第39話 初対面の愛しい二人

 四度目のミストリアス。まずはエレナの無事を確かめるため、僕は〝飛翔魔法フレイト〟を発動し、真っ直ぐに北の〝農園〟を目指す。


 空にしょうが漂っていることもあり、どうにも胸騒ぎがしてしまう。確か前回は西の森から現れた、人狼ワーウルフという魔物に襲われたと聞いた。


 あの森は二回目の侵入ダイブの際に、僕が降り立った場所のはずだが。その時にはへいおんそのものといった感じで、魔物の一体も出てこなかった。やはり訪れた平行世界ワールドによって、世界のようそうは大きく異なっているようだ。


 ◇ ◇ ◇


 全力で飛行を続けていると、やがて前方に懐かしい農地が見えてきた。そして眼下に視線を向けると、古びた木造の屋根が確認できる。


 そちらへ目をらしてみると――。

 家の周囲にはオオカミのような姿をした、人型の魔物が群がっている。


 やはり悪い予感が的中してしまった。

 僕は急いで高度を下げ、玄関前へ急降下する。


 するとそこには最初の侵入ダイブと同様に、地面に座り込んだエレナの姿があった。


 そして彼女の眼前にせまりつつある、一体のワーウルフの姿も――!


「エレナ――! うおおぉ――ッ!」


 僕は空中で剣を抜き、降下と同時にワーウルフへ剣を突き立てる。厚い毛皮に覆われた背中はザックリと裂け、黒いしょうが勢いよくす。


 続いてエレナの背後でつめを振り上げている魔物の腕を、素早く唱えた風の魔法ヴィストばした。



「エレナ! は!?」


「えっ……? あっ? だっ……大丈夫ですっ……!」


 どうやらエレナに怪我は無く、かんいっぱつのところで間に合ったようだ。


 しかしさきほど空から見たように、まだ多くの敵が残っている。

 前回は助けることができなかったが、今回は絶対に救ってみせる。


「今のうちにやりを! 僕と一緒に戦ってくれ!」


 さすがにすべてを相手にするのは厳しい。エレナの頼もしいそうじゅつが必要だ。僕はワーウルフの群れをけんせいし、彼女が準備する時間を稼ぐ。


「あ……。うっ、うん! わかった!」


 エレナはポーチから長槍ロングスピアを取り出し、素早く戦闘の構えをとった。


「よし、エレナは正面を! 僕は裏へまわる! 二人で家をまもろう!」


「はい! 勇者さまっ!」


 ◇ ◇ ◇


 家にはゼニスさんが居るはずだ。魔物に囲まれたままでは危険が大きい。

 戦えるエレナと手分けをし、とにかくここを守護しなければ。


 僕は飛翔魔法フレイトで屋根にのぼり、そこから家の裏手へ飛び降りる。しかし地面に着地した瞬間、足に鋭い痛みとしびれが走った。


 しまった。痛覚のことを忘れていた。

 そんな獲物ぼくすきを逃すまいと、ワーウルフが両手の爪を振り上げる。


「ヴィスト――ッ!」


 風の魔法で一体の首を斬り飛ばし、近づいてきた別の個体に剣を突き刺す。


 僕は足を引きずりながら、ひらけた場所まで移動する。勇ましく戦場に飛び込んではみたものの――今の僕の状態は、とてもエレナには見せられない。



 それでもどうにか応戦を続け、ついにワーウルフの群れを片づけることができた。


 エレナの方は無事だろうか。早く応援に向かわなければ。


 しかし周囲には魔物からあふれたしょうが充満しており、じわじわと僕の体力を削り取ってゆく。


「勇者さま! あの、大丈夫ですか?」


 僕が肩で息をしていると、裏手こちらへエレナが回り込んできた。


「ゆっ……勇者? 僕はアインス。もちろん大丈夫さ」


「はいっ! アインスさんですねっ!」


 正面玄関側の敵は、すでにエレナが片づけたらしい。しかもかなりの激戦だったというのに、彼女は呼吸を乱していない。



「はは、さすがエレナは強い。僕の助けは余計だったかな」


「ううん! アインスさんがチャンスを作ってくれたから。それに――」


 そうエレナが言いかけた時。屋根の上に、残ったワーウルフの姿が見えた。

 そしては屋根から大ジャンプし、エレナへ向けて爪を伸ばす!


