困っている人を見かけたら? ☆4☆


 それから少しの時間、村人たちと会話した。話し終えてから男性に顔を向けると、彼はぽかんと呆気に取られているようだった。


「なんじゃ、その顔は。それで、そなたの家はどこなんじゃ?」

「あ、いや……よそ者がこんなにすぐに村の人たちと話せるとは思わなくて」

「それはまぁ、わらわじゃからな! このシュエ、人間のことを慈しんでおるから、それを感じ取ったのじゃろう」

「そ、そうかい」


 言葉の意味がわかるのにわからない感覚に陥り、男性は緩やかに頭を左右に振った。十歳くらいの少女に『人間のことを慈しんでいる』と言われ、混乱したのだ。


 話し方からもそう感じた男性は、ゆっくりと自宅へ足を進める。村の中心から少し離れたところにある家に向かう。


「ここがうちだよ」

「お邪魔しまーす!」


 玄関の扉を勢いよく開けるシュエに、リーズは「シュエ!」と慌てて彼女の名を呼ぶ。ツカツカと勢いよくベッドに伏せる女性のもとに行き、突然のことに驚く女性が口を僅かに開き、言葉を発しようとしたのを止めた。


「ちょいと失礼するぞ」


 シュエは身を屈ませ、ベッドの下を見る。そこに置いてあった芻狗すうくを見つけ、イヤそうに眉根を寄せてからそれを引っ張り出す。


「これが悪夢の原因じゃろうな」


 男性を振り返り、芻狗を見せると彼は驚いたように目を大きく見開き、「なんでそんなものが……?」と呆然としていた。


「あの、あなたたちは一体?」


 女性がベッドから身体を起こし、シュエたちを見る。そして、シュエの手にある芻狗を見て首を傾げた。


「わらわはシュエ。旅人じゃ。そっちはお供のリーズじゃ」

「間違いではないですが……。突然押し入ってしまい、すみません」


 リーズがシュエの隣に立ち、詫びるように胸元に手を当てて頭を下げた。


「ああ、いえ、ええと」

「母さん、具合は大丈夫?」

「え、ええ。なんだかいつもよりはいい気がするわ。それで、その旅人さんが、うちになんの用でしょうか?」

「なに、興味深い話を聞いたのでな。ちぃと確認をしに」


 芻狗に視線を落してから、シュエは女性へ視線を移す。そして、にこりと微笑み、芻狗をリーズへと渡した。


「うちにはなにもありませんが……?」

「そんなことはない。現にこれがあったではないか」


 リーズが持つ芻狗を指して、シュエは肩をすくめる。


「この村の家はすべて鍵がないのですか?」


 玄関に視線を向けて、男性たちに問うリーズ。男性は小さくうなずいた。小さな村だから、家に鍵を掛けるという習慣がないらしい。


「よく盗賊や山賊に襲われなかったな?」

「こんな辺鄙へんぴな村までわざわざ来ないよ」

「わからんぞ。人は欲の塊じゃからのぅ」


 シュエは口元を隠し、目だけで笑い顔を作る。しかし、その目の鋭さに男性はごくりと唾を飲んだ。


「まるで自分たちは人間じゃないような言葉ねぇ」


 女性が目を丸くしながらシュエとリーズを見る。シュエはその言葉になにも言わずに息を吐く。そして、辺りを見渡して「食べ物はあるか?」と首を傾げた。


「え、ああ、うん。あるけど……」

「どんなものがあるんじゃ?」


 男性はシュエに今ある食材を見せ、シュエはその中から米を見て「もらっていいかの?」と彼を見上げる。


「えっと、なにをするつもりかな?」

「そなたたち、食欲不振なのじゃろう? 食は人の基本じゃ。今はもう夜になるが、作り方を教えるから朝に食べるが良い」

「えっと?」

「必要なのは米と水のみ。熱したフライパンに米六十グラムを入れ薄黄色まで乾いりしてから水を入れ、お粥にして食べると良いのじゃ。朝にな。早速明日から試してみよ」


 シュエは作り方を説明しながらフライパンを熱し、米を入れて乾いりを始めた。男性はシュエとフライパンを交互に見る。どんどんと薄黄色に染まっていく米を見て、困惑しているようだ。


「朝限定のお粥なのかい?」

「限定というか、朝食べると効果が強いというか。食欲回復の効果があるからの、朝がお勧めなんじゃ」

「へぇ、そうなんだ。米を炒める発想はなかったな」


 感心したような男性に、シュエは自慢げに胸を張る。


「食は人の基本じゃからの。それに、食材にはいろいろな効果がある。調べれば調べるほど新しい発見があるんじゃよ」


 翠色の目をキラキラと輝かせて炒めている米を見つめるシュエ。こんなもんかの、と呟いてから水を入れ、米を煮込み始めた。このままお粥にしようと考え、他になにかを作ろうかと食材を眺める。


 その間にリーズは女性と会話をしているようで、話し声が聞こえる。が、どんな内容かまでは聞こえなかった。


「それにしても、玄関に鍵が掛からないとなると、不便では?」

「子どもの頃からそうだったから、鍵を掛けるっていう発想はなかったよ。……でも、芻狗が見つかって怖いな、って思った」


「――悪鬼あっき……いや、化け物も怖いが、人の心も怖いもんじゃよ」

「お嬢ちゃん、きみは一体……」


 何歳なんだい? という問いに、シュエは目を吊り上げた。


「女性に質問することではなかろ!」


 プンプンと怒るシュエに、男性は両手を合わせて「ごめん」と素直に謝った。それを聞き、うむ、と小さく首を縦に動かしてからピーマンを取り出した。


「肉はあるか?」

「あるよ。どのくらいが良いかな?」

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