新たな家族

地図で見ると、それはそれはちっぽけだった島も住んで見ると思ったより大きく、文化的にも開けていて、すぐ島の生活が気に入った。本土に比べると物価こそ少し高かったけれど、息子が仕事以外でも楽しそうに過ごしている様子を見て、ようやくこの子も居場所が見つかったかと安心した。


そして息子の仕事が契約から正規雇用に切り替わった時点で、アカリは将来を見据えて前々から興味のあった創作活動の足掛かりを探そうと、絵画や陶芸に挑戦した。若い頃から親しんできた芸術だったが、なかなか満足のいく作品はできなかった。それでも通った教室などで知り合った仲間達の中にはアメリカに移住して初めて友人と呼べる人もでき、アカリは順調に島に根を下ろしていった。そしてたまたま土産屋で目に留まったアクセサリーが粘土細工と知って、見よう見まねで制作を始めると、これが楽しくて没頭した。作ったキャンドルホルダーは口コミで広がりポツリポツリと売れ始め、数カ月後には小さなギャラリーで展示販売もできるまでになった。


そうして島での暮らしが快適に整ってからも、彼女にとって一番の拠所は相変わらず息子と過ごす時間だった。週末は決まって一緒に散歩に出かけた。映画や外食も楽しかった。友達に言わせると、30代後半の息子と一緒に暮らし、しょっちゅう一緒に出掛けている事が信じられない様だったが、子供との繋がりを早々と失ってしまうアメリカ人が嫉妬しているのだと思っていた。自分を大事にしてくれる息子が自慢だったし、息子を一番に考える母としての自分も誇りだった。


けれど、息子の交友関係が広がり始めると、徐々に家にいる時間が少なくなり、必然的にアカリと過ごす時間も短くなった。土日さえも仕事だと言って家を空ける事が増えてきた。そしてこれまでは自分の忠告を素直に聞き入れてきたのに、適当にあしらわれる事が多くなった。。これまでこんなに献身的に支えてきたのに、独り立ちできた途端に自分を蔑ろにするのかと思うと切なく腹立たしかった。時には感情に訴えないと、こちらの言い分が通らない事もあり、喧嘩する事も増えていった。


そしてアカリが63歳の年、息子が再婚した。アメリカに移住してから息子には何人か交際相手がいたが、どれもあまり長続きしなかった。もちろん息子には幸せになってほしいが、アカリほど息子の事を愛し守り導ける人間が現れるとは思っていなかったから、息子が別れを経験する度に、同情はしたが息子には自分が必要だと再確認できていた。だから結婚すると聞いた時は正直驚いた。嫁は若くて大した教養もなく息子には釣り合わない様に思えてならなかった。粗を見つけては息子に忠告してもみたが、息子は聞く耳を持たなかった。嫁には時々皮肉や小言を言って反応を探ったりもしたが、鈍くて通じないのか、いつもニコニコしてアカリの事をお義母さん、お義母さんと慕ってきた。


「悪い娘じゃないのよ。でも息子の嫁ってなるとね。色々足りない所があるっていうか。とにかく物を知らないから、会話してても、説明しなきゃいけない事が多くてね、話が進まないのよ。どこがいいんだか。まぁ多分若さだろうな、とは思うのよ。ほら、男の人って若い女性に目が無いじゃない。ただ、癪に障るのが、息子と出かけようとすると、美術館とか映画館とか、どこへでもあの娘がついてくるって事。あの娘、そういう文化的な事をあんまりしてこなかったんでしょ。だから何をするにも楽しそうにするもんだから、息子にとってみれば、それが新鮮なのかもな、って…。だから、長続きはしないと思うのよ。息子も気付くと思うわ、きっと。」


でも、息子と嫁は仲睦まじく、アカリの期待は的外れとなった。

そして二年後、二人目の孫が生まれた。息子は孫息子にアカリの父親の名前をつけた。息子に再会する日を心待ちにしながら逝った父を思い、きっと喜んでくれているだろうと思うと素直に嬉しかった。アカリはできる限りサポートした。大きくなるにつれて、ますます息子に似てきて可愛さが増した。なのに、その子が4歳を迎えた年、進行性の遺伝疾患が見つかった。遺伝と聞いて、自分の家系にそんな病気を持った人はいなかったから、きっと嫁が原因だろう、と言って息子に酷く叱られた。親が両方保因者でないと発症しない病気だと説明されたが信じ難かった。治療法はなく、将来的に車椅子生活になる事は避けられないと言われた。アカリの脱いだ沓を楽しそうに揃えてくれる孫の後ろ姿を見て涙を抑えられなかった。


同じ年、最愛の兄が急死したとの知らせが来た。自分の事を無条件で愛してくれていた人がまた一人いなくなってしまった。孫息子の事、兄の事で絶望し、何も手につかなくなった。ここから不幸の連鎖が始まるような、そんな予感がして眠れなくなった。

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