幕間:黒髪の青年の危機

第37話 迫る〝終了〟の時

「最下級労働者、ID:XY01B-AC00D3-TYPE-W10-NIJP000015-0C520A-H。速やかに労働へ向かってください。世界統一政府は、規律ある行動を求めています」


 三度めの侵入ダイブから目覚めた僕は、自動ベッドにアラームに急かされながら居住室を出る。やみめいきゅうかんごくで過ごした時間が長すぎたのか、すでに今朝の労働開始時刻は間近にまで迫っていた。


 当然ながら、最下級労働者ぼくらに遅刻が許されるはずもない。もしも数刻でも遅れようものなら、即時の終了処分となってしまうことだろう。


 ◇ ◇ ◇


「よし、そろったな最下級クズども。速やかに作業を開始せよ」


 僕はどうにか集合に間に合い、監督官の命令で現場へおもむいてゆく。


 装備はスコップやツルハシ、あとは自決用の銃とヘルメットのみ。

 今回も三名でチームを組み、ぼうかくへきの外側を掘り進めるのが任務だ。


 人類が暮らす〝球体型地下居住区マトリックスフィア〟は、常に植物によって侵食され続けている。こうして隔壁の外を掘り進み、安全が確保されたエリアに新たな居住区を造る。このように地球を掘削し、絶えず移動することで、どうにか生存を維持できているのだ。



 僕らはスコップやツルハシを何度も振るい、死した大地を突き崩す。その度に生命を吸い尽くされた土が降りかかり、口中に嫌な味が広がってゆく。


「う……うわ! だ――!」


 仲間がツルハシを振り下ろしたたん、恐怖に満ちた悲鳴をげた。直後、目の前の土壁に大きなひびが入り、触手のような〝根〟が伸びてきた。


「逃げろ! かっせいざいを!」


 僕は恐怖に固まる仲間を引っ張り、隔壁の中まで必死に走る。しかし仲間の二人は死を覚悟してしまったのか、青ざめたまま足を前後に動かすのみだ。


 そんな僕らを狙い、さらに頭上から新たな〝根〟が突き出してきた。僕は仲間を前方へと押しやり、スコップで根を切断する。



「急げ! とにかく走るんだ!」


 ようやく僕の言葉が心に届いたのか、二人ももうぜんと走りはじめる。

 ――だがその時、またしても現れた〝根〟が、僕の胴に巻きついてきた。


「しまった……!」


 こうなってしまうと手段は一つ。捕まった獲物にんげんに銃弾を撃ち込み、植物もろとも〝自爆〟させるしかない。


 この弾丸には僕らのからだを構成するナノマシンへの暗号命令プログラムコードが組み込まれており、肉体の崩壊と引き換えに根を枯死させることができるのだ。


 仲間の一人が立ち止まり、僕のけんに銃口を向けている。

 すでに監督官からは、僕への射撃命令が出ているようだ。


 そして仲間かれは迷うことなく、僕に向かってトリガーを引いた。


 ――まだ終われない!


