第8話

 エイナイナはいつまでも命綱にぶら下がっていた。目をつむり、なぜか昔の事を思い出してた。


 幾ばくかの時間が過ぎ、空賊も一仕事終えたようだ。クウェイラが声をかけてくれた。

「引き上げてやろうか?」

「綱を切ってくれ」とエイナイナ。


 クウェイラは何も言わずに綱を引っ張り上げてくれた。それを見ているシューニャがくすくすと笑っていた。弱り切っているエイナイナを見てさすがにシューニャの敵意、殺意もそがれたようだ。


「結局何人殺したんだ」

 エイナイナは意地悪くクウェイラに尋ねた。

「ああ?」

「わたしも殺せと言っているんだ。ひと思いに」

「潰したのは護衛ディンギーだけだよ。おれたちは余程のことが無ければ船に乗り込むことはない」

「……」

「危険だからな。護衛を殺すのも自分たちの身を守るためだ。飛行船には通行料を払ってもらうか、さもなければ沈める。乗り込んでいって掠奪することはない。覚えておけ」

「通行料……か。ふんっ」




 エイナイナはそのまま空賊たちの拠点に連れていかれた。言われるがままに、力なくついていったのだ。ひどく疲れていた。ひどく疲れていたが、空に浮かぶ巨大でいびつな飛行船を見るとその迫力に圧倒された。コーノック伯爵家の飛行船ガブーストの二十倍はありそうな飛行船で、しかも気球部分が硬質だった。


「こんな巨大な飛行船が存在するのか……」


 かつては立派な硬式飛行船だったのだろう。しかしその飛行船は気球上部の甲板にまで居住空間が増築されていて、しかもそのせいで浮力が足りなくなったらしく、飛行船ガブースト級の軟式の気球を五つも六つも使って吊り上げていた。


 硬式飛行船は軟式飛行船とは違い、居住空間を複数作ることができ、気球内部にも通路をもうけることができる。硬式飛行船の下にも上にも散々増築をくりかえして、大きな補助の気球を複数使って吊り上げているのだ。クウェイラがこのいびつな飛行船複合体の名前をケンデデスだと教えてくれた。


 エイナイナらはケンデデスの狭い甲板かんぱんへと降り立ち、ドックの彼らの割り当てられている区画にディンギーを収めた。甲板、ドックは化外の民たちでにぎわっていた。女性も子どもも、みんな同じような白い飛行服を身にまとい、鉾を携えて闊歩かっぽしていたり、ディンギーを引きずったり、クラゲを運んだり、積み荷を乗せたりおろしたり、穀物袋を引きずったり、大荷物に気球を付けては運んだりしている。


 エイナイナはこんなにたくさんのディンギーを一度に見たのは初めてだった。にぎわっていたし、それに狭かった。


 クウェイラがエイナイナを寝床まで案内してくれた。べつに拘束されているわけではないが、牢獄に案内される囚人のような気分だった。実際飛行船ケンデデスの内部は牢獄のように薄暗く狭い。狭いだけにとどまらず人口密度が高かった。人とすれ違う際は体をやわらかい壁に押し付けた。壁面も床も全て空賊の飛行服とおなじような白い生地で出来ていた。おそらくクラゲのなめし皮なのだ。


 こうしてエイナイナはハンモックの並ぶ狭い部屋に案内された。


「不満もあるだろうがまずは休めよ」とクウェイラ。

 エイナイナはほとんど何もしゃべらなかった。しかし、がたいの良いクウェイラは見かけによらず面倒見が良いんだなと認識した。

 ハンモックは軍事教練でよく使った。なのでそれほど抵抗はなかった。エイナイナは黙ってハンモックに腰をおろした。

「少し休んで腹が減ったらスタチオの食堂に行け。ヤーナミラの一味だと言えば食わしてくれる。スタチオの食堂だ。日が沈むまでやっている。朝も日の出前からやっている」と、クウェイラ。

 疲れていたエイナイナはすぐにハンモックで眠りに落ちた。

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