心の臓器

ごり

第1話

誰だって脳髄に生き物を飼っていたことはあるだろう。幼少期の空想の産物のそれは僕の心を形作るキーパーツだ。僕の場合それは少女だった。年は自分と同じくらいで性格は正反対、天真爛漫。大人になった今、理想的な声を聴くと涙が出そうなどこかやり場のない気持ちになることがある。きっといなくなってしまった彼女を思い出して、身体が細胞が脳が反射的に反応しているのだろう。あの青春を思い出してかのパブロフの犬の様になる。

ずっと無神論者でいられるのはそのような声のおかげだと思う、彼女たちの声を聴くとああなんていい時代に生まれてしまったのだろうと、他の事なんてどうでもよくなるくらいの多幸感と背徳感に包まれて何も知らなかった頃に戻れるような、夕日をぼんやり眺めてはたくさんの級友と共に家路につく、そんな日々を思い出す。だから反射的に涙が出るのだろう。

不意に同じような気持ちになることがある。それは自転車で走っている男子高校生の集団を横目に映す時だとか腕を組んで笑い合う女学生を瞼に乗せた時だ。どれも今の僕には眩しくて過去の僕にはないものだ。人との関わりが億劫だったあの頃、人との関わりを求めるこの頃これが大人になるということなら、蝶の蛹から発育不全の蛾になるということならなりたくなかった。ただ重すぎる劣等感だけを抱えてうまく飛べないでいる。自業自得なのに人に勝手に八つ当たりして、人のせいにする。最悪最低、きっと今世紀最悪の人格者。公開処刑で絞首刑にされた後さらし首にされるなんて罰じゃぬるいくらいの人。もうきっといないほうがみんな幸せなんだろう。みんなって誰だろう。誰もいないのに、一人なのにインターネットにつないでいないと結局人は一人の方が生きるのが向いている生き物なんだとつくづく実感する。人といると脳波が衝突して混線するような息苦しさを感じるし、何より抱え過ぎた軽すぎる劣等感が勝手に走りだして首に付いた縄を引かれて苦しい。人と会っていなくても苦しい。永遠に這い上がれない蟻地獄にはまっている気がする。

ああきっと僕はきっとずっとこうなんだろうな。

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