真朝の庭園 〜恋と仕事と冒険を〜

藍条森也

はじめに

 世界は鬱蒼うっそうたる森に覆われ、そのなかに、まるで海に浮かぶ島のように都市がポツリポツリと建っている。道路などと言う、星を傷だらけにする時代遅れな無粋ぶすいなしろものはすでになく、人と物の移動は空をく飛行船によって行われる。

 都市のなかをエルフやドワーフが普通に歩き、森のなかにはドラゴンが闊歩かっぽする。だからと言って異世界に転生したわけでもなければ、住んでいる町ごと別世界に転移したわけでもない。

 ここは地球。

 まぎれもない地球。

 ホモ・エレクトスが世界を旅し、釈尊とイエス・キリストが教えを説き、ルネサンスが花開き、ヒトラーが演説し、アポロ宇宙船が月まで飛んでいったあの地球。ただし、西暦にすると二三世紀半ばの。

 DNAをいじくり、新しい生物を生み出す技術、バイオハック。いまや、小学生でさえ、自宅のキッチンでDNAをいじくり、新しい生物を生み出せる時代。合成したDNAから組織を培養し、バイオ3Dプリンタにデータをセット。すると、バイオ3Dプリンタが組織を吐き出し、骨を、筋肉を、内臓を、血管を、神経を積みあげ、重ねていく。仕上げに脳が作られ、頭蓋骨によって覆われ、皮膚が張られ、毛が植え付けられる。すると、あら不思議。生きて動く一個の生物のできあがり、と言うわけだ。

 作れるとなればなんでも作るのが人間。いまや、エルフやドワーフ、ドラゴンと言った伝説の存在はもとより、無数の新たな生物が生み出され、あふれかえっている。

 そんな神秘の森に囲まれて『庭園』と呼ばれる場所がある。

 中世貴族の庭園付きの屋敷を模した農場で、農園の他に屋敷風の高級アパートがついている。農園には作物の他、様々な果樹が植わり、動物たちがはなされ、池には魚たちが泳いでいる。この池は夏にはプールとなり、冬には温泉となる。

 太陽電池と燃料電池の複合発電によって熱と電気を得、水を循環化させる。バイオガス・プラントを設置し、ガスも生産する。農園だけで食糧はもとより、水も、エネルギーも、生きるために必要なものはすべて生産出来る。

 それが『庭園』。

 地球の上に作られた、ポケットサイズのもうひとつの地球。

 『庭園』を経営するのがオーナーメイド。農園を管理してアパートの住人に水と食糧とエネルギーを提供し、世話をする。

 住人は苦労なしに農園付きの快適な暮らしを送れるし、オーナーメイドは家賃収入を得ることで作物を直接、売るよりも高く、安定した収入を得られる。

 もともとは栽培費の高騰と後継者不足で壊滅寸前となった農業を救済するために生み出されたシステム。

 それがいまや、世界中に広まっている。

 世界中に何百万という『庭園』があり、それと同じ数のオーナーメイドが存在する。

 これは、そんなオーナーメイドの恋と仕事と冒険の物語――。

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