第8話 チキン南蛮

 レモンサワー(濃い目)を空にして、びっくりした顔の、新人闇落ち女騎士。

 その視線は、隣でジョッキを両手で握っている、幼女魔王。

 二人飲みの時の事だった。


「えっ!? 魔王様、揚げ物だめなんですか……?」

「まぞくどっくがね、こわくってね……」


 魔族ドック。

 要するに人間ドックである。

 幼女魔王は経営者、もとい魔王なので、健康診断が大事なのだ。


「えぇー……もうチキン南蛮頼んじゃいましたよ?」

「いっぱいおたべ、わかいうちに」


 幼女魔王は、見た目こそ12歳のピンク髪ツインドリル角つきゴスロリ幼女だが、内臓年齢は1万5千歳。人間に換算するとエネルギッシュな50代くらいである。


「としをとると、ね?」

「はぁ……」

「『もうどうなってもいー!』ってときにしか、ね? こう、わーって、いーっぱい、たべられないんだなぁ……」


 しょぼしょぼ、とした、幼女魔王。

 ジョッキを呷る姿は、幼女魔王であった。


「だから、いーっぱい、すきなだけ、おたべ?」

「ま……魔王様がそういうなら」


 上司と部下というより、老人と孫みたいな関係の、幼女魔王と闇落ち女騎士。

 ちょっと微笑ましかった。


「へい、おまち」

「わひゃあ」

「きたねぇ……」


 という事で、チキン南蛮である。

 茶色の中に艷があり、油を感じさせる衣。キャベツ多め。

 タルタルソースは別皿にしてあった。


「では、失礼して」


 失礼して、と遠慮がちな言葉に反して、にっこにこの、闇落ち女騎士。

 まずはタルタルをかけずに食べるらしい。


「……はぁ」


 レモンサワーをおかわりして、ひとくち。


「…………はぁ」


 もうひとくちいった。今日も若い内臓は元気らしい。


「不味いと思うんですよね、大将。相手は私とか魔王様みたいな魔族なのに、こんなザクザクと脂と良いお酒と……不味いと思うんですよねぇ……」

「んむー……」


 レモンサワーで舌が回りはじめた、新人闇落ち女騎士。

 その様子を見て、幼女魔王は少し浮かない顔をする。

 視線はしっかり、チキン南蛮の脂に向いていた。


「魔王様も、いかがです?」

「いや……わたしはこっちでがまんすゆー」


 そういって箸が伸びたのは、別皿のタルタルソース。

 固形が多いソースなので、箸ですくって、ぱくついた。


「……しゃきしゃき、かえた?」

「へい。ちゃんとしたピクルスが作れるようになったので」


 以前までのタルタルソースに入っていたのは、普通の玉ねぎだった。

 そこを少し、良いお味のピクルスに変えてみたのである。

 幼女魔王の目がギラリと光った。


「……魔王様? あの」

「ぺろ、しゃき……ぱはぁ」

「あの……」


 タルタルソースと、ジョッキを交互に舐める、幼女魔王。


「ぺろ、しゃき、ぱはぁ……うぇっへっへ……」

「まーおーうーさーまー????」


 闇落ち女騎士に肩を揺さぶられる、幼女魔王。


「私のタルタルソース無くなっちゃうんですけどー????」

「うみゃぁはー……!」


 無くなっちゃった。

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