第15話 異世界からの来訪者

 アルティリア王都の地下酒場にて。

 僕は〝異世界〟から来たらしい、幼い少女とかいこうした。


 少女はピンク色の長い髪をツインテールに束ね、なぜか露出の多い戦闘服を身に着けている。彼女は元気に右手を挙げながら、桃色の大きな瞳をこちらへ向けた。


「ぼくはデキス・アウルラから来たミルポル! きみは?」


「えっ……と。僕の名前はアインス。その、デキス……っていうのは?」


 ミルポルと名乗った少女いわく、デキス・アウルラとは彼女の世界の名前らしい。

 しかし僕は残念ながら、あの〝現実世界〟の名前なんて聞いたこともない。


「なんだろ……。地球……は惑星の名前だし。世界統一政府も違うし……」


「ええっ!? 惑星って――それ、まさかの〝しんかい〟じゃん!」


 彼女によると〝真世界〟とは〝大いなる闇〟の中にありながら、さらに固有の闇である〝宇宙〟を得た世界を指すのだという。確かに地球の外に宇宙が存在しているという情報は、教育プログラムによって僕らの脳にインストールされている。


「いいなぁ。その世界って、地球っていう大地が無くなっても大丈夫なんでしょ?」


「いや……。たぶん、もう宇宙に出ることはできないと思う。僕らは地下深くでコソコソと、植物に追われながら死を待つだけだよ」


 あの世界の人間は、すでに宇宙へ出る方法を自ら放棄してしまっている。かつて人類は環境保護という名の植物主義にけいとうし、燃焼という行為を禁じてしまった。


 はるか太古には炎をふんしゃすることでばくだいすいしんりょくを得る、何らかの超技術が存在していたらしいのだが。その仕組みや製法は、もう完全に失われてしまった。


 仮に、もし地上へ出てが使えたとしても、高濃度の酸素にばくすることで、またたに地球が火球と化してしまうだろう。



「そっかー。なんか大変な所だね! 修了試験で無理やり異世界見学に送られたんだけど、には絶対に行きたくないなぁ」


「あはは……。うん、僕もそう思うよ」


 まさかミストリアスへ来て、さらに別の異世界人と交流できるとは思わなかった。異世界人同士ということもあってか僕らはとうごうし、互いの情報を交換し合う。


「あ、言い忘れてた! ぼくって実は〝男〟だから、変な気は起こさないでねっ?」


「えっ? ああ、そうなんだ。だからミルポルとは、なんだか話しやすかったのか」


「へへっ、そういうこと! ちょっと可愛くしすぎちゃってさ。でも悪いけど、このからだは、ぼくだけのモノなんだよねっ」


 ミルポルの世界では教育の一環として、異世界見学なるものが存在するようだ。しかしはあまり乗り気ではなく、女性型のアバターで色々と楽しんでいたらしい。


「ねぇアインス。よかったら少し付き合ってくれない? 最後の課題が残っててさ」


「うん? 何をすればいいの?」


「えーっと、戦闘訓練かな!」


 一瞬、ミルポルと戦うのかとも思ったが、どうやら〝魔物退治〟がしたいらしい。

 僕はの申し出に同意し、二人で地上の酒場へと戻ってゆく。


 ◇ ◇ ◇


「よかったー。今はアイツ、いないみたい。ささっ、急いで外に出よっ!」


 ミルポルは何かを警戒し、僕の手を引っ張りながら走りだす。


 アバターは〝アルミスタ族〟という種族のものらしく、成人となっても人間の幼児ほどの体格しかない。それにもかかわらずきょうじんな腕力を有しており、引っ張られた僕は前方へ大きくしまった。


