第3話 目標回収地点へ

 夕闇の中、荒地用の二輪車を走らせて指定されたポイントへ向かう。本日の日没から、第三の月が中天に登るまでの時間は約四時間、それまでに突入の準備をしておく必要があった。


――これ、作っておいて良かったですね。

「ああ、お前の負担も減らせるし、労力に見合った便利さだ」


 マスクと暗視ゴーグル越しにケイに応える。


 基本的に端街で動力を確保することは難しい。墜落当時に間に合わせで作った動力炉が、現役で湯を沸かしているし、当然動力機構のついた乗り物などは高級品である。それをなぜ持っているかというと、不時着前に作られた汎用動力をコアにして、自分で作り上げたという訳だ。


「ポイントまでは直線距離で残り約五〇キロ……路面状況も考慮すると難しいか?」

――必要であれば私も動きますが……どうしましょう?


 ケイの提案に、二輪車を走らせながら考える。


 今から急いで第三の月が上にくるタイミングに間に合うかどうか、それを考えると五分五分と言ったところだ。作戦の確実な成功を考えるなら出直す事も考慮にあるのだが、依頼主はおそらく認めないだろう。


「……分かった。ペース配分を考えつつ、適宜お前の力に頼る」

――分かりました。負担がかかり過ぎないよう注意してください。


 正規部隊が到着する前に奪取する。その目的を果たすには、恐らく今がタイムリミットだ。今日来るはずがないと高をくくった結果、間に合わなくなっては間抜けもいいところだ。ということなら、ケイに動いてもらうことは必須となる。


 この近辺――「ノア」が不時着した周辺は、墜落の影響ですり鉢状の巨大なクレーターができており、衝撃のすさまじさを物語っている。地形が変わるほどの墜落に一応は耐えた「ノア」の技術力には目を見張るが、それはそれとしてごつごつとした岩肌がむき出しになっている地形は、亀裂や盛り上がりなどで一筋縄ではいかない。


 そういう事もあり、この辺りには原生生物は少ないものの、全く遭遇しないわけでもなく、なおかつ不意に埋没された船の部品から防衛機構が飛び出してこない保証もないので、安全な旅路とは到底言えない物だった。


――バイル。この先、岩陰に原生生物が居ます。


 一際大きな岩石が転がっているのが視線の先に見えたところで、ケイが俺にそう伝えてくる。彼女は高等なレーダーなどが存在しない端街の中で、唯一原生生物として周囲の状況を観測する能力を持っていた。


――殲滅しますか?

「いや、温存したい。このまま振りきる」


 俺はそう返すと、二輪車の出力を最大限まで上げて、岩の側を走り去った。


「ギャア! ギャァッ!」


 それと同時に、耳障りで不快な鳴き声が背後から聞こえる。ちらりと目視で確認すると、四足歩行の原生生物が三匹、こちらに向かって牙を剥きだしにして追いかけてきていた。


 直線では二輪車の加速には追いつけないが、地形的な有利も考えると入り組んだ場所に行くほど追いつかれる危険は高くなる。そう考えた俺は道が広く、高い位置に向かえそうなルートを選んで、二輪車を走らせる。


「ギャギャオ! ガァルルッ!」


 恐らく仲間を呼ぶための合図もしているのだろう。道を進めば進むほど、原生生物の追っ手は増えていく。


「ちっ……やっぱこのくらいは居るか」


 十数匹まで膨れ上がったところで、これ以上増えないことが分かった。やはりこの近辺では、小規模な群れをつくるのが限界らしい。俺は集まった原生生物にチャフグレネードを投げようとして、思いとどまった。


 チャフグレネードは原生生物に効果がない。閃光と音で撹乱は出来るが、防衛機構のシステム相手に使う時と比べれば、ほとんど無いのと同じだ。


――バイル。やはり応戦しましょう。

「しないっつってんだろ。まあ見とけ」


 俺は動力の出力を再度挙げて高台へと登っていく、勿論原生生物たちもついて来ているのだが、俺は構わずに加速し続ける。


 そして見えてきたのは、断崖となっている行き止まり、これから下ろうにも原生生物たちが集まっており、引き返す事は出来そうにない。


――え、ちょっとバイル!? まさか貴方……

「ケイ! 着地は任せるぞ!」


 出力を最大限まで上げて、高速で崖上まで上り切って、そのまま飛び立つ。死を予感させるような浮遊感と、崖下のあまりにも暗い谷底を味わいながら、俺はゆっくりと地面に向けて加速していく。


