【短編集】ひと世の戯れ Vol.6

岩咲ゼゼ

1.捕食する日々

 暗い部屋の中で、ゲームをしていた。


 巨大なモンスターを討伐するゲーム。


 最近のゲームは変にリアルで、モンスターを放置して様子を見ていると、他の小型モンスターを捕食したりする。自然の序列のような部分まで作りこまれている。そして、一部のモンスターは討伐しようとしているプレイヤーすら捕食しようとしてくる。


 その捕食の描写がほんの一瞬なのだが、モンスターに掴まったプレイヤーが大きな口に一飲みで食われる姿は変にリアルで、僕は怖かった。


 食われたプレイヤーは、すぐに復活する。そこらへんは、ちゃんとファンタジーだ。


 僕は一晩、その捕食するモンスターに挑み続けたが結局討伐することはできなかった。


 諦めて、ゲームを電源を切って、部屋の電気をつける。部屋が暗いのはちょっとした癖のようなものだった。


 部屋が暗いと、例えば飲み終えたペットボトルのゴミだの読みかけで本棚に戻してない本だの。そんな僕の部屋に散らばる現実の破片に気を取られなくなる。没入感が高くなるのだ。


 小さい頃はホントにそうだった。多分、まだ一つのことに集中する能力が未発達だったのだと思う。でも、多分今は電気をつけても集中してやれる気はしている。ただの気分なわけだ。


 眠気はあるのだが、それ以上に空腹だった。なん時間も前から何か食べようとは思っていたが、モンスターを倒すのに躍起になっていて結局、何も食べていなかった。


 外に出ると、朝の9時だというのに痛いくらいの日差しに襲われた。棒のように細く、不気味なほど白い腕を日光に当てると少しだけ、水をえた植物のように全身が漲るような感覚がする。


 家のすぐ近くのハンバーガーチェーン店で、バーガーを買って逃げるように部屋に戻った。


 包み紙を開くと、食欲をそそる匂いが部屋に充満していく。朝に食べるには少し重いかもしれないと思ったが、この匂いによって食欲のスイッチが本格手に入った。


 口を大きく開けた瞬間。ふと、捕食の意味を考えた。


 それは、さっきまで散々巨大モンスターに食べられていたせいでもあるが、僕にとって目をそらせない問題でもあった。


 ゲームの中のモンスターはプレイヤーに斬られ、傷だらけになりながらも捕食行為を行ってくる。小さいモンスターを食べるときも、全力で追いかけたり、音立てずそっと近づいて一瞬で命を奪う。


 でも、目の前の食料はなんと無様なものだろうか。ハンバーガーが僕に反撃してくることは無いし、逃げることもない。僕もこんなものを食べるのに全力を出さない。


 悪い癖だと思いながら、僕は齧り付いた。


 口の中に肉の味が広がる。


 あっという間に平らげてしまう。


 なんだか、活力が湧いてきた。眠気もだいぶ落ち着いてしまった。仕方なく、またゲームを起動した。今度は部屋の電気はつけたまま。


 すると、あっけなくモンスターの討伐に成功してしまった。あんなに何度もやられていた捕食の攻撃をすべて避けることができた。


 ゲームの中では主人公がモンスターを倒したことで、彼の村のみんなが歓喜していた。持ち帰ったモンスターの死骸を捌いて焼いて。皆で火を囲んで祭り騒ぎで食べていた。


 その光景が、少しだけ気持ち悪くて僕はまた電源を切ってしまった。

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 僕は昔、山奥の小さな村に住んでいた。5歳くらいだったからあまり覚えていない。自分がどこにいたのか、とかどんな生活だったのかとかは微かに覚えている。


