12-1. 娘、キラキラのお城に行きたがる

四月の下旬



 ときはゴールデンウィークに突入していた。


 俺の左手はほとんど完治。

 包帯は取れないが、痛みはほとんどなくなっていた。


 あれから特に何もなく穏やかな日々が続いて……なかった!



ピロン



 携帯のメッセージ音が鳴る。


『おはよう! 唯人ゆいと君! 今日は何してるの?』


 夜の遅くまで琴乃ことのとメッセージのやり取りをして、朝も琴乃ことののメッセージから始まる。


 おはようからおやすみ、おかえりからただいままで俺の生活は琴乃ことの一色になっていた。


 愛娘に対しそれが嫌だという感情は一切出てこないのだが、琴乃ことののことを考えると本当にそれでいいのかという気持ちが出てくる。


 高校一年の今の時期って友達と遊びたい時期だよなぁ。

 俺にかまけてないで友達と遊ぶのも大切だと思うんだけど……。


 そんな思いを込めて、俺は琴乃ことのにあるメッセージを送ることにした。


「“琴乃ことのは遊びに行かないの? 俺は寝てるよ”っと」



ピロン



 相変わらず秒で返信が来る!


『じゃあさ! 今日お出かけしない!?』


 違ーーーーう!!


 友達と遊びに行かないのかって意味だ!

 これじゃ誘い受けをしたみたいじゃないか!



ピロン



『私、行ってみたいところがあるんだ!』


 そんなことを考えていたら、すぐさま琴乃ことのから追撃のメッセージが届いてしまった。




※※※




「なんでこうなるんだ……」

「どうしたの唯人ゆいと君?」


 結局、琴乃ことのと駅前で合流してしまった。


 最愛の娘に行きたいところがあるって言われたら、そりゃ俺も気になるってもんさ。


「じー」

「ど、どうしたの?」


 親父による、琴乃ことのの服装チェックスタートだ。


 黒のTシャツ……。

 ヨシ! 

 下着は透けることはないし、無難なチョイスだ。


 白のロングスカート……。

 ヨシ! 

 これで琴乃ことのの生足を他の男に見られることはない。


 今日の琴乃ことのはガードが固い!

 これならオフクロに言った甲斐があるってもんだ。


「服とってもいいね! 似合ってるよ!」

「そ、そう!? ありがとう!!」


 俺の言葉に琴乃ことのの顔がパァアアアと向日葵が咲いたような笑顔を見せた。可愛い。


「あっ! それでね、おばあちゃんがね。これを唯人ゆいと君に渡してだって」

「おばあちゃんが?」


 琴乃ことのが俺に紙袋を渡してくる。


「なにこれ?」

「分かんない。私は中身見ちゃダメなやつなんだって」

「ふーん」

「何かね、万が一盛り上がったら大変だからだって。何のこと?」

「俺が聞きたいんだけど」


 何言ってんだオフクロは?

 そのまま、紙袋を開けてちらっと中身を見てみる。


「!?」

「なになに? 何が入ってたの!?」

「こ、琴乃ことのにはまだ早い!」


 そう言って、急いで琴乃ことのに中身を見られないようそのブツをリュックに隠した。


 あんのクソババアめぇえええ!

 なんてものを琴乃ことのに持たせてんだ!


 こんなけがれたものを琴乃ことのに持たせるな!


「えーー! 私も見たい!」

「ダメだって! 琴乃ことのは見ちゃダメなやつ!」

「えぇええ! 逆に気になるーー!」

「そのうちな! 琴乃ことのがもっと大きくなったらな!」

「えぇえええ! 約束だよ! 絶対だからね! 絶対にそのうち見せてね!」

「分かった! 分かったから!」


 俺はここに誓った。

 その約束は必ず破ってみせると。


「それでさ。琴乃ことのの行きたいところってどこなの?」

「あっ! うん! 私あそこに行ってみたいの!」


 琴乃ことのが駅前から見えるある建物を指差した。


「歩きだとちょっと遠いけど行けるよね?」

「……」

「小さいころからキラキラしたお城みたいでずっと気になってたんだ! 子供の頃、おばあちゃんにに行ってみたいって言ったらは男の人と行きなさいっていうし」

「……」

「何のお店なんだろう? アクセサリー屋さんとかかな? パン屋さんとかだったら可愛いよね!」

「……」

「どうしたの唯人ゆいと君? 何か変な顔をしてるよ」

「却下」

「えっ?」

「却下。今日はこのまま帰ろう! 解散!」

「えぇえええ!! やだぁああ! もっと一緒にいたい!」


 琴乃ことのが半べそになって俺の腕にしがみついてきた!


「何で何でぇえ!? 私のこと嫌いになっちゃったの!」

「違う違う! 行く場所が良くなさすぎる!」

「だって、ずっと気になってたんだもん! おばあちゃんが男の人と行けっていうから唯人ゆいと君となら行けるかなぁと思ったんだもん!」

「あそこは大人が行くところなの! 詳しいことはお父さんかお母さんに聞きなさい!」

「お父さんもお母さんもいないもん」

「あっ――」


 しまった。

 つい地雷を踏んでしまった。これは言ってはいけないことだった……。


 琴乃ことのの表情が暗く沈んでいってしまう。


「ご、ごめん。そんなつもりじゃ……」

「お父さんが生きてたら一緒に行ってくれたかな」

「……」


(行くわけねーだろ!)


「お父さんなら色々教えてくれたかな」

「……」


(何を教えさせる気なんだ!)


「お父さんなら――」

「俺が悪かった! 分かった! 分かったから! 絶対に前通るだけだからな!」

「やったぁ!!」


 ケロッと琴乃ことのの表情が元に戻った。


 まんまと琴乃ことのにしてやられた気がする。

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