を天へ、巡り巡る輪廻の輪へ」


 タンっとつま先で地面を蹴り、高く跳ぶ。シュエの動きに合わせるように、青白い光も動き、だんだんと空へと昇っていく。


『ありがとう、ありがとう』

「――我が見届けよう、そなたたちの魂の行く末を――」


 トン、と着地し、緩やかに扇子を振る。大体の青白い光は消え、今シュエの傍を離れないのは僅かな数になった。扇子を持つ手を段々と上げ、広げたままの扇子を天に向ける。


「安心せい、なにかを妬み憎悪するのは人として当然の感情じゃ。じゃが、憎んだままではつらかろう?」


 柔らかいシュエの言葉に、青白い光たちは彼女の周りをくるくると光の筋を見せながら回り、それからゆっくりと天へと昇っていった。


 シュエはその光が消えるまで、ずっと扇子を持った腕を天に向けていた。


「――さらばじゃ、彷徨える鬼火たちよ」


 横笛の音が終わると同時に、パチンと扇子を閉じた。そして、村長と若い女性に向けて、丁寧に頭を下げた。

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