第32話 視える世界

 前回の侵入ダイブでも訪れた、〝はじまりの遺跡〟なる建造物。


 地上から見た際には、建物は台形をしていると感じたが。こうして上空から確認すると、屋根の所々がくずれており、元はかくすいをしていたのだと推測される。


 前史時代のさらに古代――僕らの世界にも〝ピラミッド〟なる構造物オブジェクトが在ったらしいが、と似たような形状か。しかし、かつては広大な砂漠にたたずんでいたとされるピラミッドも、今や植物によって破壊されていることだろう。



 僕は飛翔魔法フレイトを制御し、遺跡の正面へと着地する。

 すでに空はうすやみに包まれており、今日の終わりが近づきつつあった。


 ◇ ◇ ◇


 白い光のれる出入口をくぐり、僕は遺跡の内部に入る。

 そこには真っ直ぐに延びた通路があり、両側には複数のもくせいとびらが並んでいる。


 そして通路の正面には、大きなクリスタルをいただいたさいだんのような、不思議な構造物オブジェクトちんしていた。


 僕はなんとなく構造物それが気になり、真っ直ぐにそちらへと近づいてゆく。


「やっぱり、これって〝アレ〟に似ているな」


 円柱と台座という違いこそあれど。石に刻まれたがくてきもんようや、てっぺんにクリスタルが付いているなど、どことなくアルティリアで見た〝転送装置テレポータ〟との類似点が見受けられる。


 もちろん、あの物体が転送装置そういうものである確証はないのだが。

 正式な名称が判らない以上、とりあえずはそう呼んでおく以外にない。



 僕は目の前の台座部分にある、およそてのひらと同じサイズの、円形をしたくぼみに軽く触れる。こうすれば頭に〝音声〟が流れてくるかとも思ったのだが、残念ながら反応は得られなかった。