 僕は一人ぼっちで小屋の中で暮らしていた。小屋から出ることもなく、毎日一人の女の子が水や食事を持ってきてくれた。


 そして、ある日一人の男がやってきて僕を小屋から連れ出した。初めて車に乗って、長い時間をかけてどこかへ運ばれた。その時窓から見た海の景色は鮮明に覚えている。


 普通じゃない日常だったのかもしれないが、僕はそんな日常しか知らない。保育園と小学校を経験していない。


 実は、村を出た後から竹田の家に行くまで、あまり記憶がないのだ。でも、竹田の家に養子として向かった時には言葉が喋れたし、そのまま中学にも通った。


 そうして普通じゃない僕がいつの間にか普通の中に溶け込んでいって、今となってはそんな過去があるとはだれも思わないほどのありふれた人間になってしまっていた。


 今は、3年勤めていた仕事を辞めて、貯金を削りながら無職生活を送っている。


 そんな僕の。一番普通じゃない部分。


 高校生になってから、竹田父に教えてもらった僕の村の話。


 僕の村は人喰文化が残っていた村だった。竹田父が見せたのはある記者の記事であり、その記者が僕を小屋から出した人物だった。


 戦時中にできた村であり、山の中の軍事基地から逃げ出してきた徴集兵たちが起源とされ、周囲の地区では山賊として彼らのことを描いた文献も見つかったという。


 しかし、どの地点で人喰を始めたのかは不明であり、その文化も形骸化し、今では神聖な儀式のようなものになっていたという。


 各世帯は生まれた男児を一人家畜として育て、成長したその子を定められた祭りの日に調理し、村人全員にふるまう。


 村人の数を増やしすぎないための制度なのではないかともいわれていたが結局取材を行っても村人にとってはそれが当たり前の行為であり、起源や意味を理解して行っているものはいなかった。


 記事の内容は大体そんな感じだった。何度も読み返したけど、結局何もわからなかったという結論だから、実感も感傷もなかった。


 自分にとって小屋の世界がすべてだったし、食われていたかもしれないなんて意味が分からなかった。「そうなんだー」と他人のように思うだけだった。


 ただ、人生の中でつらいことがあった時、少しだけ「あの村で喰われていたら」と思うことがあった。

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 無職生活を始めて2か月がたっていた。貯金はドンドン減っている。一応まだまだ蓄えはあるが、生活時間がめちゃくちゃになっていた。それに誰とも会わず、マンションの一室の中に閉じこもっている。


 このままでは社会人として復帰することが手遅れになってしまう気がした。

 さらに、ゲームをして寝てを繰り返す生活であっという間に時間が経過していることも焦りの要因だった。


 このままではあっという間に貯金が底をつく。せっかく時間があるのだから、色んな事に挑戦したかったしもっと別のことに時間をかけたかった。


 そんなことを考えても、もうとっくに引き返せないところまで来ている気もしている。この生活の沼にハマって腰のあたりまで浸かっている感じ。


 そんな状態でも人間は何かを食べないと生きていけない。


 昨日はコンビニでロースかつ弁当を食べた。おとといは、たまには魚を食べようと思い、サンマを焼いた。


 日々、命を喰らっている。僕は僕の血と肉となり消費されていく命にどう向き合えばいいのかわからなくなってきていた。


 僕は家畜として生まれた。食べられるという使命の元、生かされてきたのだ。でも、今は何のために生きてるのかわからないのだ。


 深夜に少し外の空気を吸いたくなって散歩に出た。帰りにコンビニでもよって甘いものを買おうなんて考えながら。


 気分が落ち込んだときは甘いものを食べればいい。人は食事で幸せな気分になれる。


 そんな、なんの特別でもない外出。僕はそんな、適当な日常の中で命を落とした。


 車に跳ねられたのだ。


 一体どういう経緯でこんな状況になったのかはわからない。ただ普通に道を歩いているつもりだった。


 吹き飛ばされて、道の上で横になっている自分が居た。まだ生きているけど、どこか遠くから自分を見ている気がした。


 瞼を閉じるまでの間、走馬灯を見ることは無かった。そんな大層な上映会が開けるほどの人生ではなかった。


 その代わり、自分が食べたすべての命が僕を見下ろしているような幻覚を見た。多くの命の上に僕は生きてきた、多くの命が僕を生かしてきた。


 僕は誰を生かすこともなく死んでいくのか。


 僕は誰の糧にも成れず終わってしまうのか


――あぁ、誰か。誰でもいいから。


「僕を、捕食して」

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