第18話 米・大盛

 開店から1時間くらい、暖簾をくぐる影。


「ちわーっす!!!!」


 幼女魔王ではなかった。


「たすけてたいしょー」


 幼女魔王も居た。元気な声で挨拶をしてきたのは、幼女魔王を小脇に抱えた……見知らぬ人間である。

 黒髪ボブカット黒目の、一見ボーイッシュな感じの、少女。

 奴隷みたいなボロボロの服を着ている。奴隷少女と言った所か。


「たすけてたいしょー」

「すごいマジもんの居酒屋だ 魔王ちゃんすごい所知ってるね!」

「こいつずっとちゃんづけしてくる しかももちはこぶ きりゃい!!!」


 抱えられながら奴隷少女のほっぺをペシペシする、幼女魔王。

 俺もちゃん付けで呼びたいくらいの愛くるしさだが、一応大家みたいなものなので、仕方なく様づけしているのだ。


「てしっ!」

「わぱっ!」


 ほっぺペシペシによって奴隷少女の脇から逃げる、幼女魔王。

 2人はカウンター席に並んで座った。


「きをとりなおして……たいしょー、いつもの!」

「へい」


 妙な新客を連れてきたが、気を取り直したらしい幼女魔王。

 とりあえずいつも通り、生ビールを大ジョッキに並々と注いで、出した。


「……魔王ちゃん、それジュースだよね?」

「うぇ?」


 首を傾げる、奴隷少女。

 幼女魔王は当然のように答えた。


「むぎじゅーす、びーるだよ」

「ビールかぁ」


 頷く、奴隷少女。暫し考えたのち。


「……幼女じゃないの!?」

「いまこっかしどーしゃのこと“ようじょ”ってよんだ??」


 大仰に驚く奴隷少女。すごい度胸である。

 奴隷みたいな服だが、もしかしたら勇者か何かかもしれない。

 今の所、魔王様を幼女呼びして生き残っているのは、俺と武者髑髏くらいだった。


「法律って分かるよね魔王ちゃん!?」

「せかいのほーりつはわたしがきめるから……」

「これが権力ってやつか」


 これこそが権力である。

 ちなみに、魔王の民が飲酒できる年齢は15歳からだ。ファンタジー。


「すごいなぁ……」


 ほーっ、と感心の溜息を吐く、奴隷少女。


「あたし、まだ飲めないのに……」

「うぇ」


 うろたえる、幼女魔王。


「…………みせーねん?」

「え? 魔王ちゃんには言ってなかったっけ」

「きいてない。ぜんぜん、まったく、かけらも、きいてない」


 首をふるふるする、幼女魔王。ビールで綻びそうだった表情が、さっと蒼褪めて……俺を見た。


「た、たいしょー」

「へい」

「つうほう、しないで?」

「するところでした」

「ぴゃ」


 通報はするべきだと思う。

 現在時刻、23時。現在位置、居酒屋。

 こんな場所に親戚でもない未成年を連れてくるヤツは、通報するべきでは?


「あー……だよね、かえしたほーがいいよね、うん、わかるけどぉ」


 歯切れが悪い、幼女魔王。


「魔王ちゃんお腹すいた」

「まってねまってね」


 のんびりと空腹を報告する、奴隷少女。

 幼女魔王はぷにぷにの眉間に、思いっきり皺を寄せている。


「……たいしょー」

「へい」

「ごはん食べたらかえすからぁ……みのがして?」

「へい。ビールのおかわりは禁止で」

「う゛ッ」


 相応のペナルティである。

 ……まぁ、居酒屋とて、酒が無ければ何も食べれないという訳ではない。


「お嬢さん」

「あ、はい」

「お米、食べられますか」


 俺の問いに一瞬固まる、奴隷少女。


「…………大盛でお願いします!!!!」


 黒目がめっちゃキラキラしていた。

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