第28話 白子の天ぷら

「たいしょー いつもの」

「へい」


 雪で濡れた漆黒のマントを畳みつつ暖簾をくぐる、幼女魔王。

 まだ酒を出してはいないのだが、妙ににへらとしている。


「ふっふっふ……」


 カウンター席に着くやいなや、大ジョッキをどや顔で受け容れる幼女魔王。

 不敵な笑みである。


「まぞくどっくが、おわりもうした」

「おー」


 あれだけ気にしていた魔族ドックが終わったらしい、幼女魔王。

 謎の微笑みは解放感が理由らしかった。


「……検査の後って、お酒はダメなのでは」

「まかいばりうむはきあいではいしゅつかのう」

「流石魔王様」


 魔界バリウムは気合で排出可能らしい。

 胃の検査に使うバリウムは、検査の後に排出しないとやばいので、アルコールやカフェインはよくないのだが……まぁ、幼女魔王は魔王なので良いだろう。


「ふふふ」


 若干心配になる笑みである。


「きょうはねぇ、いっぱいねぇ……からだにわるいのたべる」

「程々にしてくださいね」

「まえむきにぜんしょしけんとうしてまいります」


 その言い方は何も対策しない奴である。

 来店直後に生ビールを大ジョッキで注文する幼女の台詞なので、妥当ではあった。


「ぷりーんたいっ にょーさんちっ つぅーふぅーかいひぃー!」


 喜びの唄を口ずさみながらメニュー石板を操る、幼女魔王。

 食べたいものを決めていたのか、目的の品を見つけた時の眼はきらきらというよりギラギラしていた。


「しらこ!」

「へい」

「てんぷーら!」

「へい」


 という事で、そういう事になった。

 最近はあまり使われていないが、俺はどちらかというと和食出身なので、天ぷらは得意である。 


「なんかさぁ」

「へい」

「あんこくすーぱーのおそーざいでかうとね」

「へい」

「なぁんか、ころもがちがうんだなぁ」


 しみじみ。

 ジョッキをちびちびしながら揚がる様子を穏やかに眺める、幼女魔王。

 言いたい事はなんとなく分かった。かなしい事である。


「へい、おまち」

「びゅーりふぉー……」


 という事で、白子の天ぷらである。

 スーパーのものがどの程度の出来かは知らないが、作り立ての魔力は中々に強いものだ。


「うむ……たいぎであらう」

「へい」


 大儀らしい。

 労いの後、いつになく優雅に白子の天ぷらを齧る、幼女魔王。


「むふぉっ」


 変な声。


「んふふ……んふ……くぴ…………ぱはぁ…………」


 じわぁー……っと、カウンター席でとろけていく、幼女魔王。

 良いらしい。


「くちのなかでぷわっってするかんじ」

「へい」

「いい……ぱはぁ」


 良いらしくてよかった。


「からだにわるいかもしれない」

「へい」

「でもうまいものは、うまかったり、する」


 する。


「おかぁり!」

「良いんですか?」

「まーぞくどっくの けっかは らいしゅー」


 死刑宣告までの間くらい、夢を見させてあげても良いかな。と思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る