28. 義兄さん、その子俺の娘なんよ

琴乃ことのちゃんはここで何してるんだい?」

「えへへへ。彼氏とケーキ屋さんきたの」

「え゛っ!? 琴乃ことのちゃん彼氏できたの!?」


「待てーーーい!!」


 いきなり琴乃ことの義兄あににとんでもないこと言い始めた!


「まだです! まだそういう関係じゃないんです!」

「もうすぐだけどね~」


 琴乃ことのが外堀から埋めようとしてくる。


 ダメなんだって! この人にそういうこと言っては!


「それはどういうことかな?」


 義兄あにが鋭い眼光で俺のことを睨みつけてくる!


 ほら見ろーーーー!


 妻の実兄の誠一郎せいいちろうさん。

 品行方正を絵に書いたような人物であり、かけた黒縁のメガネはどこか知的な印象を与える。


 昔から文武両道で何でもできる人だった。大人になってからも上場企業に勤めているエリートだ。


 ある一点を除けば、完璧超人と言っても差し支えないだろう。


「うちの琴乃ことのを泣かせたら、埋めるからなこの野郎……!」


 こ、このインテリヤ〇ザが……!


 そうです……。この人、家族に対する距離感がおかしいんです。


 元々は超シスコンだったのだが、琴乃ことのが生まれてからは更に姪コンプレックスが付け加わってしまった変な人なんです。


「なんで唯人ゆいと君にそういうこと言うの。私が嫌われちゃうんじゃん」

「うっ……。ご、ごめんよ琴乃ことのちゃん」


 四十前の男が女子高生に怒られている。

 最近、似たような光景を娘の友達でよく見る気がする……。


「とりあえず、琴乃ことのちゃんの彼氏だっけ? 琴乃ことののこと泣かすようなことしたら許さないからね」


 兄さんはそう言って、こちらに手を差し出してくる。


 兄さん兄さん、その子俺の娘なんですよ。

 ついでに言うと、あなたの義弟でもあったんですよ俺。


「わ、分かってます」


 そんなこと言えるわけがないので、握手に応じてしまった。


琴乃ことののお母さんはね、本当に美人だったんだよ。琴乃ことのも親に似て美人なんだから変な気を起こさないようにね」


 妹を自慢しながら姪も自慢して、更には俺にくぎを刺す! 


 なんてテクニカルなやり口!


 この人は変わってないなぁ……。

 この人には妻と付き合ってるときから散々嫌がらせをされてきた。


 デートの後は付け回さるわ! あれはダメだこれはダメだと口出しされるわ!

 琴乃ことのが生まれてからもなんやかんやと言ってきた。


 よって俺はこの人が苦手である! それは今も変わらずである!


「じゃあ琴乃ことのちゃん。お小遣いあげるから」

「えっ!? いいの?」

「うん、これくらいしかできなくてごめんね」


 そう言って兄さんが財布からお札を取り出す。


 いち、に、さん……


 !!??


 三野口じゃない! 三諭吉だ!


「こ、こんなには貰えないよ叔父さん……」

「いいから、いいから。おばあちゃんに内緒にしておけば分からないから」

「そういうわけには」


 兄さんがそう言って無理矢理、琴乃ことのにお札を渡そうとする。


「ちょ、ちょっとそれは――」

「本人の教育に良くないのでやめてちょうだい」


 俺が注意しようとしたら、今まで黙っていた木幡こはたが話に混ざってきた。


「えっ?」


 琴乃ことのの同級生にまさかそんなことを言われて、兄さんが驚いた表情をみせる。


「教育ってどういうこと?」

「あ゛っ!!」


 兄さんが当然の疑問を木幡こはたに投げかける。


「こ、この子の母親ならそんな風に言うんじゃないかなぁって……」

「……」

「……」


 兄さんと木幡こはたが見つめ合う……

 微妙に気まずい空気が流れている。


 ど、どうすんだよこれ……。

 なにわけ分からんないこと言ってるんだよお前……。


「ぷっ、あはははは!」


 ひやひやしながらその場を見守っていたら、突然兄さんが笑いだした。


「確かにね。琴乃ことのの母親ならそう言うかもね」


 兄さんはどこか嬉しそう顔をしてそのお札を財布に戻した。


「ど、どうしたんですか? 急に笑いはじめて」


 あまりにも不思議だったので、俺は兄さんに声をかけてしまった。


「いやね。この子の言い方が本当に母親にそっくりだったから」

「えっ」


 そう言って、兄さんが目を細めている。


 こ、木幡こはたがアイツにそっくり?

 この変人がアイツにそっくり!?


「……っ!」


 とは思っただが、どこか完全に否定しきれない自分がいる。


 さっきの食べ放題のときもそうだが、確かに木幡こはたはどこかアイツに似ているような気がする。


琴乃ことのちゃんは良い友達ができたね。それじゃ僕は仕事があるから行くから。このお金はおばあちゃんがいるときにね」

「うん、お仕事頑張ってね」


 そう言って、兄さんは仕事に行ってしまった。


「はぁ……」


 木幡こはたが深い溜息をついていた。




※※※




 “木幡こはた心春こはる琴乃ことのの母親に似ている”


 その言葉が喉に刺さった骨のように取れないでいた。


唯人ゆいと君! うちの叔父さんが変なこと言ってごめんね」

「大丈夫だよ」


 琴乃ことのが当然のように俺の手を繋いで歩き始めたる


「叔父さんね。ちょっと変わってるけど凄く優しいんだよ」

「そうなんだ」


 木幡こはたが一歩下がって、俺たちを見守りながら後をついてくる。


 気になる……。

 木幡こはたがすごく気になる。


 そう言えば、前に琴乃ことの木幡こはたのことを口うるさくてお母さんっぽいと言っていたような気がする。


「何よ、人のことじろじろ見て」

「ご、ごめん」


 思わず木幡こはたのことをじっくり見てしまっていた。


 言われてみるとそういうツッケンドンな言い方も似ているような……?


 今まであまり考えないようにしていたが、兄さんが言うと謎の説得力がある。


 大体あの超シスコンな兄が、会ったばかりの他人を自分の妹に似ているということ自体があり得ないのだ。


「……よし」


 ここでうじうじ考えていても仕方がない。


 これは要検証だ!

 木幡こはたが本当にアイツに似ているか俺が見定めてやる。


唯人ゆいと君……」

「ん?」


 琴乃ことのが痛いくらいに俺の手を握り締めていた。

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