 僕は反射的に頭をらし、放たれた弾丸を回避する。

 流れ弾は根に突き刺さり、そのせつ、わずかに締める力がゆるんだ。


「うおおぉ――ッ!」


 僕は全身に力を込め、根の束縛からどうにか抜け出すことに成功する。

 すかさずスコップを拾いあげ、こんしんの力で根を斬り飛ばした。



 戸惑っている仲間の腕をつかみ、僕らは安全な隔壁内まで一気にはしる。

 そしてりゅうだんがたかっせいざいを投げ込み、壁面の閉鎖ボタンを拳で叩いた。



 ――どうにか危機を切り抜けたことで、三人は床にへたり込む。


 僕らが荒く息をしていると、ヘルメットの内部に監督官の声が響いた。


《いつまで休んでいる。速やかに作業に戻れ》


 一切の感情ももらぬ命令に従い、三人は別の隔壁ゲートまで移動する。僕らにとっては人類全体の生存こそがすべて。個の無事を喜ぶことなど皆無なのだ。



 ◇ ◇ ◇



 次の現場では〝根〟に出くわすこともなく、無事に作業を終えることができた。労働義務を終えた僕は、今度は摂食義務を果たすため、食堂へと入っていった。


 食堂で規律よく列に並び、最下級用のプレートを受け取る。そして決められた座席へ着席し、監督官の号令と共に「いただきます」と手を合わせた。


 プレートの上には正方形をした、茶色い固形物が載っている。よんぺんそれぞれにはワンからフォーまでのナンバーが刻まれており、ワンから順に食さねばならない。


 これはただの食事ではなく、僕らの管理と生命維持も兼ねている。毎日これを摂取しなければ体内のナノマシンの結合が解け、白い霧となってしょうさんしてしまうのだ。


 すでに僕のからだの大半は、生身の〝肉〟では構成されていない。生物として〝生きている〟部位は、もう胸と頭部しか残っていない。


 それでも僕らは人間としての、生物としてのくびを逃れることはできない。


 たとえ残っている有機質が、すべて無機質へとかんされてしまったとしても――を創った者が人間である以上、人間としての思考や行動を継承し続けるのだ。



「おい。ID:XY01B-AC00D3-TYPE-W10-NIJP000015-0C520A-H。こちらを向け」


 気づくと僕のテーブルのすぐ脇に、白い軍服に身を包んだ監督官が立っていた。


「はい」


 僕が命令に従うや、少年型の政府実働実体TYPE-Aである彼はあごもたげながら、こちらの瞳をのぞき込む。


「ふむ。脳電組織エンセフェロンに重大な損傷ダメージがみられるな。貴重なたいになるかとも思ったが――おおかた、リミッタの一時的な機能不全といったところか」


 監督官のこうさいに刻まれた、暗号回路がキラキラと輝く。

 彼は僕を見つめながら、こちらの実体情報を分析しているようだ。


「これではって数日だな。終了の時は近い。最期まで世界に尽くせよ。ID:XY01B-AC00D3-TYPE-W10-NIJP000015-0C520A-H」


「はい。監督官どの」


 僕が表情を変えずに返事をすると、監督官はきびすを返して去っていった。


 彼にとっては〝うさやま ろう〟という短い名前を呼ぶよりも、あの長ったらしい管理番号ナンバーを暗唱するほうが簡単なのだろう。



 ◇ ◇ ◇



 どうにか今日も生き延びることができた。

 帰宅した僕は痛む頭を押さえつつ、定められたプロトコルを実施する。


 まずはシャワーでからだの汚れを落とし、洗浄済みの労働服ボロそでを通す。続いて政府通達の確認をすべく、情報端末を起動した。


 本日のニュースも代わり映えはしない。

 やはり自殺者の増加が深刻なけんあんこうとなっているようだ。


 僕ら最下級労働者の命は軽んじられている一方、選ばれし者たる政府市民実体TYPE-Cらの命は手厚く保護するという方針なのだ。


 あの偉そうな監督官でさえ、最下級労働者の一つ上。世界統一政府のヒエラルキィにおいては〝じょう〟という扱いでしかない。



 政府通達の閲覧を終えた僕は、配給品ボックスの中を確認する。


 すると中には、またしても〝かいそうせいかんざいだん〟から送付されたと思われる、一通の封筒が入っていた。


きんけい。真世界:テラスアンティクタス/うさやま ろうさま。へいは格別のお引き立てをたまわり、厚く御礼申しあげます――」


 これまでの送付物には、個人名など記されてはいなかった。

 これは明らかに、僕個人に向けての文書だ。


 僕は玄関に立ち尽くしたまま、夢中で文字に目を滑らせる。


 気になる部分は多々あるが――内容を要約すると、これは僕がミストリアスで〝問題〟を起こしたことで、〝アインス〟にペナルティが課されるという通知だった。


 またしてもゲームのような扱い方だ。しかし向こうの世界ミストリアスで言うところの〝偉大なる古き神々〟が〝財団〟を示すのであれば、この対応は不自然ではないのか。


「――異世界創生管理財団・創生管理部門。だん はる


 全文に目を通した僕は、文書の末尾に記された、責任者の名前を声に出す。


 ダンデ・ハルト?


 何かが記憶に引っかかるが――。

 それにも増して、今日は妙に頭痛がひどい。


 今夜は侵入ダイブを諦めようかとも考えたが、あの監督官の言葉も気にかかっている。


って数日だな。終了の時は近い』


 もしかすると、僕のからだは限界なのか?

 このままでは、ミストリアスを救うどころの問題ではない。


「行かなきゃ……。もう時間がないのなら、最期まで世界に尽くしてみせる」


 当然、僕が尽くすのは現実世界こちらではない。

 愛する異世界ミストリアスを救うまで、僕は最期まで諦めない。

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