 僕の世界では遺伝子調整によって、人種は一つに統合されてしまった。それでも容姿や髪の色には個性があり、ほんのさいな違いによって、根深く優劣をつけられてしまう。


 おそらくは人間が生物種である以上、たとえ全員が同じ姿となったとしても、こうした価値観や争いは永遠に無くならないのだろう。


 ◇ ◇ ◇


 酒場を出た僕らは街を抜け、門の外側までやってきた。

 そこで街道には向かわず、右手方向の林の中へと踏み入ってゆく。


「よーし! さっさと終わらせて元の世界に帰るぞー! 魔物はどこかなー?」


「ミルポルは、自分の世界が好きなんだね」


「うーん。そういうワケでもないけど、この世界は合わなくてさー。ばんな奴が多いし、原始的な道具しかないし。魔法もショボいのしか使えないしねー」


 どうやらミルポルの世界では、魔法にった文明が発達しているらしい。


 それにしても……。なんだかボロクソに言われてしまった気がするのは、僕自身がミストリアスを気に入っているせいなのだろうか。


 出来ることならば、この世界で永遠に暮らしたい。

 僕は思わず苦い笑いを浮かべてしまった。



 そんな雑談を交わしていると――。

 やがて前方の木立から複数の、クモ型の魔物が現れた。


「おっ、出た出た! それじゃいこっか!」


 ミルポルは楽しそうに言いながら、ポーチの中から巨大な剣を取り出した。それは標準的な人間が扱うとしても大型で、のような幼い少女には似つかわしくもない。


 しかし、僕の感想などお構いなしとばかりに。

 ミルポルは片手で軽々と剣を振り上げながら、クモに向かって突撃する。


「おらぁー! ぶっとばーす! りぇえーい!」


 個性的な掛け声と共に、ミルポルはクモの群れを次々とたおしてゆく。


 しかし頑丈なからで直接的なダメージは防いだのか――。ひっくり返った魔物はクルリと起き上がり、すぐさま反撃の態勢を整えはじめた。



「危ない! ヴィスト――ッ!」


 僕は構えに入っているクモへ向け、風の魔法を解き放つ。

 ふうじんは高速で魔物へと直進し、着弾と同時に乾いた音を響かせた。


「あれっ? 効いてない?」


「あっはー。これは、思ったよりも強いっぽいね!」


 ミルポルは無邪気に笑いながら、僕の隣で剣を構えなおす。

 念のために僕も剣を抜き、と共に身構えた。


 するとクモは反撃とばかりに、こちらへ向けていっせいに緑色の球を吐き出した。瞬時に危険を察知し、僕らは両サイドへと回避する。


 さきほどまで立っていた地点――球の着弾点からは、はじけるような音と共に白い煙があがっている。


 どうやらあの球体は、腐食性の粘液のかたまりだったようだ。



「もし、あんなのを食らったら……」


「怖いなぁ。でも服だけが溶かされるなら、ちょっとだけアリなんだけどねっ!」


 のん台詞せりふとは裏腹に、ミルポルの顔は真剣だ。

 そしては剣に左手をかざしながら、ゆっくりと呪文を唱えた。


「レイフォルス――!」


 ミルポルの魔法が発動し、手にした剣が魔法の炎に包まれる。

 は僕に小さくうなずくと、再び魔物の群れへと突撃してゆく。


 僕にもということか。こうなったら試してみるしかない。僕も剣に左手をかざし、ミルポルと同じ呪文を正確に唱える。


「レイフォルス――ッ!」


 魔法は無事に発動し、右手の剣が炎をまとった。

 僕は粘液弾をかわしてクモに近づき、ミルポルの援護に集中する。


 魔法剣の効果は絶大で、高熱を帯びた刃により硬質な殻はやすやすと斬り裂かれてゆく。


 そのまま僕らは交戦を続け、ついに魔物の群れを全滅させた。



「ふぅー、お疲れさま! まずはここから退避しよっ!」


 ミルポルは言いながら剣を振り、手にした武器の炎を消してみせた。

 僕も見よう見まねの動作をし、魔法剣を解除に成功する。


 そして僕らは林からてっしゅうし、そそくさと酒場まで走ってゆく。汗をかき、服も多少汚れてしまったが、どうにか二人とも無傷で戻ることができた。



 ◇ ◇ ◇



「あー楽しかった! 最後に良い経験ができたよ。ありがとねっ!」


「あはは、こちらこそ。それより、最後って――」


「――おい、ミルポル! テメェ、どこ行ってやがった!?」


 酒場の扉をくぐるなり、ぶとく下品な大声が響く。

 見ると僕らの行く手をはばむかのように、おおがらな男がふさがっていた。


「もう逃がさねえぞ! さあ今日こそは、俺のオンナにしてやるぜ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る