「――危ない!」


 僕は反射的に、エレナのからだを突き飛ばす。間一髪で彼女は難を逃れたものの、代わりにワーウルフの硬く鋭い爪が、僕の左肩を深々と斬り裂いた。


「ぐぁあ……ッ!?」


 これまでに感じたことのない、凄まじい激痛が僕をおそう。出血と同時に視界がらぎ、意識が上方へ引っ張られてゆくのを感じる。


「あっ、アイン█さん!?――こっのおぉ……!」


 エレナは槍の間合いを取り、すかさずものを構え直す。そして気合いの叫びと共に、ワーウルフののどもとを貫いた。


「はは……。やっぱ、エレナは強いや」


「しっ、……かりして! ワーウ█フの爪には毒が……。すぐに治療し……」


 視界が白い霧に包まれてゆき、エレナの声が遠くに聞こえる。

 駄目だ。このままではアインスのからだから、が抜け出してしまう。


 ――まだ、終われない。


 もうろうとする意識をどうにか繋ぎ留め、僕はエレナの肩に右腕を回されながら、彼女の家まで連れられてゆく。


 これでは完全に、こちらの方が助けられたようなものだ。


 ◇ ◇ ◇


 懐かしいエレナの家のにおい。しかし僕の額にはあぶらあせにじみ、かんがいに浸る余裕はない。


 僕はエレナにかいほうされ、リビングのに座らされる。


「横になると毒が回っちゃうから。すぐに毒消しを用意するね。――おじいちゃーん!」


 エレナはゼニスさんを呼びながら、急いで彼女の部屋へと駆けてゆく。そんなエレナと入れ替わるように、彼女の祖父であるゼニスさんが、杖をつきながら現れた。



「おお、これは大変じゃ。まずは傷をふさごう」


 ゼニスさんは椅子の一つに腰を下ろし、僕の肩へと杖を向ける。

 そして彼は、ゆっくりと呪文を唱えた。


「セフィルド――!」


 の魔法・セフィルドが発動し、彼の杖から光の帯が伸びる。それは僕の傷口を包帯のように包み、またたに傷をいやした。


「まだ毒は抜けておらん。いままごむすめが薬を出します。どうか耐えてくだされ」


「ありがとうございます。ゼニスさん……」


 僕の言葉に、ゼニスさんが小さく首をかしげる。


 そうだ、彼にとっては僕は初対面。それでもゼニスさんの元気な顔を見ると、どうにも視界がうるんでしまう。


「なぜわしの名を……。そうか、あなたは旅人さんじゃな? おそらく〝別の世界〟のわしと、お会いしたことがあるのじゃろう」


「はい……。とてもお会いしたかったです。……義祖父おじいさん」


 そう口にしたたん、僕の眼から、ついに涙がこぼれてしまった。



「――お待たせ! 毒消しのやくとう、熱いからゆっくり飲んで……って、あれ? どうしたの?」


「いや……。話はあとじゃ。今は彼に、一刻も早く薬を」


「あっ。……うん!」


 エレナが息で冷ました薬湯を、スプーンで僕の口に少しずつ運ぶ。口内にへばりつくような強烈な苦味を感じるが、これは味を楽しむ料理ではないのだろう。


 ◇ ◇ ◇


 やがてすべての薬湯を飲み終えると、だいからだも楽になった。今では視界もハッキリし、懐かしい二人の顔がクリアに見える。


「ありがとうございます。すっかり元気になりました」


「ううん。助けてくれたのはアインスさんだし。それに、えっと……」


 エレナが困惑気味の表情を浮かべながら、僕の顔を見つめている。

 やはり彼女たちには、僕の正体を話しておくべきだろう。


 もしかすると、追い返されてしまう可能性もあるが。僕は意を決し、二人に〝アインス〟としての、これまでの冒険を話すことにした。

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