「うーん。よくわからないな。とりあえず、アレフを探してみよう」


 たとえ本人が見つからずとも、遺跡に照明魔法が灯されていることから、誰かしらの聖職者は居るはずだ。僕は大広間から通路に戻り、一つずつ扉をノックする。


 ◇ ◇ ◇


「どうぞ。ご自由にお入りください」


 出入り口付近のドアをノックした時、中から聞き覚えのある声が返ってきた。

 間違いない、アレフの声だ。僕は木製の扉を開き、室内へと入ってゆく。



「ようこそ、旅人さま。……おや? あなたは、アインスさん。このたびも〝はじまりの遺跡〟においでになるとは、何かお困りごとですか?」


「えっ? まさか、僕を覚えているんですか?」


「ええ。それが我々、大神殿に属する者の能力ちからですので。――とはいえ私も、すべてを把握できているわけではございません」


 僕はアレフにうながされ、簡素なながテーブルに着席する。

 そのまま彼は部屋の奥へと向かい、スープの載ったトレイを手にして戻ってきた。



「さあ、どうぞ。作り置きできょうしゅくですが」


「あ、嬉しいです。いただきます」


 このスープに期待していたこともあり、僕は夢中でスプーンを泳がせる。

 しかし二回めの侵入ダイブで飲んだものと比べ、どこか味わいが異なっている。


「あちらの農園は、お気の毒でした。……大切なかたでしたね?」


 アレフの言葉を受け、僕は違和感の正体に気づく。

 そうだ……。あの時のスープには、エレナの育てた野菜が使われていた。


 前回、遺跡ここを訪れた僕は、エレナや農園への強い想いを語っていた。

 そのことをアレフは、しっかりと覚えていてくれたのだ。


 アレフは申し訳なさそうに立ち尽くし、悲しげに眉尻を下げている。

 僕はスプーンを持つ手を止め、彼の黄色い瞳を静かに見上げる。


「お気を遣わせてしまってすみません。今回も彼女とは会えませんでしたし、その……上手くは言えませんが……。僕は大丈夫です」


 最初に農園に向かっていれば、もしかすると間に合ったのかもしれない。そんな思いこそあるものの、もう今となっては受け入れるしかない。


 今回は助けられなかった。

 その結果だけが、すべてなのだ。


「……そうですか。あなたの柔軟さと力強さ。やはりアインスさんは、救世主なのかもしれませんね」


「そんな……。支えてくれた人のおかげです。ついさきほども、みっともない姿をさらしたばかりで。――そういえば教会を訪れた時、しん殿でんに会ったのですが」


 僕はアレフに、神殿騎士とのやり取りを話す。アレフも〝ミルセリア大神殿〟に所属しているはずなのだが、あの神殿騎士の態度とは正反対に感じられる。



「それは。……ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした」


「あ、いえ。しん使さんも謝ってくれましたし、そういうわけではないんです。ただ、なぜも態度が違うのか、疑問に感じただけなので」


「そういうことでしたか。我ら聖職者どもは、旅人を導くことが使命。対して神殿騎士は、この世界の秩序を維持することが使命です」


 そこまでは僕も理解している。神殿騎士が世界規模の治安維持部隊であることは、誰の口からでも語られる情報だ。


 それともかたきにされるということは、これまでの旅人たちが何かをしまったということか。


「神殿騎士どもは、にしてぜんは全員で、同じ記録を共有しているのです。私が別の平行世界せかいの情報を有しているように、もまた、しかりです」


 なるほど。とっぴょうもない話だが、そう考えれば色々とつじつまが合う。


 なぜなら僕らの世界にも、そうしたは多く存在している。特に代表的なのが、最下級労働者らを統率する〝監督官〟たちだ。


 初めは何もかもが新鮮に感じたが、思えばミストリアスと現実世界むこうには、色々と共通点も多い。それでも、すべてを諦めるしかない地獄むこうよりも、こちらの方が圧倒的に自由で過ごしやすい。


「私が〝アインスさん〟だと認識できたのも、あなたに刻まれたアイデンティティが同じだったからですね。降り立つ世界が違う場合、新たな番号ものが割り振られますが、たとえば〝お亡くなり〟になられた場合などは、前回の情報が引き継がれます」


 やはり、僕がアイテムを引き継ぐことができたのはか。この仕様は切り札になる以上、効果的に利用する必要がありそうだ。



「そういえば、あの番号……。アレフさんにもえるんですか?」


「ええ。上位の聖職者ならば大抵は。私の眼には、この世界のあらゆるもの――たとえばアインスさんや、このテーブルや床石タイルの一枚に至るまでが、すべてが固有の番号として映っております」


「えっ……。それって、かなりつらいのでは……?」


 そんな率直な感想を述べると、アレフが上品に笑いはじめた。


「ふふ……。私にとっては生まれながら、そういう世界でしたので。目に映るのは数字や神聖文字アルファベットばかりですが、皆さまとは同じ世界が見えていると信じておりますよ」


 たとえ世界の見えかたが違っても、見える世界は同じということか。


 アレフのどこか見透かしたような、重大な本質を突いてくる言葉に、僕は思わずかんめいうなりをあげた。


 ◇ ◇ ◇


 その後、すっかり冷めてしまったスープを平らげた僕は、アレフに用意してもらった宿泊部屋へ入った。他の聖職者らは〝西〟への応援に出ているらしく、ここでは彼以外の人物には会えていない。


 アルティリア西の森――つまりエレナの農園のあたりでは、魔物の動きが凶暴化しているらしい。アレフは〝旅人の導き手〟という使命を果たすため、一人〝はじまりの遺跡〟に残っているとのことだ。


 僕はベッドにあおけになりながら、明日以降の計画を考える。


 西で魔物退治に参加するのも良いが、少なくとも今だけは、あそこには近づきたくない。エレナの居ない農園を直に確認すれば、また僕の心は乱されてしまうだろう。


 そうなると現時点での選択肢は、ランベルトスへ向かうこと一択だ。


 戦争には参加しないとしても。そこに王国軍や傭兵らが集まっているということから、新たな情報も得られるかもしれない。砂漠エルフの領域テリトリには踏み込めない以上、新たなルートを探るには、どうしてもガルマニア方面へ行くしかないのだ。



 さらにガルマニアの東には、カイゼルの出身地でもある〝ネーデルタール王国〟が存在しているらしい。


 どうにも迷走感がいなめないが、エルフらの住まう〝しんじゅさとエンブロシア〟や、と唯一の接点を持つ〝ほうおうこくリーゼルタ〟への経路が不明な以上、選べる選択肢の中から探ってゆくしかない。


 勇者になり、世界を救う。


 これが〝ゲームの世界〟ならば簡単なのだが、実際に〝本物の世界〟で行なうとなると、まさに手探り状態。一向に〝正解のルート〟が見えてこない。


 僕は静かに目を閉じて、脳を休ませるべく思考を止める。

 そして暗闇に導かれるまま、ゆっくりと眠りにちていった。

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