俺はただ、帰りたかっただけなのに。

煤元良蔵

第1話・アンデッド

 戦士の村に継ぎ接ぎだらけのボロボロの服を着たアンデッドが現れた。どこにでもいる通常のアンデッド。その処理を任されたのはつい先日、魔族討伐の命を受けたカエルという青年だった。

 老若男女問わず、戦士の村の村民は皆、魔物と戦っており、今更アンデッドの出現で動揺する者などいない。カエルも例外ではなかった。

 真剣な面持ちで手斧を構え、アンデッドと向き合う。しかし、その背に酒を飲んで上機嫌な村民たちの野次が投げかけられる。


「おいおい。早く倒せよ。アンデッドだぞ。お前でも余裕で殺せるだろ」

「お前も戦士の村の住人だろ。さっさとやれよ」

「魔王討伐に出る男がアンデッドに後れを取るのか」


 勝手な事を言いやがって、とカエルは思った。文句の一つでも言ってやりたいが、魔物と対峙しているため、それは出来ない。小さく息を吐いたカエルは目の前のアンデッドを見た。


「ヴぁ。ヴぉ。ヴぇぇあ」

「お前は……亜種なのか」

「ヴぃぃぃ。ヴぉ。ヴぇぃぉヴ」

「襲ってこないってところを見ると……そうなのか」

「ヴヴヴヴヴヴぃぃぃぃヴぉ」


 アンデッドはその場から動かず、首を捻り唸っている。

 一般的にアンデットを含めた魔物は人間を無作為に襲うとされていた。しかし、アンデッドに限り、人を襲わずに徘徊する個体――亜種がいる。

 戦士の村に現れたアンデッドはその亜種だった。


「おいおい。早くやれよ」

「おせーぞぉ」

「腰抜けか。英雄の息子は腰抜けなのか」

 

 目の前のアンデッドが亜種だと分かり、カエルは攻撃を仕掛けるのを躊躇ってしまった。魔物は人を襲うから倒す……では、襲ってこない魔物を倒すのは……。様々な考えが頭を巡り、攻撃を仕掛けられないでいると、


「お前がやらねぇなら俺がやるよ」

 

 頭の上が少し寂しくなったケハイがジョッキを地面に置き、アンデッドに近づいて行った。すると、先ほどまで首を捻り、辺りを見渡していただけのアンデッドがゲーハに向かって歩き出した。


「お。やんのか」

「ヴヴヴぁぁぁぁぁぁ」


 ケハイにアンデッドは飛び掛かった。それを軽く躱したケハイは「そら。終わりだ」と言って剣を振るう。


「ヴぁぁぇ。ヴぇぇあああ。ヴぁぁ」

 

 アンデッドの悲鳴が村に響く。ケハイに斬られた部分を押え、アンデッドは膝から崩れ落ちた。


「ヴぇあぁぁ。ヴぇヴヴ」

「おら。止めだ」

 

 ケハイの言葉の後、ドサッという音を立ててアンデッドの首が地面に落ちた。

 

「まったく、これじゃカエルはすぐに死ぬな」

「こんな雑魚に後れを取るようじゃ、魔王討伐なんて無理だ無理」

「っていうか、親が歴戦の戦士ってだけで魔王討伐の命を受けるってどんだけ幸運なんだよ。いや、野垂れ死ぬだけだから、不運か。ぎゃははははは」

 

 アンデッドとケハイの戦闘を眺めていた酔っ払いたちは笑い声を上げる。カエルがそれを黙って聞いていると、剣の血を拭い終えたケハイが近くにやって来た。


「まあ、こんくらいの強さは必要だ。いや、これくらいは出来て当然だ。覚えてけよ」

「はい」

「まあ、優しいお前には酷かもしれねぇが。魔族と人間が戦いを始めちまったから、俺達は戦うしかねぇんだよ。俺達の村はそういう村なんだ……」

「そうなんですよね。分かってるんですけど……辛いんですよ」


 カエルは俯き、言葉を絞り出した。そんな彼の肩に大きくゴツゴツとしたケハイの手が置かれる。

 

「お前も俺の弟子みてぇになるなよ。力量差を見誤って死ぬ……相手に同情して死ぬ……そんなの馬鹿げてるからな」

「はい」

「じゃ、俺は行くわ。まだ飲み足りねぇからな」

「飲み過ぎないでくださいよ」

「うるせ」


 表情を崩し、ひらひらと手を振って去っていくケハイを見送った後、カエルは倒れて動かなくなったアンデッドに視線を落とした。


「ん。これは」


 倒れたアンデッドの傍らにネックレスが落ちていた。緑色の綺麗な宝石が付いたネックレス……アンデッドがするにはいささか高価すぎる代物。


「まあ、どうでもいいか」


 カエルはネックレスをアンデッドの傍らに置き、歩き出した。

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