 背後では原生生物たちが追いかけることもできずに吠えている事だろう。俺はそう思いながら右手で後方にファックサインを出した。


 それと同時に俺の肉体から黒いコールタールのような物体がにじみ出てきて、身体と二輪車を包む。


 そして、地面に激突する直前で何本もの粘液の柱が地面に突き刺さり、それが着地の衝撃を完全に吸収した。


――全く貴方は……少しは何をするか教えてください。

「そう言うなよ、結構楽しいだろ?」

――……これだから人間は。


 昼間俺が言った台詞と同じことを言った彼女が面白くて、俺は自然と笑いが漏れた。



――



「さて、そろそろか」


 第三の月がある位置を確認しつつ、俺は呟く。酸素缶マスクは付けたままなので調子は悪くはない。


 幸運を願って観測してみたが、残念ながら現在対象のシステムは健在のようだ。システムが落ちていないということは、防衛機構を突破する必要があるということだ。


 俺は彼らの防衛圏のギリギリ外側で、作戦を考える。


 第三の月が中天にある間は、二輪車の動力も確保できない。なぜなら防衛機構と同じように、墜落以前に作られたものだからだ。となればチャフグレネードを補助的に使いつつ、徒歩での侵入となるのだが、残念ながらチャフグレネードの使用回数が増すほどに、優秀な防衛機構のAIは学習を行い、復帰速度は上がっていく。チャフをばらまいての物量作戦は現実的ではないのだ。


 かといって徒歩だけでは絶対的に距離が足りない。ならばどうなるのかと言えば、防衛ドローンとの戦闘は避けられないことになる。


――バイル、間もなく第三の月が昇り切ります。準備を。


 ケイからそう言われて、俺は二輪車の動力を最大出力まで上げ、砂塵を巻き上げながら目標まで加速していく。この二輪車の動力は、中天に差し掛かっている期間は役に立たない。ならば、その時間が来る少し前から行動を始める必要があった。


 無機質なドローンがこちらへ気付くと、機銃を掃射しつつ近づいて来る。俺はケイに最低限の防御を任せ、脱落した「ノア」の外部ユニットへと進んでいく。


 必然的にドローンとの距離も近づき、攻撃の激しさも増すが、それを数瞬だけ凌ぎ切ると、機銃の掃射が停止するとともに、二輪車の動力が消失する。


「っ!」


 俺はそれを確認すると同時に二輪車を乗り捨て、ケイに着地を任せる。そのまま金属カッターの刃を展開させて近くにいたダウンしているドローンに突き刺すと、ケイにそれを伝ってドローン内部に侵入するように指示をする。


――ドローンの掌握、完了しました。


 掌握までの時間で俺は酸素缶の入れ替えを行う。いつ不測の事態が起こるか分からない現状、何かが起こってもいいように、頻繁に酸素の補給はしておくべきだった。


「よし、じゃあ行くぞ」


 ケイが乗っ取ったドローンは、俺の腕に張り付いて周囲に銃口を向ける。少々重いがこれで最低限の武器は手に入った。


 俺が再び走り始めると、ドローンたちの再起動が終わったようで、背後から起動音が聞こえてくる。そこで俺は暗視ゴーグルを外してチャフグレネードを背後に投げる。


――バイル!

「チャフは惜しまず使う! お前も抱え落ちだけはするな!」


 三つしかないチャフグレネードをこの時点で使ったことにケイは非難の声を上げるが、俺は彼女の言葉を遮るように叫んだ。


 チャフグレネード一発目の効果時間としては約三〇秒、防衛機構AIの学習により減衰していくとは言え、三発使えば十分振りきれるはずだった。


――……っ! 追撃ドローン再起動完了しています! 追加のチャフを!


 再起動……? まだ三〇秒経っていないはずだが……疑問に思うが、俺はその分析を後にして、チャフグレネードに手を伸ばす。


 ケイが喚くが、そんなにすぐチャフグレネードは使えない、再起動して周囲のデータを再取得した後にしか使えないので、どうしても確実性に劣る。


 足を止めて振り返って確認すれば簡単で確実だが、今足を止めてしまえば安全圏まで進む時間が取れない。もう既に俺の選択肢としては勘で有効なタイミングに差し込むことしかできない。


「……っ!」


 タイミングを計り、自分の経験から覚えている時間を頼りにチャフを投げる。爆発音がすぐに響き、機銃の音は聞こえない。


 走りつつ、俺は追加の酸素缶カートリッジを差し込む。酸素が全身にめぐり、活力が再び湧いてくる。


――どうやら私たち以外にも一回チャフを使った人がいるようですね。


 ケイは俺と同じことを考えたらしい。俺が思うに、恐らく依頼者が俺に話を持ってくる前に別の「便利屋」に仕事を持って行き、そいつがしくじったのだろう。全く、そういう話は事前にしてほしいな。


「ケイ! 行けるか!?」


 今投げたチャフが累計で三発目ということは、復帰はかなり早くなるだろう。そして累計四発目のチャフは一秒も持たない。ケイの補助が必要になりそうだった。


――敵三機……問題ありません。バイル。

「最後のチャフで隙を作る! 噴進弾頭をマニュアルエイムしろっ!」


 俺はそれだけ叫んで、チャフグレネードを投げる。その瞬間ケイの操るドローンからも噴進弾頭が発射され、復帰したドローンめがけて飛び立ち始めた。


 振り向いて確認することはしない。そうすることは足を鈍らせるし、無駄な事だった。


――敵性反応消失、噴進弾頭は無くなりましたが当面の危機は去りました。

「ま、当然だな」

――そうでもないですよ、バイルのタイミングがあと少しズレていればやられていたのは私たちです。


 ケイの言葉を受けて、俺は鼻を鳴らしてそのまま走り抜ける。一旦防衛網を突破したからと言って、周囲から防衛装置が追加配備されない保証はどこにも無いのだ。

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